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第一話 ①


 トリックスター……秩序や掟を破り、新たな価値を創世する者。


 ジレンマ……相反する二つの事の板挟みになり、決めかねる状態。


第一話


   1


俺の名を須藤すどう かいと言う。ごくごく普通の家庭に生まれ、ごくごく普通の高校に通い、ごくごく普通に生活している。

 そのような俺の行き様を体現するごとく、容姿、成績、運動神経、交友関係……等、俺のスペックは全てが普通で平均的である。

 そして、いかにも日本人的な事なかれ主義で、何事も起こらない日常を心の底から愛していた。

 ……のだけれども、今この瞬間、俺の愛すべき退屈な日常を脅かす脅威に直面していた。

「解……な、何読んでるの?」

 俺の部屋にノックもなく、あたかも自分の部屋であるかのように侵入してきたのは同じ高校に通う腐れ縁の幼馴染、三谷みたに 牡丹ぼたんだ。三谷はしかめ面をして見せた。その表情からは隠しきれない嫌悪感を見てとれる。

「こ、これは……」

 なんとか言い訳を考えるものの、この状況を打破する策は俺の平凡な頭脳では思いつかなかった。

 今、俺が読んでいるものは俗に言うライトノベルだ。ちなみにタイトルは『小学生ロリロリぱらだいす』。

「解って……オタクだったの?」

 問い詰めるような口調、いつもより3オクターブくらい低い声で三谷は言った。

 三谷とは幼稚園時代からの仲である。整った顔、栗色のふわっとしたミディアムヘア、短めのスカート、豊かな胸、大きい胸、柔らかそうな胸。地味で普通な俺に比べ、三谷は派手な部類に入るだろう。学校でも常にスクールカースト最上位のグループに属している。まぁ、典型的なリア充だ。

「黙ってたらわかんないわよ!」

 語気を粗くしてそう言い放つと、俺の方へと一歩近づいて来た。

 何故、全くと言って住む世界の異なる三谷が、今も変わらず地味な俺にこうも絡んでくるのかは少し謎である。

「なんとか言いなさいよ!」

 と、冷静に三谷との生い立ちを思い出していたが、よく考えるとこれは結構マズい事態なんじゃないか?

 三谷のこの態度からも容易に推測できるが、彼女は大のオタク嫌いだ。

 というか、昔に比べオタクの印象は良くなったけれど、まだまだ世間一般でもオタクと聞いて良い印象を抱く人間は少ないだろう。

 中学時代、オタクグループは常に嘲笑の対象だったし、中にはイジメにあっている人もいた。

 そのため、俺は家族にも、クラスメイトにも、当然三谷にも自分がオタクであることを隠していた。いわゆる隠れオタだ。

 オタ趣味を隠すための努力も当然した。ラノベを買う時は知り合いに会わないように隣町まで行ったし、フィギュア付きのペットボトルドリンクを買う時は「ちっ、これしかねぇのかよ。一番安いしこれでいいか。うん。一番安いし」と呟いてから買うようにしていた。

 そうすることで円滑な人間関係を保ってきたんだ。しかし、今、それは崩れかけている。

 三谷は俺を貶めるために悪口を吹聴して回るような人間ではないと思う。というかそう思いたい。けれど、いかんせん彼女は口が軽い。ふとした拍子に誰かに伝わり噂が広がってしまうかもしれない。

 そして何より三谷自身がオタク嫌いなのだ。正直、俺は友人が多い方ではない。ここで数少ない友人からの信頼を失ってしまうのは非常にマズい。

「解! ちょっと引き出し見せてもらうから!」

「ちょっ!!」

 俺があれこれネガティブな思考を展開させていると、しびれを切らした三谷が勝手にタンスの引き出しを開けた。その姿は容疑者の部屋から証拠品を押収する警察官のようだ。というか、その引き出しはやばい。冗談にならないレベルでやばい。早く止めないと――

「解……これ何?」

 タンスから三谷を引きはがそうと立ちあがるも、時すでに遅し。三谷は引き出しの中を見つめ、虚ろな目で言った。

 そこにはフィギュアやカード、アニソンCDやブルーレイに始まり、女子には絶対に見られてはならないものまでが収納されている。

「あ、あ、あんた! こ、これ何よ!?」

 顔を真っ赤にして叫ぶ三谷、その手には『お兄ちゃん、妹に踏まれて悦んでるの……?』が握られていた。俗に言うエロゲだ。

 ……あ、終わった。その時、瞬時にそう確信した。

 俺の隠れオタライフは終わったんだ。それも、数少ない友人でなおかつ大のオタク嫌いの三谷に知られてしまうという最悪の形で。

「解がオタクだったなんて……!」

 三谷が引き出しを物色しながら騒ぎ立てているが、俺の耳には全く届かない。

 果てしない不安と焦燥感の中、とある光景がフラッシュバックした。

 ――長く艶やかな銀髪、すらりとした体型、あまりにも美しい顔立ち。

 それだけ恵まれた容姿にありながら、友人や恋人はおらず彼女はいつも一人きり。

 一人で教室の中央の座席でカバーもかけずにラノベや漫画を読んでいる。しかも凛とした表情で。

 その姿はもはや優雅と言ってもいいだろう。

 ――君塚きみづか 夜明よあけ

 いわゆる変人、変わり者。

 交流があるわけではない。話したこともほとんどない。けれど、思った。

 彼女なら、こういう時なんて言うのだろうか。


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