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当作品はサイトからの転載です。

 奴らが来るぞ。気をつけろ、エド!

 自らの心の声にエドは銃を抱え直す。

 前方に見える廃墟の影から、目を赤く光らせて歯を剥き出したヴァンパイアが数人現れた。

 しっかりと狙いを定めてヴァンパイアの胸を撃つ。派手に血しぶきをあげて次々に倒れていく敵。

 エドは次から次へと現れる敵をいとも簡単に打ち倒しては先へ進む。だが、突然上方からひらりと舞い降りた金髪のヴァンパイアに見事に喉を掻き切られてしまった。くそ! もう少しでゴールだったのに。

 画面には『GAME OVER』の大きな文字が点滅し、エドは続けてプレイしようとコインを入れかけた。

「おい、次は俺だぜ」

 振り向くとハーシーのチョコバーをくちゃくちゃ齧りながらニヤニヤしている男。薄汚れたTシャツの脇腹にはチョコレート色の指の後がくっきりとついている。

 エドは仕方なくゲーム機から離れた。

 ちくしょう。ゲームは面白いが、やっぱり物足りない。どこかに本物のヴァンパイアはいないだろうか?

 エドは十四になったばかりだ。同じクラスの生徒達よりも背が低く、外見もぱっとしない。そのうえ内気な彼には特に親しい友人もガールフレンドもいなかった。もっぱら学校をサボってゲームセンターに入り浸っては憂さ晴らしにシューティングゲームをするのが唯一の楽しみ。しかし、それにも次第に飽きがきていた。


 エドは、かつてハンターをしていた祖父の家に遊びに行った帰りだった。祖母が亡くなってから一人暮らしをしている祖父はエドの頼みに、クロゼットの中をしぶしぶ見せた。 ニードルガン。これはトネリコのエキスを鏃に含んだ小型の矢を発射する銃だ。ヴァンパイアに致命傷を与えるのは困難だが、動きを止めることは出来る。そして形も大きさも違う数丁の銃。トネリコの杭。ヴァンパイアを仕留める為の様々な道具。ハンターを引退して以来、なぜか祖父はそれらを見せることを渋るのだが、エドは行くたびに必ずそれらを見せてもらっていた。 エドは一度だけ、隣町での祖父のヴァンパイア狩りをこっそり見学に行ったことがあった。そいつは若い女ばかり連続して何人も殺している凶悪な奴だったが、祖父は襲いかかってくる屈強なヴァンパイアを見事に仕留めたのだ。エドはゴミ箱の陰に隠れて見ていたところを見つかり、こっぴどく叱られた。だが翌朝、新聞に大きく載せられた祖父の写真はエドにとって大きな誇りとなったものだ。現役時代は数百人のヴァンパイアを狩った祖父だったが、女や子供を狩ることは決してなかった。そういう信念を持ったところも、エドは尊敬していた。

 

 

 ああ、爺ちゃんみたいに本物のヴァンパイアをやっつけてみたい。命乞いをするあの化け物どもの胸に風穴を開けて、思い切り杭を打ち込んでみたい。 

 身体を仰け反らせ、断末魔の声をあげるヴァンパイア。その姿を見ることはどんなに気持ちがいいだろう。だが、ハンターになりたいという俺の夢にママもパパも大反対。ママはいつも顔を顰めてこう言うんだ。なんてバカなことを言うの。そんな血なまぐさくて乱暴な仕事をしてみたいだなんて。ああ、ぞっとする。もっと勉強してまともな仕事に就きなさい。

 ママは義理の父親の仕事であるヴァンパイア・ハンターを酷く毛嫌いしているから、俺が遊びに行くこともあんまり快く思ってはいない。パパも父親に対する反発からか銀行員というお堅い職業に就いてしまった。冗談じゃねえ。刺激のない仕事なんてまっぴらだ。

 

 エドは祖父が目を離した隙に小型の銃に弾を装填し、さらに数発の弾を失敬してバッグパックに押し込んだ。小型だが銃身の太いこの銃は、身体の中で破裂する特殊な弾丸を発射するため、たった一発で敵の動きを止めることが出来る。

 もし相手が人間ならば即死だろう。

 祖父は限られたハンターにしか見ることの出来ないHPにアクセスするとエドにパソコンの画面を見せた。これも、エドが無理やり頼み込んで見せてもらったのだ。そこには賞金首のヴァンパイアの顔がずらりと並んでいる。

 こいつ等を一人でも仕留められたら、パパもママも俺に文句なんて言えなくなるさ、そう心の中で呟きながら、エドは賞金首のヴァンパイアの顔を食い入るように見つめた。

 

