第二話 ⑤
「では、気を取り直して! キングダム王国民の説明会を始めさせて頂きマスね!」
明るい声色でそう言うと、ガッツポーズを作るサンストーンさん。
「まず、キングダム王国の基本的な情報から!」
そう言って部屋の隅にあるホワイトボードをくるりとひっくり返した。
キングダム王国 ~基礎情報編~
人口……三百人~三万人
国土面積……キングダム王国、一つ分
名産品……羊、オイスターソース
公用語……日本語
「前も思ったが、人口があいまいすぎないか?」
「それには理由がありマス! キングダム王国民は勧誘により、世界の至る所にいマス。ですので正しい人数を把握できていまセン!」
「それでいいのかよ……」
「国籍発行は特に手続きはありまセン。本人が王国民になると誓えばすぐにでもなれマス! ちなみに掛け持ちOKデス!」
「掛け持ちOKってまるでバイトだな……」
「つまり、日本国籍とキングダム王国国籍を掛け持ちできるのね?」
「そうデス!」
君塚の問いに笑顔で答える。
「あと、国土面積についてだけど……キングダム王国一つ分ってどういう意味なんだ?」
「そのままの意味デスけど……」
「須藤君。面積というのはね、何平方キロメートルとか言われてもぱっと来ないでしょ? だから分かり易いようにしているのよ」
「それ普通、東京ドームとかでやるやつだろ! 比較対象に共通の認識があって初めて成立するんだよ! キングダム王国の大きさ知りたいのにキングダム王国の大きさと一緒とか言われても意味わからねぇだろ!」
必死にツッコむ。けれど……
「……ごめんなさい、ちょっと何言ってるかわからないわ」
「……ワタシもわかりまセン」
少し引き気味の二人。
「わかれよぉぉぉぉぉっ!」
どうして伝わらないんだよ! しかも、まるで俺が空気読めてないみたいな感じになってるし……
「あ、ちなみに、公用語は日本語デスので言葉の壁はありまセンよ!」
「日本以外に公用語が日本語の国あったのか!? つか、じゃあなんでお前カタコトなんだよ! 完全に外国人のしゃべり方じゃねぇか!」
「須藤君。日本にだって方言はあるでしょ?」
「そうデス! これは日本語のキングダム王国訛りデス!」
「聞いたことねぇよ!」
なんなんだ……さっきからなんなんだキングダム王国……
「そして名産はご存知! オイスターソースと羊デス! さてさて、次はキングダム王国の歴史を見ていきマスよ~」
そう言ってまたホワイトボードをくるりと回転させた。
キングダム王国 ~歴史編~
630年 キングダム王国の祖、山田誕生。
644年 山田、キングダム王国という名前を思いつく。
割愛
652年 山田、キングダム王国を建国してみたくなる。
653年 山田、キングダム王国を建国するのやっぱ止めとこうと思う。
654年 山田、でもやっぱり建国することにする。
655年 山田、しかし、あと一歩のところで建国を踏みとどまる。
656年 山田、だが、自分の使命はキングダム王国建国だと考えるようになる。
657年 山田、でもやっぱり来年からでいいかと思う。
658年 山田、来年が思ったより早く来たことに焦る。来年こそやると決意。
659年 山田、年明け早々に、ぎっくり腰で入院。今年は建国を止めることにした。
660年 山田、建国のための参考書を購入するも、購入だけで満足してしまう。
661年 山田、童貞のまま30歳を過ぎたことに気が付く。憂鬱な気分になる。
割愛
701年 高橋、キングダム王国を建国。
「以上デス!」
「歴史の壮大さを今、ひしひしと感じているわ……」
ドヤ顔で説明を終えたサンストーンさんに対し、君塚は感動の表情を浮かべている。
