第24話 「静かな畑と、凍てつく噂」
朝の光が、拠点の畑をやわらかく照らしていた。
湿った土の匂いと、整えられた畝。
その間を抜ける風は、どこか穏やかで、ここが戦いの拠点であることを忘れさせるほどだった。
リックはしゃがみ込み、手のひらを土に当てる。
「……少し固いな」
小さく呟き、大地同調を発動する。
地面が微かに震え、内側からほどけるように土が緩む。水分が均一に広がり、空気が通る層が整えられていく。
「これでいい」
その様子を見ながら、エレノアが静かに頷いた。
「昨日の雨で締まっていた部分ですね。今の調整で安定しました」
彼女は風の流れを読み、畝の配置と水の流れを確認している。目に見えない流れを組み立てるように、拠点そのものを設計していた。
少し離れた場所では、リリアが工具を手にしていた。
「よし、これで水やり楽になるよ!」
鍛冶の技術を応用した簡易の散水器を掲げる。粗削りながらも、確かな形をしている。
「……すごいですね」
シルヴィアが素直に感心する。
「でしょ? こういうの作るの、結構好きなんだよね」
リリアは照れくさそうに笑った。
シルヴィアはそのまま薬草の葉に触れる。
指先でそっと撫で、魔力の流れを確かめていく。
「……順調です」
だが、その指が一瞬だけ止まった。
「……?」
(……少しだけ、魔力が薄い……?)
ごくわずかな違和感。
しかし、それは確信に変わるほどではなかった。
「どうした?」
リックが声をかける。
「……いえ、大丈夫です。気のせいかもしれません」
シルヴィアはそう言って手を離した。
その時、拠点の中から柔らかな声が響いた。
「朝食、できました」
セレスティアだった。
「やったー!」
リリアが真っ先に反応し、工具を置いて走り出す。
リックも立ち上がり、軽く土を払った。
「行くか」
――
テーブルには、湯気の立つスープと焼きたてのパンが並んでいた。
「まだ練習中ですが……」
セレスティアが少し遠慮がちに言う。
リックは一口食べて、すぐに頷いた。
「うまい」
「ほんと!?」
リリアも勢いよく口に運ぶ。
「ほんとだ! 前より美味しくなってる!」
エレノアも静かに言った。
「味付けが安定しています。とても良いです」
セレスティアはほっとしたように微笑んだ。
その穏やかな空気の中で、シルヴィアが口を開く。
「……薬草の一部ですが、少しだけ魔力が薄い気がしました」
エレノアが視線を上げる。
「一部だけ、ですか?」
「はい。全体ではありませんが……」
リックは腕を組む。
「すぐに問題になるか?」
「……いえ、まだ影響はありません」
「なら様子見だな」
短く判断する。
「今日は予定通り動く。ヴェルグラードだ」
「鉱石だね!」
リリアが元気よく言う。
「ああ。装備強化にも必要だ」
――
転移の光が消え、
五人はヴェルグラードに立っていた。
町は活気に満ちている――はずだった。
だが、どこか落ち着かない。
荷車の数が多く、商人たちの動きも慌ただしい。
「……少し、騒がしいですね」
エレノアが静かに言う。
リックは短く頷き、そのままザクトの店へ向かった。
扉を開けると、ザクトがすぐに気づいた。
「……これはまた、いいタイミングで」
意味深に目を細める。
「何かあったのか」
リックが問う。
ザクトはカウンターに寄りかかり、声を落とした。
「ええ、少し妙でしてね」
「鉱石の流れが減っています」
「採掘量の低下か?」
「いえ――“消えている”」
空気がわずかに変わる。
エレノアが冷静に聞く。
「盗掘ではない、と?」
「ええ。狙われているのは、魔力を含んだ鉱石だけです」
シルヴィアの瞳がわずかに揺れた。
ザクトはそれを見逃さない。
「裏の連中が動いていますよ。ああいうのは“集める側”がいる」
リックの声が低くなる。
「秘密結社か」
ザクトは肩をすくめた。
「さて……どうでしょうね」
だが否定はしない。
少し間を置き、ザクトは続けた。
「それと、もう一つ」
「妙な“商品”がありまして」
リリアが首を傾げる。
「商品?」
「奴隷です」
その言葉に、空気がわずかに重くなる。
シルヴィアは何も言わない。
ザクトは淡々と続ける。
「元は没落した貴族の娘」
「ですが――売れない」
リックが問う。
「理由は」
「強すぎる。そして、扱えない」
リリアが目を輝かせる。
「強いの!?」
「ええ。氷を使うそうです」
だがザクトは首を振る。
「問題はそこじゃない」
「戦場を“分ける”」
リックの目が細くなる。
「……分断か」
「ええ。近づけば隔てられ、逃げれば遮られる」
ザクトは静かに言う。
「商品としては失敗作ですが……戦力としては上等」
そして一言。
「……あれは商品というより、“災害”に近い」
「場所は?」
「ヴェルグラード外れの取引場です」
――
店を出た後、リックは短く言った。
「まずは鉱石だ」
――
採掘場は荒れていた。
岩肌が削られ、不自然な痕が残っている。
「……静かすぎる」
リリアが呟く。
エレノアも頷く。
「魔力の流れが乱れています」
さらに進むと、それは見つかった。
魔法陣の跡。
黒く変質した地面。
そして魔力を失った鉱石。
シルヴィアが静かに言う。
「……間違いありません」
「秘密結社です」
――
直後、魔獣が飛び出した。
動きが歪で、不安定。
「来るぞ!」
リックが前に出る。
戦闘は短かった。
リリアの一撃、エレノアの制御、シルヴィアの補助。
そしてセレスティアの光が、傷を即座に癒していく。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
リックが頷く。
――
戦闘後。
エレノアが言う。
「魔力の抽出です」
シルヴィアも続ける。
「……薬草も、鉱石も同じです」
リックが静かに結論を出す。
「結社は魔力を集めている」
――
帰り際。
一瞬だけ、地面が凍った。
「……え?」
リリアが足を止める。
シルヴィアの瞳が揺れる。
「……今のは……」
だが、すぐに消えた。
――
夜。
拠点に戻ると、セレスティアが食事を並べていた。
「お疲れ様です」
その声はいつもと変わらず優しい。
だが、外の畑は――
朝よりわずかに元気を失っていた。
シルヴィアが静かに言う。
「……影響が出ています」
リックは空を見上げる。
「原因を断つ」
遠くで、氷が軋むような気配がした。
どこかで、誰かが呟く。
「……また来た」
「……どっちを選ぶの」
静かな夜に、その声だけが溶けていった。




