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悲観令嬢と癒しの小人とマイペースな猫のひととき  作者: 松原水仙


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9.木漏れ日の隠れ家

「あ」「起きた」「おはよう」


 目覚めると、目の前にニアの顔があって慌てて上半身を起こす。三人はニアの頭の上に乗り、寝ているクララを見下ろしていたのだ。


 昨日はあんなに早くベッドに入ったのに。


 最近寝れていなかったのが嘘のように深く眠れた。


「おはよう、ロロ、ミミ、スス、ニア」

「お外」「出る」「楽しい」


 三人に誘われ、右手にアンに用意してもらったバスケットを持ち、左手にニアを抱いて出かけた。アンは付き添うと聞かなかったが、敷地内なので大丈夫と押し切った。


「夕方の鐘が鳴る頃には必ずお戻りください」

「ええ、分かったわ!ありがとう」


 玄関を出て、庭の噴水を通り抜けると気持ちよい風が吹いた。ニアが身を捩ったので下におろしてやる。三人は器用にニアを乗りこなしている。


 ニアが前を歩き、時たま「ついてこい」と言わんばかりの顔で振り返る。結構足が速い。でもクララも体力には自信があった。


「ねえ、どこへ行くの?」

「隠れ家」「案内する」「こっち」


 庭の生け垣の下にできた、人が一人通れるくらいの穴を潜る。ドレスが土で汚れるなんて言っていられない。通り抜けると、両側を高い生け垣で挟まれ、空と生け垣以外何も見えなくなった。途中、二手に分かれたり、行き止まりが見えたりする。


「すごい!生け垣で迷路を作っているのね!しかも広い。どうなっているの?」


 童心に戻ったように、胸が躍る。つい、上を見ながら勝手に進みそうになってしまった。


「クララ」「違う」「こっち」

「あ!待って」


 横から呼び止められ、慌てて進路を変更する。迷路の出口もやはり生け垣の下にできた穴だった。ニアにとってはこの方が楽なのだろう。

 目の前では、木でできたアーチが道を作っている。天井に緑が生い茂り、空も見えなくなった。光だけが隙間から差し込んでいる。ニアは慣れた様子でそこを進む。


 すごい、出口があんなに遠いわ!御伽の国にでも迷い込んだかのよう。


 クララが天井の緑に見惚れて歩いていると、後ろから声がした。


「行き過ぎ」「戻って」「ここ」

「えっ」


 てっきり出口まで一直線に歩くと思っていたのに、途中で止まっている。ニアと三人が近づくと、木々の枝がまるで解けるかのように、しゅるりと開いた。緑の壁だったそこにぽっかりと穴ができている。


 えっ!


 まるで魔法のようだ。先に進んでいくニアたちを急いで追いかけ、クララもその穴を通り抜けた。次の瞬間、壁が元に戻り穴が消えてしまった。

 驚く間もなく、目の前には一面、緑の絨毯が敷かれ、蝶が飛んでいる。赤、青、白、黄、オレンジ、ピンク、紫。鮮やかな花々が咲き誇り、木漏れ日がそれを照らしている。


あれはチューリップ、あれはブルーベル、あれはアイリスね。

どこまでも続く花畑を柔らかい光が包み、温かい。


 ニアは木の根元にある大きな茶色の茸の下で止まった。三人はニアから降り、その下に座る。クララも布を敷いて座り込んだ。


 なんて綺麗なのかしら。空気がとっても澄んでいる。


 思い切り吸い込んだ。ひらり、と蝶がニアの前に躍り出て、ニアが蝶を手で触ろうとする。蝶がニアと遊んであげているようだ。友達なのかもしれない。


「クララ」「ここ」「寝る」


 言われるがままに寝そべる。目にいっぱいの緑と優しい光が飛び込んできた。

 少し甘い微かな花の香りがする。耳を澄ますと、どこからか水音が聞こえた。川が流れているのかもしれない。


 ゆったりとした気持ちになった。昨日まであんなに色々考えていたのが嘘のように落ち着いている。


 静かだ。


 それに温かい。手足までぽかぽかしてくる。


 何も考えなくていいんだ。


 そっと瞳を閉じた。


 ふわふわと体が浮くような感覚がして、そのまま身を任せる。ゆりかごで揺れているかのように心地いい。


 にーあ、と泣き声が聞こえ、ニアが上に乗ってきた。それでも浮遊感は変わらない。もふっとした柔らかい毛を両手で抱きとめる。ニアが呼吸するたびに、毛が膨らんだように手に当たって、そのリズムがとても心地よい。


 いつの間にか眠っていた。


 クララの寝顔を見ながら、三人はシーッと声に出さず笑い合う。





 ぴりゅーい、ぴりゅーい、と鳥のさえずる声で目を覚ました。すっと目が開き、体が軽い。ニアも同じように目を開け、クララの上から飛び降りた。


 うーん、と伸びをする。


「え、今、何時?」


 あまりにもすっきりとした体に、寝すぎたのかもと焦る。


「大丈夫」「このお花」「咲いてる」

「お花?」


 三人が指さしたのは、薄ピンクの真ん中が窪んだお花たち。


「このお花」「夕方」「しぼむ」

「まあ、そうなの?良かった」


 言われてみると外も明るい。


「そうだわ!サンドイッチを食べましょう」


 バスケットを開けると中には何とも美味しそうなサンドイッチが四つも入っている。その隣にはスコーンまで。いい香りがふわぁと森に漂った。ちゅりりり、と鳥が集まってくる。おこぼれを狙っているのかもしれない。


 クララがサンドイッチを一つ取り出すと、すぐにニアが飛びつこうとする。


「ニア、ダメよ。体を壊してしまうわ。あなたには茹でたお肉が」

「大丈夫」「ニア」「妖精」

「え?妖精」


 ニアは威張るような目で、にーあと鳴きながらクララを見上げた。


「ニア」「八十歳」「まだ子ども」


 え、八十歳?

 子ども?


 三人はサンドイッチの欠片を美味しそうに頬張っている。その姿はどう見ても子どもだけれど。


「あなたたちは何歳なの?」

「ぼくたち」「五百歳」「くらい?」


 三人で目を合わせて首を傾げている。そこまで長生きすると年齢に無頓着になるのだろう。


「五百歳…。すごいわね」

「クララ」「まだ赤ちゃん」「生まれたて」


 赤ちゃん…。確かに五百歳から見ればそうなのかもしれないけど、なんだか複雑。


「だから泣く」「当たり前」「我慢しないで」

「泣く?我慢なんてしていないわ。それに私は人間の世界ではもう大人なのよ」


 面白いことを言うのね、とクララがポットの紅茶をカップに注ぐ。さすがにもう湯気は出ない。それでも柑橘の混ざった清涼感のある香りがして落ち着く。

 サンドイッチにはベリーのジャムがたっぷりと塗ってあった。ビクターが買ってくれたものだ。甘みと酸味、それに粒粒の食感が楽しい。


 両手をベリーでいっぱいにしたビクターの姿が、ベリーの香りとともに蘇ってくる。


 楽しかったな。

 次のデートではあんな気持ちになれる自信がない。そもそも次なんて…。


 ううん!と首を振った。これ以上求めるなんてどうかしているわ、私!


「クララ」「泣いていい」「よしよし」

「さっきからどうしたの?泣かないわよ、私。悲しいことなんてないもの!あ、スコーンもあるの。クリームつきよ!」


 クララの笑顔は、今にも閉じそうなお花にそっくりだった。


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