「ちょっと待て! 山田の物語必要か!? この人ただの優柔不断なオッサンだろ! しかも最後実際に建国したの高橋だし!」
「細かいことはいいのデスよ!」
「そうよ。そんなんじゃ須藤君も山田ルートまっしぐらよ」
山田ルートは勘弁して欲しいが……釈然としない気持ちをなんとか落ち着ける。
「さてさて、最後はお待ちかね、キングダム王国の特典紹介デス!」
「王国民になると受けられる特典ね」
「そうデス!」
そう言ってまたホワイトボードを回転させる。
キングダム王国民豪華特典
王家お風呂ポスター
王家ドラマCD
王家ブロマイド
王家握手券
王家イベント優先券
あきたこまち5kg
「こーんなに特典がありマスよ!」
「素晴らしいわね……」
なぜここまでギャルゲの初回特典的なのか……そして、あきたこまちの放つ場違い感がハンパじゃない。
「これで一通りの説明は終わりデス。本当にありがとうございまシタ……」
サンストーンさんは小さく息を吐いた。
長いようで短い説明会だったな。しかし、キングダム王国のことを理解できたかと言うと正直微妙な気もする。
「……説明会、どうでシタか?」
覗き込むような不安げな目で、俺と君塚を交互に見ながらサンストーンさんは言った。
この言動に俺は違和感を抱いた。
これまでサンストーンさんは俺たちをグイグイと強引に家に連れ込み、これでもかと強引な説明会を行った。
……それなに、ここへ来てこの弱気な態度。
普通なら、説明会がどうだったかよりも、キングダム王国民になるかどうかを聞くと思うのだが……
「見聞が広がって、素晴らしい説明会だったわ」
君塚が言い切る。
「須藤サンは……どうでシタか?」
「羊とか王家とか山田とか……意味不明だけど、もっと知りたいって気になったよ。いい説明会だった」
素直な感想を述べる。ツッコミ所満載だけど、なかなか愉快で楽しそうな王国なんじゃないかな。そう思ったことは事実だ。
「本当デスか……?」
「本当だよ」
俺がそう言うと、サンストーンさんはまるで極度の緊張から解き放たれたかのように、ぺたんと地べたに座り込んだ。
「急にどうしたんだよ……?」
サンストーンさんの顔を覗き込む。すると……
「ど、どうして泣いてるんだよ!?」
ぽろぽろと涙を零している。さっきまであんなに元気だったのに、急にどうしたのだろう。俺はどうしたらいいか分からなくなり、あたふたとしてしまう。
「スミマセン……安心したら、なんだか涙が……」
鼻をすすりながら涙を袖口で拭う。
「須藤サンと君塚サンは、初めて話を聞いてくれまシタので……」
話、というのは王国民の説明会のことだろう。
「日本に来てから、ずっと勧誘をしてまシタ……でも、誰も相手にしてくれなくて……怪しい王国と言われ、バカにされて……」
よく考えてみれば、彼女の不安は並大抵のものではないだろう。
父親の店が炎上して潰れる。生まれ育った国から出て、引きこもりの父親を養うために一人で勧誘活動。それも、一塊の女子高生が。こんなこと、俺にはとても真似できない。
サンストーンさんは底抜けに明るく振舞っているけれど、それはきっと強がり。
今、その緊張の糸が切れてしまし、それと同時に涙が溢れたのだろう。
「スミマセン……急にこんなこと言われても、迷惑デスよね……」
「正直、迷惑ね」
俺が何か慰めの言葉をかけようと思っていると、それよりも先に君塚が言った。
「お、おい、君塚――」
「いいんデス。こんなワタシの話を聞いてくれただけで。それで、じゅうぶん満足デスから……」
俺の言葉を遮るサンストーンさん。
「私が言っているのはそういう事じゃないわ」
「え……?」
君塚の発言に対し、サンストーンさんは疑問の表情を浮かべた。
「迷惑だと思うことが迷惑なのよ」
「それは、どういう意味でショウか……?」
