8.小人
「気落ち令嬢は三人の小人に癒される(仮)」からタイトルを変更しました
無力感に襲われ、何日か過ぎた頃だった。最近は、一人でお茶を飲む時間も取らず、引きこもってしまっている。アンは気を遣って外出を提案してくれたけれど、とてもそんな気分にはなれなかった。
「このお部屋が気に入っているの」
笑ってついた嘘は、通じただろうか。
カーテンを閉め切り、ソファに縮こまって座り込む。誰にも会いたくないし、話したくない。部屋の外に出るのが恐い。
こんなことをしていたら駄目だって分かっているのに。
情けなさで胸がはち切れそうなのに、何もできない。
どうして私は…。
永遠とループする自問はいつも私を傷つけるのに止まらなかった。
「泣いているの?」「何で?」「どうして?」
声がした。小さい声だ。高い子どものような声がはっきりと聞こえた。
立ち上がり、きょろ、と部屋中を見回しても誰もいない。
「気のせい…」
幻聴だと思い込み、頭を左右に振って再度座ろうとする。
「違う」「いる」「ここ」
「え?」
クララは恐くなって、さっきよりじっくりと辺りを伺う。カーテンの隙間から、小さい何かがこちらを覗いていた。十センチほどの縦長の何かには、目がたくさんついている。
「きゃっ」
恐くなって仰け反った拍子に、ソファに尻もちをついた。
「大丈夫」「恐くない」「安全」
カーテンの隙間からひょっこりと顔を出していた縦長の何かは、「よいしょ」と三つに分解して、ちょこんと横一列になって窓枠に座った。見えているのは一人だけで、他の二人はカーテンのせいで影絵のようになっている。さっきは三人が肩車をしていたようだ。
慌てて窓に近づいて、カーテンを左右に開いた。
「見えた」「ふふふ」「本当だ」
左から一言ずつ話すのが彼らの決まりらしい。クララは開きっぱなしの目で、三人を凝視する。
見た目は人間にそっくりなのに、両手の中にすっぽりと収まりそうに小さい。
「いったい…」
言葉が続かなかった。
「ロロ」「ミミ」「スス」
彼らの名前だろうか。
ロロは好奇心旺盛な目をして、茶色い服を着ている。海のような青色の尖った毛がピンピンと跳ね、元気よく両足をぶらぶらと揺らしている。
ミミは丸い瞳が印象的で、赤い服を着ている。お月様のような黄色の長い髪を左右でゆったりと括り、目をクリクリさせてこちらを見ている。
ススは垂れた目がおっとりした感じで、緑色の服を着ている。肩まである夕日のような赤色の髪が風で揺れた。
「あ、あなたたち、誰?」
「ロロ」「ミミ」「スス」
「そうじゃなくて!」
うん?と三人が揃って右に首を傾げる。
ああ、何て言えばいいのかしら。
その時、窓から横長の黒い塊がびゅん、とすごい速さで入ってきた。
「きゃあ!」
驚いて窓から少し離れ、壁際に蹲った塊を見ると、にーあと鳴いて、向こうもこちらを見ている。
「え、猫?」
黒猫だ。両足を前に投げ出し、疲れ切った人間のように背を丸めて座り込んでいる。ふてぶてしいとはこういう表情を言うのだろう。
「ニア」「猫」「友達」
「ニアって言うのね」
紹介された当の本人は、真っ黒なぼさぼさの毛を舐めている。
「それで、あなたたちは、どうしてここへ?」
「泣き声」「聞こえた」「心配」
「泣き声?誰の?」
「「「君」」」
そこだけは三人、声を揃えた。一斉に指を差され戸惑う。否定するように両手を軽く振った。
「え、私?私は泣いていないわ」
「泣いてる」「今も」「聞こえる」
「気のせいじゃない?私には何も聞こえないわ」
微笑むクララに、三人は不思議そうに顔を見合わせる。
「気づいていない?」「気づいてない」「どうしよう」
ジィーッと顔を見つめられ、何だか気まずくなってくる。
泣いている?私が?ううん、私は泣いたりしていないわ。だって私は…。
「君」「名前」「何?」
「あ、そうね、教えてもらったのに、名乗っていなくてごめんなさい。私はクララって言うの」
