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悲観令嬢と癒しの小人とマイペースな猫のひととき  作者: 松原水仙


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7.お茶会の合否

 マーサ伯爵夫人の屋敷は、ビクターの屋敷と負けずとも劣らない豪邸で、馬車から降りた途端に足がすくんだ。コルセットが無ければ俯いて猫背になっていただろう。


 私が入った瞬間、会話が止まったりしたらどうしよう。


 夢でうなされる程、緊張している。歩みが遅くなって脈が速い。しかし、もう玄関前に着いてしまった。メイドがにこやかにクララを出迎え、すぐにマーサ伯爵夫人が玄関ホールまでやって来た。貫禄のある体つきと、人の良さそうな笑顔が同時に目に留まる。


「ようこそ、いらっしゃいました。クララ様」

「マーサ伯爵夫人、本日はお招きありがとうございます」


 固いながらも何とか笑顔を作った。手土産に持って来た王都で人気の焼菓子を渡し終えると、すぐにメインホールへと通された。既に着席していた貴婦人たちが一斉に笑顔を作り、こちらを見る。十代から五十代まで十名ほどが集まっていた。皆、真珠のように輝いた肌をしている。上等なドレスを着て、優雅な仕草が堂に入っている。


「クララ・コックスです。初めまして」

「初めまして」と挨拶が返ってきた。一先ずホッとして、メイドが案内してくれた一番端の席に座る。楽しそうな周囲に馴染めず、とりあえず笑顔を作って聞いている振りをして待った。

 最後の令嬢が入って来てすぐにマーサも姿を現した。


「今日はようこそお越しくださいました。ホストを務めるマーサです」


 マーサはオペラでも歌うような声で自己紹介し、自らも椅子に座った。


「今日はとっておきの茶葉が手に入ったの」


 マーサが隣に立つメイドから受けとったのは、水色の缶に黄色の文字が入った円筒のブリキ缶。

 それを見た周囲から、すぐに悲鳴に似た歓声が上がる。


「すごい!王都で人気のモリード社のものね」

「一度飲んでみたかったの!」


 そんなに人気のお茶なのね。覚えないと。


 初めて見るブリキ缶を食い入るように見る。周りの興奮とは裏腹に、クララは縮こまっていった。

 洋ナシのタルト、マカロン、カップケーキ、コンポートなど、目の前にはお菓子が並んでいて、自由にお皿に取るスタイルだ。目の前の女性が取ったのを見て、同じタルトをお皿に盛った。


「お好きに飲んでくださいね」と目の前にはレモン、ミルク、ジャム、砂糖が用意された。

 クララは普段から口にしていたミルクをティーカップに注ぎ入れる。すぐに赤茶色と白が混じり合った。


「やっぱりレモンが合うわねぇ」

「そうよね。レモンティーにするのが一番いいわ」


 斜め前で三十代と思しき女性たちが話し合うのを、ドキリと聞く。


 どうしよう、ミルクを入れてしまったわ。私だけだったらどうしよう。


 一人でドギマギとお茶を隠すように飲む。ティーカップをソーサーの上に置けなくなった。


「クララ様、お口に合うかしら?」

「え、はい!とても美味しいです」

「良かったわ。他にもあるから紅茶もお菓子もどうぞ遠慮なくね」

「はい。ありがとうございます」


 ありきたりの返事しかできない自分が情けない。

 周りでは口々に楽しそうに話しているのに、何を話せばいいのか分からない。

 お茶も飲み終わり、次の話題を探す頃、二十代くらいの女性が軽く手を挙げた。


「そうだ!私がピアノを弾くから、マーサ様、歌ってくださる?」

「え、聞きたいわ!」

「じゃあ、皆様は踊ってちょうだいね!」


 マーサの提案で踊ることになり、席立ちを立って部屋の壁にくっつけてあったピアノの近くに集まった。


 どうしよう、踊りなんて、ビクター様と踊ったワルツくらいしか…。


「曲はこれにしようと思うの」


 ピアノの担当はミギー。そばかすが印象的で、明るくて率先して会話をしていた。ミギーが弾き始めたのは有名な曲なのか、皆、わぁと喜んでいる。


 ピアノの横にマーサが立った。ドシンとした体つきが頼もしい。ピアノの音色に、マーサの体ごと揺れそうな声量の歌声が合わさった。

 楽しそうに軽く体を揺らす貴婦人たちの後ろで、クララはどう動いていいか分からず立ちつくす。


 どうしよう…。


 強張りながらも、左右にほんの小さくだけ揺れてみる。皆の音に乗せた踊りとは違う気がするが、どうしていいか分からない。


 三曲をマーサが歌い終えた頃には、皆が一体化していた。拍手をしながら楽しそうに笑い合っているのを、クララだけが一歩引いて見ている。口元だけを小さく上げ、笑顔でいるように見せる。


 昔から集団には馴染めた記憶がない。


「あー、楽しかった。ねえ、今度またこのメンバーで集まりましょうよ!」


 誰かがそう言った。「いいわね!」と盛り上がる。


 そのメンバーの中に、自分は入っているのだろうか。今日一日、誰かと向き合って話した記憶がない。いてもいなくても一緒だ。


 クララは曖昧な笑顔でやり過ごした。

 一人でいる時よりも、なぜか独りぼっちの気分になった。




 案の定、後日出した招待状は、ほとんどが不参加に〇がついて返ってきた。「その日は予定がありまして」と断りの常套句が添えられている。


 これがクララに下された評価だった。


 暗闇から出られなくなったような気分になる。外はこんなに明るいのに、光がクララの心まで届かない。

 手紙を引き出しに入れ、考えないようにしても頭を占めるのは上手く出来なかったことばかり。


 どうして上手く笑えないのかしら?

 どうしてちゃんと話せないの?

 皆はあんなに自然にできているのに。

 私って、本当に役立たず!


 ビクターの広い屋敷で何もせずにいると、無力感が襲ってくる。家で使用人の仕事をしていた時よりずっと良い暮らしなのに…。


『使用人くらいの価値はある』エルザの言葉が蘇る。それすら必要ないと言われたら、私には何が残るんだろう。


 私がいなくてもこの屋敷は上手くまわっている。できることと言えば社交くらいなのに、ほとんど断られてしまった。

 私にはもう何の価値もない。

 こんな自分を消してしまいたい。


 胸の辺りに漂う黒い靄に包まれる。

 体が冷たい。苦しくて息が荒くなる。耳も目も全部塞いでしまいたい。

 クララは両手で頭を隠した。




 ううん、大丈夫。私は大丈夫。大丈夫…。


 無意味な言葉を何度も言い聞かせた。




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