第四話 ②
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その後、たこ焼きを食べ終えた俺たちは、会計を済ませ店を出た。そして駅前まで共に歩き、そこで別れを告げた。
そして翌日。学校。
今朝、三谷は部活の朝練なので俺は一人で登校した。
「よっ、おはよう。君塚」
靴箱で君塚を見つけたので声をかける。
「……」
返事がない。
「君塚?」
「……! あ、須藤君」
そう言って君塚は俺の方へ振り向く。
振り向きざまに君塚は後ろ手に何かを隠す。
「ん? 何持ってんだ?」
「なんでもないわ」
「そうか?」
まぁ、あまり踏み込んで聞いてしまうのも失礼と思い、気になる気持ちを封じ込める。
「それより、教室へ行きましょう」
「ああ」
廊下を歩いて教室へ向かう。
その途中、何度か俺たちの方を指さし、ひそひそと会話をする連中を見かけた。
俺が君塚とつるむようになってから、こういう事はたまにあったが、何かこれまでとは違う感じがする。
これまでは興味や好奇心、そんな視線だったが、今の視線にはどこか敵意や憎悪のようなものを感じる。
上手く言葉では表現できないが、俺は人一倍こういったことに敏感だ。
君塚は気づいているのだろうか? 俺はなんだが悪い予感に苛まれる。
「ない……」
教室に着き、君塚が自分の机の中に手をやって一言つぶやく。
「何が?」
「……なんでもないわ」
それだけ言うと、君塚は黙って一時間目の準備を始めてしまった。
俺も仕方なく自分の席に戻る。
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君塚は何もないふうにふるまっているけれど、俺はどうしても悪い予感が振り払えない。
何か悪いことが起こっている。
「なぁ、三谷」
「なぁに解」
間違いなく、学校全体の雰囲気が少し普段と違う。
ならば情報収集をせねば。
こういうクラス事情のようなものを聞くのに、リア充グループに身を置いている三谷ほどの適任者はいないだろう。
「なんか今日、雰囲気悪くないか?」
「雰囲気?」
「ああ、朝来たときからなんか皆の様子がいつもと違うって言うか……」
「……解、もしかして朝、君塚さんと一緒にいた?」
「いたけど……?」
それに何の関係があるのだろうか?
「それ、もう止めた方がいいわよ」
「な、なんでだよ……?」
三谷が妙に真剣な表情だったので、少し驚いてしまう。
「ここで話すのもね……ちょっとこっち来て」
「……わかった」
そう言って、俺は三谷と教室を出た。
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人気の少ない廊下の隅、三谷は俺に言う。
「前にさ、この町にショッピングモールができるって話したの覚えてる?」
「ああ」
覚えている。三谷はこの田舎町にも遂にショッピングモールができると喜んでいたっけ。
「それでね、うちの学校の近くにでっかい商店街あるじゃん?」
「あるな」
学校から歩いて数分のところにある。
この学校の生徒には、親や親せきがその商店街で店を経営してるってヤツも多かったと思う。
「それでよくドラマとかでも聞く話だけどさ、ショッピングモールなんかできたら、ヤバイわけ、商店街」
そうだろうな。
必然的に、安くて品揃えの良いショッピングモールに客がとられ、経営が厳しくなる未来は目に見えている。
「そしてね、その商店街の人たちが団結して、ショッピングモールができるのに反対活動してるのよ」
「なるほど」
○○は出ていけ~とか言って、地域住民が反対活動をしている様子をテレビなどよくで見かける。
「それでね、要求を受けたショッピングモール側は対抗手段として弁護士を立てたのよ」
「……」
「それが、君塚さんのお父さん」
「……」
そう言えば前に、サンストーンさんの家で父親の職業の話になった時、君塚の父親は弁護士だって言ってたな。
「それで、君塚が敵視されてるのか……?」
「そーいうこと。うちの学校、商店街の子多いからね」
「で、でも、商店街の関係者なんてごく一部だろ?」
確かに、商店街関係者の生徒は結構いる。でも、せいぜいクラスに3~4人くらいだ。
「直接関係ある人は少ないかもね。でも、その人の友人や取り巻き、部活の仲間なんかもみんな君塚さんのことを敵視したとしたら?」
「……」
「あんたも巻き添えくらわないように、君塚さんとはちょっと距離おいた方がいいわよ」
三谷はそれだけ言うと、教室へと帰ってしまった。
その場に取り残された俺は、窓の外を見つめる。そして、考える。
「……」
三谷の言うとおりなら、君塚はきっと何かしらの攻撃を受ける。
もしかしたら、俺の気づかないところでもう事は起こっているかもしれない。
でも、人のうわさも七十五日と言うし、案外すぐにこの違和感も消えるんじゃ……
などと楽観的なことを強引に考えても、すぐに脳みその別の部分がそれを否定する。
