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悲観令嬢と癒しの小人とマイペースな猫のひととき  作者: 松原水仙


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14/14

14.吹き込んだ新風

 作り直したドレスをエルザに送ると、クララとミュリーはエルザの友人のお茶会に招待された。ミュリーが行くというので、クララも意を決して参加することにした。

 髪にはお揃いのレースのリボンを巻いて、ドレスにもさり気なく同じレースを使っている。それだけで心強かった。


 五十人ほどのガーデンパーティーは、各所で輪ができ、弾んだ声が聞こえてくる。

 挨拶を済ませ、ミュリーと二人、隅の方でシャンパンを片手にエルザを観察した。彼女は十名程の令嬢に囲まれ、楽しそうに話し込んでいる。


 ミュリーが得意気な顔をして、シャンパンを持ったまま腕を組んだ。


「自分で言うのもなんだけれど、あのグローブやっぱり素敵だわ」

「自分で言うのもなんだけれど、あのドレスも素敵よね」

「間違いないわ」と二人で噴き出す。


 黒いドレスを着たエルザは、圧倒的な存在感を放っている。胸元の金の刺繍は下品にならないように気を配った力作だ。そこに涼し気な黒レースのグローブが何とも言えずお洒落、だと思う。センスに自信はないけれど。


 きっとドレスもグローブもこれだけ着こなされれば本望だろう。


「エルザ様、本日のお召し物もとても似合っています!」

「さすが、エルザ様!そのドレスを着こなせる方は、そうそういませんわ」


 ピクリと二人の耳が動く。ドレスの話題だ。大勢で盛り上がっているせいで、声のボリュームが狂っている。


「そうでしょう?これ特注なの」


 エルザが髪を後ろに流し、ドレスの胸元とグローブをさり気にアピールした。


「いったい、どこの職人が作ったのです?」「私も知りたいわ!」「教えてください!」


 ドキリとする。まさか、言ったりしないわよね?

 恐る恐る目を向けると、エルザと目が合った。彼女のエメラルドの瞳が弓なりになり、頬がグッと持ち上がった。

 背筋が凍る。


「実はね」


 ああ、彼女はバラす気だ。クララとミュリーのシャンパンを持つ手が固まる。これまで聞こえていた他の令嬢たちの声が一切聞こえない。ただエルザの口元が音を紡ぎ出すのをスローモーションのように見送った。


「あそこにいる私の姉が作ったの!」


 エルザの指を辿り、会場中の視線が一斉にクララに突き刺さった。強張った体が一切、動かない。血の気が引いて、心臓の音も聞こえなくなった。ミュリーも同じく声を失っている。


「え、作った?」「ご自分で?」「使用人じゃなく?」


 ざわついた視線がクララを襲う。

 足元のベージュの靴を見ることしかできず、立ち尽くした。


「本当なの?」


 すぐ側で声が聞こえ、思わず顔を上げてしまった。斜め前に立った女性は見目麗しく、いかにも上流階級という気配を漂わせている。


「そ、れは」


 息が苦しくて仕方ない。呼吸の仕方が分からず、片手をテーブルについた。

 どうしよう…!

 逃げるように目を瞑ったクララの耳に、朗らかな声が届いた。


「すごいじゃない!あなた」


 先程の女性が興奮して、シャンパンを持つクララの手を握った。


 え?


 ミュリーも目を丸くして、失礼な程に女性の顔をながめ回している。


「あんなにすごい物を作れるの!私にも教えてくださらない?」


 瞳の輝き、頬の緩み、高揚した息遣い、眉の上がり具合。


 この方は本気で言っているのだわ!


 呆気にとられ、言葉が出ない。


「え、でも」

「実は最近、何か新しいことにチャレンジしたくて探していたの!これだわ!」


 彼女があまりにも嬉々として話すので、周りの令嬢たちにも伝播していく。


「そのおリボンも、もしかして手作りかしら?」「お揃いで気になっていたの!」

「え、ええ」

「すごいわ!」「私も作ってみたい!」「私も!」


 囲まれたクララとミュリーは、予想外の展開に目を合わせるばかりだ。

 目の前の女性が混乱する二人に気づき、仕切り直す。


「興奮してしまったわ。私、マデリン・フェラーというの」


 え、マデリン・フェラー?


 フェラー公爵夫人といえば、エルザと並ぶもう一人の社交界の華だ。

 美貌は勿論、優雅な仕草に、巧みな話術、磨き抜かれたセンス、どれをとってもいう事なし、という社交界の評判は、疎いクララの耳にも入る程。


「クララ・バルンと申します」「ミュリー・バステアです」


 元々目立つことに慣れていない二人は、名前を言うのが精いっぱい。マデリンは気を悪くした様子もなく、両手を合わせて二人を見つめる。


「ねえ、今度私のお屋敷にいらして?先生として刺繍を教えて欲しいの!」


 先生?私たちが?

 急展開に付いて行けずにいると、マデリンの背後から声がした。聞きなれた艶っぽく剣のある声。


「あら、マデリン様。刺繍だなんて!そんな使用人のようなことをなさるの?」


 ふ、と小馬鹿にしたようなエルザに、マデリンがにっこりと微笑んだ。

 社交界を代表する両者のやりとりを、全員が固唾を呑んで見守る。クララたちを囲んでいた令嬢たちも、いつの間にか一歩引いている。


「ごきげんよう、エルザ様。あなたのドレス素晴らしいわ!貴婦人にもこんなに卓越した刺繍ができることを、あなたのお姉様とご友人が証明してくれたのよ!感動したわ。ねえ、皆様」


 マデリンの熱狂に場がのみ込まれる。令嬢たちは次々と賛同の意を表した。


「その通りだわ!」「私たちにもできるかしら?」「やってみたいわ!」

「どうかしら、クララ様、ミュリー様。私たちに刺繍を教えてくださらない?」

「私にも!」と令嬢たちがクララとミュリーの周りに押し寄せた。


 除け者にされたエルザは唇を噛んでクララを睨む。その視線に一瞬、動揺したものの、喜びがそれに勝った。


「喜んで!ね、ミュリー」

「ええ!もちろん!」


 令嬢たちがマデリンと二人を取り囲み、エルザは完全に空気となった。マデリンとのお茶会の話がまとまった頃には、彼女はとっくに消えていた。



 令嬢たちの話では、エルザはマデリンを勝手にライバル視していて、だけど一度も勝てた事がないのだとか。


「これ美味しいのよ。うふふ」とマデリンが頬に手を当てながら、マンゴーのムースを勧めてくれた。その仕草や発声の優雅なこと。


 上には上がいるものね、とクララは心底、感服した。





 クララとミュリーは、帰りの馬車の中でも夢見心地だ。

 思いがけず壊れさった壁に、ふわりふわりとした気分が抜けない。


「ねえ、クララ。私の頬をつねってみて」

「ミュリー。私の頬もお願い」


 二人で向かい合って、頬をつねり合う。確かに痛い。


「痛いわ」

「私も」


「「痛い。夢じゃない!夢じゃないわ!」」


「きゃー!」と嬉しい悲鳴を上げながら、ぎゅうぎゅうと抱き合った。



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