「クララ」「可愛い」「いい名前」
「初めて言われたわ。ありがとう」
フッと力が抜け、もはや彼らを受け入れている自分に気づく。
「中に入る?良かったら何か食べるものを」
ニアがいつの間にか足元に来て、すりすりと顔を付けてくる。さっきまでやる気なさ気に座っていたのに。思わず笑ってしまった。
「待っていて。今、持ってくるわ」
ニアの頭を一撫でして、廊下に出た。ところまでは良かったが、彼らは何を食べるのだろう。
歩いていたアンを見かけ、聞いてみる。
「ねえ、アン。猫って何が好きかしら?」
「猫ですか?鼠とか、鳥とか取って来て食べているところを見かけますが、まさかお部屋で猫を?」
眉を顰めたアンに、しまったと思ったが、もう遅い。
「良かったぁ!心配していたんですよ、お部屋に籠りっきりだったので」
「え」
「猫がいたからなんですね!でもノミなども心配なので、一度体を洗いましょう」
「ええっと」
アンの迫力に負け、部屋からニアだけを連れ出す。食べ物をくれると思っていたニアは、アンの腕の中で恨み節満載の顔でクララを睨んでいる。「にーあ、にーあ、にーあ!」と抗議の声がした。
ごめんね、ニア。出てきたら、あげるからね。
三人には艶々のベリーを透明のフルーツ皿に盛り持って来た。三人を手のひらに乗せ、テーブルにハンカチを敷いた上に座らせる。お皿の周りに集まった三人がベリーを覗き見て、「うわぁ!」と目を輝かせた。
可愛い…。
瑞々しいベリーをロロ、ミミ、ススに一つずつ渡すと、両手いっぱいに紫色のベリーを抱え、かぶりついた。体の三分の一ほどもあるベリーを幸せそうに頬張っている。
「「「美味しい」」」
夢中で食べる三人をフフッと笑いながら見守る。ベリーの汁で服が紫に染まるのも気にせず、小さい口で食べ進めている。
ノックの音が聞こえた。アンが戻ってきたのだ。
「どうしよう、あなたたちが見つかったら」
「大丈夫」「見えない」「開けて」
見えない?こんなにはっきり存在しているのに…?
半信半疑でドアを開けると、アンの腕からニアがするりと抜け出した。テーブルに飛び乗り、すぐさまベリーのお皿に顔を突っ込む。シャッシャッとがっつくその横では、三人がまだベリーを抱えたままだ。
「ミルクもお持ちしますね」
「あ、ありがとう」
アンは何事もなかったかのように立ち去った。
「本当に見えないのね。どうして私には見えるの?」
ロロ、ミミ、ススはにっこりと微笑み首を傾げたきり、何も言わない。
アンが持って来たミルクをテーブルに置くなり、ニアはゴッゴッとすごい勢いで飲んだ。
夜の食事も部屋に運んでもらった。ポタージュ、テリーヌ、温野菜、ガチョウのお肉、舌平目のムニエル。ニアが鼻をひくひくさせながら近づくのをガードする。ニアには魚が用意された。ムシャッと美味しそうに噛り付く。ロロ、ミミ、ススはプチトマト、ブロッコリー、チーズをそれぞれ手にして口を汚しながら食べている。
クララは舌平目を切りながら、三人に尋ねた。
「あなたたちは、何という生き物なの?」
「僕たち」「小人」「妖精」
「小人。そのままね。来てくれて嬉しいわ。最近はずっと一人で食べていたから」
ビクターのいないダイニングは広すぎて、使用人が後ろに三名も控えているのも気まずかった。
「僕たち」「側にいる」「友達」
「友達?」
「そう」「友達」「一緒」
なぜだか泣きたくなったのを笑って誤魔化す。
「ありがとう。ロロ、ミミ、スス、ニア、あなたたちは私の大切なお友達だわ」
「「「うん」」」と頷く三人の横で、にーあ、とニアが鳴いた。
ニアは、ロロ、ミミ、ススを背に乗せ、クッションの上で丸まった。どうやらいつもニアの上で寝ているらしい。
ぼさぼさだった長い毛は、アンのおかげで艶々になった。
「おやすみ、可愛い小人さん、ニア」
クララは蝋燭の灯りをフッと吹き消した。