「……」
君塚、俺はお前に何をしてやれるだろう。
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「君塚、今日も一緒に帰らないか?」
終業の鐘が鳴ると同時に、俺は君塚に駆け寄る。
「いいけれど」
君塚は頷く。
鞄を持ち、共に歩き始める。
靴箱に着き、俺たちはいったん別れて各々の靴を履き替えに行く。
いつもの運動靴に履き替えた俺は、玄関口で君塚を待つ。
「お待たせ」
「おう。それじゃ行こう――」
君塚の足を見る。
「お前、スリッパのままじゃないか」
君塚は校内専用のスリッパのままでいる。
「ええ。今日はスリッパで帰りたい気分なの。あえてね」
「……」
すごく嫌な予感がする。
「靴、なかったのか?」
「……」
「君塚っ!」
「あ、今日アイ○ツ!の放送日なのよ。悪いけど、先に帰るわね」
君塚はスリッパのまま、そそくさと帰ろうとする。
「待てよ」
俺は君塚の腕をつかむ。
「お前、今朝も様子が変だったよな。もしかして、スリッパに画びょうでも入れられてたんじゃないのか?」
「離して」
「あと、机の中の物も取られてたんじゃないのか?」
「……」
「君塚っ!」
「……仮に」
「……?」
君塚が俺の方に向き直る。
「仮にそうだとして、どうなるの?」
「え?」
「須藤君も知ってるんでしょ? 私の父の件」
「……」
「父が仕事を引き受けた時から覚悟はしていたわ」
「……君塚」
「それに、私はこんなことに負けるほどヤワじゃない」
力強い声色で言う。
「で、でも――」
「須藤君も私と仲良くしてると、巻き添えくらうわよ?」
「そんな言い方っ……」
君塚の言葉に理不尽さを感じる一方、それを否定することもできず、俺は言葉を濁す。
「じゃあ、今日は先に帰るわね」
君塚は一方的にそう言うと、さっさと帰って行ってしまった。
「どうしたらいいんだよ……!」
拳を握りしめ、俺は力なくそう呟いた。
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翌日も一人で登校した。
三谷は朝練で先に登校。どうやら大会が近いらしい。
「……」
学校に着き、いつものように下駄箱でスリッパに履き替える。
「……そういえば」
ふと思いつく。
君塚の靴箱、大丈夫だろうか。
「……でも、勝手に見るのはなぁ」
どうすべきかは分からないまま、ゆらゆらと君塚の靴箱の前までやって来てしまった。
「……!」
そこには、信じられない光景があった。
「なんだよ……これ……」
君塚の靴箱の中に、大量の生ゴミが詰め込まれていた。
食堂の残飯だろうか。
「……片付けよう」
幸い、君塚はまだ来ていない。
君塚が来るまでに片付けてしまえば、君塚が辛い思いをすることもないはずだ。
「よしっ」
俺は急いで雑巾と消臭剤を取りに行き、君塚の靴箱を掃除した。
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掃除道を具片付け、教室へと向かう。
「はぁ」
ため息を吐きながらクラスの扉を開ける。
すると――
「――!」
黒板に、
『市民の敵! 君塚夜明は死ね!』『出ていけ!』『根暗女』『キモオタク』『変人』『社会のゴミ』……等、酷い悪口が書かれていた。
さらに――
君塚の机を見ると、カッターのようなもので、似たような悪口が彫られていた。
「これやったの、誰だよ……?」
俺はぼそりと呟く。
しかし、教室は、まるで何ごともない、いつも通りの日常であるかの如く、楽しげにがやがやと会話が繰り広げられている。
それに無性に腹が立つ。
「おい! これやったの誰だって聞いてんだよ!!」
大声で叫ぶ。
一瞬、教室がしーーんとする。
視線、それも悪い視線を猛烈に感じる。
にやにやにやにやにやにやにやにや。
「誰って……」「みんなででしょ?」「やーん、ウチやってないしぃ」「俺はやったけどな!」「素直か!」「つか、急に大声出してきめぇよ」「やだー」
ひそひそひそひそひそひそひそひそ。
「なんでこんな事すんだよ!」
俺は教室の前に行き、黒板消しを手に取る。
すると……
「おい! 須藤お前何やってんだよ!」
クラスのお調子者、越智が声を上げる。
「消すんだよ」
俺は短く答える。
「うわ~ノリ悪ぅ。いい子ぶってんのぉ?」
ギャル系の女子、南が言う。
「……」
俺は構わず、黒板を消し続ける。
「須藤って案外空気読めねぇのな」
不良っぽいサッカー部の久野が言う。
「空気ってなんだよ」
反論にもならない言葉を呟き、無心で黒板を消す。
「……っ!?」
黒板を消す俺の手が誰かに止められた。
見ると、そこには……
「三谷……」
いつになく真剣な表情をした三谷がいた。
「解。ちょっとこっち来て」
「なんでだよ」
「いいから」
強引に俺の手を引く三谷。
俺はどうしても無性に腹が立ち、その手を振り払った。