「おい、デビィ。そろそろ行こうぜ。約束の時間に遅れちまう」

 その声はドライビング・ゲームの方から聞えてきた。

 エドがふと目をやると、レーシングカーの映る大きな画面の前でひとりの青年が夢中になってハンドルにしがみ付いている。椅子の背もたれに手を掛けたもうひとりの長髪の人物の影。

「ちょっと待ってろよ、レイ。もうすぐ終わるからさ。それに、今日ここに来ようって言ったのはお前なんだぜ……やったぜ! 新記録だ!」

 子供みたいにはしゃぎながら立ち上がったのはどうみても二十歳すぎの黒髪の青年だ。グレーの綿シャツにジーンズ。ちょっと見はトム・クルーズに似たなかなかのハンサムだ。

「まったく、お前って幸せな奴だな。こんなゲーム、何が面白いんだかさっぱり分からないよ」

 そう言って笑っている青年は金髪のストレートに透き通るような青い瞳。黒いシルクのシャツにこれもまた黒のジーンズ。エドはその顔に見覚えがあるような気がした。


 まてよ、あいつどこかで見たことが……。

 そうか。さっき爺ちゃんの家で見たHPの写真の一枚。ハンター・キラーの異名を持つヴァンパイアにそっくりだ。確か名前は……。


「おい、レイ。花でも買っていった方がよくねえか。きっと喜ぶぞ」

「そうだね。彼女は薔薇の花が好きだと言っていたしね」

「俺が金を出してやるよ。その代わり、もう一回ゲームやらせてくれよ、な?」

「おいおい! もういい加減にしてくれよ!」

 

 そう、レイだ。間違いない。賞金額は確か二十五万ドル。ラッキー! 凄い獲物を見つけたぞ。後をつけてチャンスを狙えば、こいつを仕留めることが出来るかもしれない。かつての爺ちゃんのように。

 

 エドの祖父はそれほど年を取っているわけではない。なのに去年の暮れ、突然ハンター稼業を引退してしまった。別に病気に罹ったわけではなく、ハントの腕が衰えたわけでもないし、頭の働きが鈍くなったわけでもない。身体の動きなどはエドの父親よりもずっと敏捷だった。そんな祖父が突然引退してしまった理由がエドには分からなかったし、聞いても答えてはくれない。祖父はハンターになりたいというエドの夢を耳にした時、ただこう答えただけだった。

「止めとけ。危険だしな。あんまり気持ちのいい仕事じゃあない」

 

 危険なことは分かってるさ。でも、凶暴なヴァンパイアを倒すことは素晴らしく気持ちがいいに違いない。それに、今の俺にはこの銃がある。杭を持ってはいないが動きさえ封じてしまえば、後は祖父に連絡を取って誰かを寄越してもらえばいい。

 それにしても、デビィというもう一人の男は何者だろう。仲間のヴァンパイアだろうか。ひょっとしてこいつらは恋人同士か? まあ、そんなことはどうでもいいさ。

 

「デビィ、俺は花を買って先に行ってる。お前は後から来いよ」

「分かった。じゃあな」

 デビィは片手をひょいと挙げて振ってみせた。

 エドは、目の前を通りすぎるレイを目で追う。やっぱり間違いない。と、レイが突然、エドに鋭い視線を投げかけた。ひょっとして気付かれたのではないだろうかと思い、エドは身体を強張らせたる。 だが、レイはすぐに視線を逸らして外へ出て行ってしまった。エドは慌てて後を追った。


 レイは店の近くの花屋でピンクの薔薇の花束を買うと路地から路地へと早足に歩いていく。時々人と擦れ違うが、人通りはそう多くはない。

 エドは焦った。この先の曲がり角を右に曲がってしばらく歩けば、やがて大通りに出てしまう。その前にこいつをやっつけなければ。エドは歩きながらナップザックから銃を取り出し、前を歩くレイの背中に狙いを定めた。


「おい、ヴァンパイア! 覚悟しろ!」

 立ち止まり、エドの方にゆっくりと向き直ったレイは少しだけ笑みを浮かべて目を細めた。

「お前、ハンターじゃないな。止めておけ。後悔するぞ」

「うるせえ! 死ね!」

 エドは言い放つと同時に引き金を引いた。銃声。衝撃音。宙に舞う花束。エドは反動でよろよろと後ずさりした。やったか? 目を凝らしてみると正面にある壁に大きな穴が開いているのが見えた。

 目の前をひらひらと舞い降りていく薔薇の花びら。

 奴は何処へ行ったんだ?