俺も君塚の意図するところがわからない。君塚の想いを聞こうと思い、彼女の方を向いた。
「サンストーンさん。あなた、本当は不安で不安で仕方ないんでしょ?」
「……」
サンストーンさんはばつが悪そうに黙って下を向いた。
「今日だって、私たちの前で無理に笑顔を作っていたのでしょう?」
「そ、そんなことないデスっ……」
「そこが迷惑だと言っているの」
そこってどこだよ。俺は頭の中で疑問に思う。きっとサンストーンも同様のことを思っているだろう。
「虚偽の笑顔を作って、無理して明るく振舞って、辛い境遇も気にしていないようなフリをして……」
「それは、皆サンに心配をかけないようにっ――」
「そんな必要ないわ」
「え……?」
語気を荒げるサンストーンさん。しかし、君塚は優しくその言葉を遮った。
「本当の自分を見せることを、迷惑だと思わないで欲しいの。迷惑だと思って遠慮されると、こちらも辛いわ」
「君塚サン……」
涙を拭い、顔を上げるサンストーンさん。
俺も君塚の言いたいことがやっと分かった。
「……そうだよ。無理する必要ない。迷惑なんて気にするなよ」
俺も君塚に続いて言う。
「……須藤サン」
サンストーンさんは袖口で涙を拭いながら言う。
「君塚サンと須藤サンは……どうして、こんなワタシに優しくしてくれるのデスか……?」
迷惑だなんて思わないで素直に話して欲しい。そう思うのは当然だ。だって、俺たちはもう……
「友達だからだよ」
「王国民だからよ」
君塚と回答のタイミングが被る。そうそう、俺たちはもう王国民――
「え?」
「君塚サン、須藤サン……本当に王国民になってくれるのデスか……!?」
「ええ。私たち三人は同じキングダム王国民。辛い時、支え会うのは当然よ」
「え? ちょ、え?」
「ありがとう……ございマス……!」
「ちょっとぉ!?」
俺を無視して話が進んでないか?
しかもサンストーンさん号泣しちゃってるし……いまさら王国民ならないとか言い出せる空気じゃないよ……
「大丈夫よ。サンストーンさん。さぁ、王国民の誓いとして、キングダム王国体操をしましょう」
「ええ……ぜひ、やりまショウ……!」
ちょっと待て。キングダム王国体操ってなんなんだよ……
「今日は誓いの体操デスので、キングダム王国体操第十一番をやりまショウ……!」
「十一番!? いったい何番まであるんだよ!?」
「須藤君。キングダム王国体操が第零番から第十三番まであることはあまりにも有名よ? 知らないと社会に出てから困るわよ」
「第零番ってなんだよ!? やたら厨二的だな!!」
「第零番体操は禁じられた体操デス! 今からおよそ千年前、王国に魔族の襲来があった際に光の使者フォルテールが――」
やたらと厨二な設定をつらつらと語るサンストーンさん。話の内容はあまり頭に入らないが、彼女が笑顔なのでまぁいいかと思えてきた。
「……っということで、キングダム王国体操第十一番、行きマスよ! 君塚サン、須藤サン、ワタシの指示に従って身体を動かしてくだサイね!」
「ええ」
「う、うん……」
勢いに押されてキングダム王国体操をすることを了承してしまった。
「まずは、深呼吸デス! すーはー……」
「すーはー……」
「次はロングブレスの体操デス! すーはー……」
「すーはー……」
「次は腹式呼吸デス! すーはー……」
「すーはー……」
「最後に息を深く吸いこみ、呼吸を整えマス! すーはー……」
「すーはー……って!! なんなんだこの体操! さっきから呼吸ばっかじゃねぇかよ! 過呼吸になりそうだわ!!」
「須藤君、落ち着いて。まずは深呼吸でもして……」
「それはもういいっての!」
隙を見せたらボケをぶっこんでくる君塚。少し呆れながらも、心のどこかで楽しさを感じていた。