「言いたいことがあるならここで言えよ」
「……」
三谷は、一瞬悲しそうな表情をしたかと思うと、すぐに下唇を少し噛みしめる。
「解……このままじゃあんた、孤立しちゃうわよ」
「……」
俺は黙って三谷を睨むように見つめる。
「あんたが納得できない気持ちはわからなくない。でもね。私たちはもう子供じゃないのよ」
「……」
「人の目線とか、その場の空気とか、世間体とか……そーいうものが見れなくて、集団から逸脱する人間は淘汰される」
「……」
「あんたが一番よくわかってるでしょ!?」
……どこに矛先を向ければいいか分からない怒りを抑えつけ、三谷の言葉を噛みしめる。
三谷の主張はどうしようもなく正論だ。
この学校では現在、君塚は悪者。敵だ。
だから、君塚の味方をすれば当然自分も悪となる。
理屈は分かる。分かる、けれど……
「三谷……いや、三谷だけじゃない、皆も」
三谷の方から、クラスメイト全員の方へと向き直りながら俺は言った。
「みんな、本当にこれでいいのか?」
問いかけるように言う。
「確かに、君塚の父親の行動で、不利益を被るやつはいるかもしれない。でも……」
クラスメイトの敵対心むき出しの視線が俺に集中している。その数的な気迫に圧倒されそうになる。
けれど、一つ息を吸い、声を発する。
「君塚は君塚だ! 君塚の父親と父親とは別だろ!?」
怒鳴り散らしたいくらいの精神状態だが、それを自重し、精いっぱいの誠意を込める。
「だから、もうこんなこと止めようぜ! な!?」
教室はしーんと静まり返る。
どんな反応が返ってくるだろうか。
目を閉じ、耳をふさぎ、視界と聴覚をシャットダウンしたくなるくらい、俺は緊張していた。
「何言ってんだよ……」
誰かの声が沈黙を破った。
「あいつのせいで、俺たちは路頭に迷うかもしれねーんだぞ!」
また、別のところから声が発せられる。
「そうだ!」「お前こそ邪魔すんな!」「消えろ!」「帰れバカ!」「陰キャラ死ね!」
教室中から罵詈雑言が飛び交う。
やはり俺の主張は受け入れられなかった。
そのことに多少のショックはあれど、今はもっと別のところに強い違和感を抱いていた。
「なぁ! ちょっと待ってくれよ! 確かに、ショッピングモールが出来て、不利益を被るやつはいる。でも、そんなのこのクラスでも数人じゃないか!? それなのに、なんでお前ら全員が君塚をそこまで敵視するんだよ!?」
皆のヤジを押しのけ、教室中に声が届くように、大声で反論する。
「部活で先輩が君塚のせいだって言ってたし!」
「彼氏の友達が商店街の子だもん!」
「商店街の子可哀そうだろ!」
「みんなが言ってるから!」
「君塚は敵だから!」
「君塚だけ甘い汁吸うとか不公平だろ!」
など、それぞれの反論が返ってくる。
どれも全く筋の通らない主張ばかりで支離滅裂だ。
けれど、全てに共通する部分があった。
「ようするに、皆が言ってるからってわけだな……」
俺は小さな声で呟く。
この中に、自分の確固たる意志と動機を持って行動している人間はほとんどいない。
皆、誰かが言ったから、人と同じことをすべきだから、空気を読む必要があるから、そんな理由で君塚に敵対している。
そのことに気が付くと、なぜか猛烈に虚しくなってきた。
「なぁみんな!」
俺が無力に立ち呆けている間に、クラスの中心人物、立中が言う。
「君塚に味方するヤツは敵! そうだろ!」
そいつは立ち上がり、大声で言う。
「だからこれからは須藤も敵! そうしようぜ!」
最後にそう言い放ち、拳を突き上げた。
「須藤も敵だ!」「やっちまおうぜ!」「殺せぇ!」「そうだそうだ!」「いいぞ!」
俺が少し黙っているうちに、教室の空気がガラリと変わった。
皆から俺に向けられる敵意はさきほどとは比べ物にならない。
もうどうしたらいいのかわからなくて、全てに諦めたくなってくる。
「解!」
そんな時、隣で三谷が俺の名を呼んだ。
「皆に謝って。今なら間に合うから!」
そう言って俺の両肩を掴む。
謝る……?
そうすれば、俺は許されるかもしれない。
「謝って、皆に合わせればいいの! それだけだから!」
三谷が言う。
皆に合わせる……
ここで謝罪して、皆に合わせて君塚に敵対すれば、俺が敵として扱われることはないかもしれない。
今、俺は重要な選択を迫られているんだ。
「……」
涙を潤ませて俺を見つめる三谷を見る。
「俺は……」
このまま、何も考えず、人の目ばかりを気にして、合わせて、空気を読んで……その方がきっと楽だろう。
でも……
「謝罪はできない」
「解っ!」
俺はきっぱりと言い切る。
俺は戦いたい。抗いたい。例えそれが許されなくても。
それが俺の考える正義だから。
「須藤、覚悟しとけよ」
立中は低い声でそう言った。これは宣戦布告だ。
これで後戻りはできない。けれど、後悔なんて微塵もない。
これからどうしたらいいのか、どうすべきなのかも全く分からないけれど、俺は心の中で密かに覚悟を固めた。