 次の瞬間、エドは突然身体が動かなくなり、息が出来なくなった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 午後八時を過ぎた頃、俺はドライビング・ゲームを終え、すぐにレイの後を追った。歩きなれた路地をいくつか曲がった時、前方に二つの人影が見えた。あれは……。ちくしょう、またハンターかよ。何やら大声で叫ぶと同時にハンターが銃を撃った。次の瞬間、レイの身体はふわりと宙を飛んでハンターの真後ろに降り立ち、その身体を後ろからがっちりと押さえ込んだ。

 俺は薔薇の花束を拾って、レイたちの方へ近付いていった。ハンターだと思った相手はバットマンのTシャツに擦り切れたジーンズ。栗色の髪に縁取られた顔にはそばかすが見える。レイの右手で口を塞がれて苦しそうなこいつはまだガキだ。だが、レイはすでにその首に牙を突き立てようとしている。ガキのほうは恐怖で目をいっぱいに見開き、足をがくがく震わせて俺を見ている。

「おいおい、レイ。よせよ! そいつはまだガキじゃねえか」

 レイは俺の声に顔を上げた。

「そんなことは関係ない。こいつはゲームセンターからつけてきて俺を狩ろうとしたんだ。生きて帰すわけにはいかない」

 まったく、レイって奴はこういう時はかなり非情だ。だが、こんなガキを殺したら大変なことになる。

「こいつはハンターじゃねえだろ。どこから銃を持ってきたんだか知らねえが、まともに撃つことも出来ねえじゃねえか。それにこのビビリ方を見ろよ。今にもションベンちびりそうだぜ? こんなしょぼいガキを殺すなんてヴァンパイアの誇りが傷つくってもんじゃねえのか?」

 レイは少し考え込んでいたが、やがてガキの身体から手を離し、銃を奪い取った。

「こいつは没収だ。お前、ヴァンパイアに恨みでもあるのか?」

 エドはまだ身体を震わせている。

「ヴァンパイアは……人の血を啜って殺す化け物だ。この世に存在しちゃいけないんだ」

「お前、名前は?」

「エド……」

「そうか。エド、俺達と一緒に来い。ただし途中で騒いだりしたら殺すぞ」

「わ……分かったよ」

 俺はレイに花束を渡すと代わりに銃を受け取った。

「おい、そのナップザックを空にしてこっちへ寄越せ。このままじゃ持って歩けねえよ」

 しぶしぶ従っているように見えたエドはいきなり俺に襲い掛かってきた。その手には小さなナイフが握られている。俺はその腕を掴むとそのまま上に捻り上げた。

「い……痛!」

 悲鳴をあげるエドの腹に膝蹴りをお見舞いすると、エドはげえっと声を上げて咳き込みながらその場に倒れてしまった。俺はTシャツの襟元を掴んで奴の身体を起こした。

「大人しくついて来い。妙な真似はするなよ。俺は血を吸うことはないが人肉は大好物なんだぜ」

 凄みを利かせた声でそう言って、わざと歯を剥き出してにやりと笑ってみせる。

「分かったよ! 分かったからその手を離せよ!」

 虚勢を張ったエドの声は震え、顔は今にも泣き出しそうだった。



 俺達はエドを間に挟む形で歩き出した。俺は奴が逃げ出さないように腕をしっかりと絡ませていたから、傍目には嫌がる少年を無理やりホテルに連れ込もうとしている、いやらしい男に見えていたかもしれない。

大通りを少し歩いていくと、路肩に黒塗りのリンカーンが停まっているのが見えた。俺達が近付いていくと運転席のドアが開き、高級なスーツをピシリと着込み、白髪交じりの髪をオールバックにして口髭を生やした男が降りてきた。

「お待ちしておりました、レイ様、デビィ様。お嬢様がお待ちです」

「久しぶりだね。お迎えありがとう、マーク」

 レイはそう言うと、マークがドアを開けた後部座席にさっさと乗り込んでしまった。

 エドは信じられないといった顔で目を丸くしてその様子を見ている。俺はエドの身体を押して車に乗り込ませた。

 俺達に挟まれたエドは革張りの広々とした車内を物珍しそうに眺めている。

「すっげえ。俺、こんな車乗ったの初めてだ」

「お前、学校には行ってるのか?」

「行ってない。俺はもうハンターになるって決めたんだ。だから勉強なんかしなくていいんだ。今に見てろよ。凄腕のハンターになってお前たちを必ずやっつけてやるから」

 その言葉にレイは思わず苦笑した。

「まあ、せいぜい頑張るんだな。さてと、屋敷につくまではまだ時間がある。俺達がどうして人間と、それも深窓の令嬢と仲良くなったか。その話を聞かせてやろうか? エド」

 エドはレイの顔をじっと見ていたが、やがてぼそっと呟いた。

「仕方ない。聞いてやるよ」

 やっぱり、好奇心は押さえられないらしい。

「と、いうわけだ。後は頼むよ、デビィ」

 レイは腕を組んで目を瞑ってしまった。

「何だよ! けっきょく俺が話すのかよ!」

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