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第一話 ②

  2


 翌日、おっかなびっくりしながら登校するもクラスメイトを始め、俺の周囲の環境に大きな変化はなかった。

 ただ、いつもなら登校中に待ち伏せでもしているのかと疑いたくなるレベルのタイミングで現れる三谷が現れなかった。

 もしかしたら、昨日のことをなかったことにして、三谷といつも通りの関係が続く……という可能性も考えたが、どうやらそこまで甘くはないらしい。

 三谷……他人に言いふらしりしないよな?

 考えれば考えるほど不安は募るばかりだ。

 鞄を置いて椅子に座る。そのまま机に頭から伏せる。

「……」

 そうだ。君塚夜明はどうした。

 教室を見回すと、やはりど真ん中の机でラノベを読んでいた。当然、カバーはかけていない。

 横顔をそっと覗き見る。相変わらずの美人だが、無表情だ。そのラノベ本当に面白いのか?

 様子を伺いつつじりじりと接近する。はたから見ると明らかに挙動不審かもしれない。けれど、君塚にはそれくらい近づきにくいのだ。明らかな近寄るなオーラが出ているのだ。

「……君塚さん」

 びびりながらも君塚の正面まで移動した俺は、なんとか声をしぼり出した。

 俺の声に、君塚は気だるそうに反応をする。

「なに?」

「……ええと」

 何話すのか決めてなかった! オタバレしたけどどうしたらいいかな? とかいきなり聞いても不自然だよな。ここは一旦……

「その本、面白い?」

「ええ。最高に面白いわ」

 淡々とした拍子だが、どこか興奮が感じられるような声で言う。というか、案外フランクだな。拒絶されるかと思っていたので一安心。

君塚の手元に置かれたラノベの表紙を覗き見るも、俺の読んだことのないものだった。

「どんな所が面白いんだ?」

「三人のヒロイン勢が魅力的ね」

「どんなヒロインなんだ?」

「一人目はツンデレね。主人公の事を好きだけど素直になれない子よ」

「なるほど。ツンデレは王道だな」

「ええ。彼女は王道ヒロインと言えるわね。ただ、37歳であるということを除けば」

「37歳!? アラフォーじゃねぇか! ヒロインって言える年じゃないだろ!」

「生き遅れ系ツンデレヒロインね」

「需要ねぇよ!」

 勢いに任せてツッコミを入れる。しかし、君塚って意外とイメージと違うな。

 もっとこう、冷徹で無愛想なやつって言う印象だったけど。

「二人目は電波ヒロインよ」

「プリン星から来たの~とか言う、いわゆる不思議ちゃんてやつか。またアラフォーじゃないだろうな?」

「いいえ。彼女は工業高校に通う普通の女子高生よ」

「今度はちゃんと高校生なんだな」

「趣味はモールス信号や無線ラン作成。特技はスマホを繋がりやすくすることよ」

「ただの電波に詳しい女子高生じゃねぇか! 電波系とは言わねぇよ!」

 再び大声でツッコミを入れてしまう。必死な俺とは裏腹に君塚はどこか楽しそうにも見える。

「最後は艦隊系ヒロインね」

「艦隊……?」

「ええ。正確には艦隊の擬人化ヒロインよ。提督である主人公を秘書として支えるヒロインね」

「パクリ! それ完全にパクリ! 清々しいレベルのパクリだな! ここまでツンデレアラフォーとか電波とかオリジナリティだけは無駄にあったのになんで最後だけパクるんだよ!」

 俺は息を切らして長文のツッコミをする。ていうか、このラノベどう考えてもおかしすぎるだろ。

「それにしても変なラノベだな……売れてるのか?」

「正直そんなに売れてないわ。でもその反面、熱狂的なファンがいることも事実よ」

「君塚もその一人なのか?」

「そうよ」

 全く迷いのない表情で頷く。

「そういえば、今度このラノベのファンの集いがあるのよ。もし良かったらあなたも来ないかしら?」

「え……?」

 あまりにも唐突な提案に、一瞬心臓がドクンと脈を打った。

 驚きの要因は三つ。

 一つ、三谷以外の女子に遊びに誘われたことが初めてだった。

 二つ、あまりにも唐突な誘いだった。

 三つ、君塚夜明という人間が、まさか人を遊びに誘ったりするとは思っていなかったから。

 君塚は俺の顔をじっと見つめている。俺はなんだか気恥ずかしくて、自然と目を逸らしてしまう。

 けれど、せっかくの誘ってくれたのだ。ここは……

「そ、そうだな……暇だし、行ってみるかな」

「……そう」

 君塚は小さな声で呟き、一つ息を吐いた。

「行くのなら作品を読んでおくべきね。これは一巻よ。あなたにあげるわ」

 そう言って君塚は俺にそのラノベを手渡す。

「おう。ありがと。でも貰っていいのか?」

「一巻から最新刊まで、保存用、観賞用、布教用と各三冊づつあるから問題ないわ」

「そ、そうか」

 細く美しい君塚の手からラノベを受け取る。ラノベには君塚の手の温もりがまだ少し残っていた。

「ところで君塚、俺の名前……知ってるか?」

「もちろんよ。須藤君」

 ……良かった。かなり安心した。俺は影が薄いし、君塚との交流もない。そして君塚のことだし、もしかしたら俺の事を知らないんじゃないかと不安に思っていた。

「じゃあ、日曜日に」

 君塚が珍しく柔らかい表情を見せた。ほんの一瞬だったけれど、とても可愛らしいと思った。

 始業を告げるチャイムが鳴り響く。俺は君塚に別れを告げ、自分の席へと戻った。

「……」

 何故か興奮する自分を落ち着かせる。そういえば、さっきのラノベ、まだタイトルも見てなかったな。

 周囲にばれないように、机の下でこっそりと背表紙を見る。

『スウィートワルツ ~春風に乗せて~』

 ……内容のわりにタイトルおしゃれすぎだろ!


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