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悲観令嬢と癒しの小人とマイペースな猫のひととき  作者: 松原水仙


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11.水の煌めき

「お友達ができたの!」


 部屋に戻るなり、テーブルの上の三人に駆け寄る。それはそれは嬉しそうなクララに、三人は顔を見合わせた後、両手を上げて祝福した。クッションで寝ていたニアは一瞬だけ顔を上げて欠伸をし、またすぐに目を閉じた。


「わーい」「やったー」「おめでとう」

「彼女も刺繍をしているのですって!まさか刺繍好きのお友達ができるなんて」

「お友達」「嬉しい」「幸せ」

「あなたたちのおかげよ。これ、お礼と言ってはなんだけど」


とびっきりの笑顔が今日の成功を表している。ロロ、ミミ、ススはクララがテーブルに置いたアプリコットに飛びついた。両手で抱きしめるように持って、齧り付いている。皮付きの太陽のようなオレンジ色のアプリコットは甘さと酸味が混じって美味しい。じんわりと水分が溢れ出てくる。


「「「美味しい」」」


「にーあ」と、いつの間にかニアが近くで尻尾をピンと上げている。タッとソファに飛び乗った。アプリコットを一つ取ってお皿に載せると、むしゃり、とすぐに口に入れ、満足そうに「にーあ」と鳴いた。




クララは手にポットとバスケットを持って、生け垣の下にできた穴を潜った。あの場所に行くのは二度目だ。迷路の生け垣は、入り組んでいてとてもじゃないが正解のルートを覚えていない。ニアの後ろについていく。高い生け垣がクララたちの姿を、周囲から隠した。


目の前に現れた木のアーチへと足を踏み入れる。左右と天井を覆った木々の緑が通路を作り、いつ来てもお伽噺の世界のようで、胸が躍った。

ニアがアーチの途中で止まると、しゅるっと右隣の木々が開いた。ニアのすぐ後ろに立ち、同じように通り抜けると、すぐに木々は元通りの壁へと戻る。


いつ見ても不思議だわ。


立ち尽くすクララに後ろから声がかかる。


「クララ」「こっち」「早く」

「あ、待って」


ずし、ずしと進んでいくニアを追いかける。二十メートル先に、高い場所から落下する滝が見えた。空を見上げる高さだ。ズザァズザァズザァ、と滝つぼに落ちる水の音が木霊する。圧巻の光景に、足が勝手に止まった。


すごい!こんなに大きな滝、見たことないわ!


幅、百十五メートル、落差、二百三十一メートルの大滝を前に、クララは息を呑んだ。水飛沫が霧となってここまで飛んでくる。近づいては、その壮大さを見上げる。

滝の下では川が横に流れ、チョロリロ、チョロリロとまた違う水の音が聞こえてくる。


「気持ちいい」


川のすぐ近くで立ち止まった。先程より顔にかかる水飛沫の量が多い。落ちてくる水に光が反射し、虹が出来ている。水の落ちる音が轟き、迫力で体が揺れそうだ。


「クララ」「座る」「ここ」


滝の目の前で布を敷き、バスケットとポットを置いて座った。ズダダダダァ、と繰り返す音に飲み込まれそうになる。さっきまでの爽やかな音ではなく、荒々しい野生の音。でも不思議と心が落ち着いた。

不安や寂しさなんて、この滝の音が全部かき消していく。それくらい規模の違いを感じた。


豪快な滝の飛沫が跳ねる。水滴が霧になって届く。川は全てを受け止めて、ただ岩の間を静かに流れていく。ぼけっと、ただ空気のようにそれを感じ続けた。


ニーア、とニアがクララの手に頭を擦りつける。尻尾が立っている。艶々したモフモフの黒毛が、くすぐったい。


「お腹が空いたのね。食べましょうね」


バスケットを開けると、中にはミートパイと片手で持てる桃のタルト、フルーツの盛り合わせが入っている。ニアには桃のタルトを、ロロ、ミミ、ススには、バナナ、サクランボ、キウイを渡した。

クララはミートパイを手に持って、頬張る。まだほんのりと温かい。赤み肉のしっかりとした味に、スパイスが効いている。バターが染みたパイは中はしっとり、外はさっくりとしていて堪らない。目を閉じて味わう。


「美味しいー」

「「「美味しい」」」


三人は新たなフルーツを求めてバスケットによじ登ろうとしている。クララは慌てて、中からガラス皿を取り出し、布の上に置いた。


「サクランボ」「キウイ」「バナナ」

目を輝かせて、小さな口で食べている。

楽しそうな雰囲気に惹かれたのか、魚がちゃぷんと飛び跳ね、すぐ川に帰って行った。それを見て、皆で「あ!」と指さし合う。


楽しい!


食べ終わって、川に近づく。手に触れる水が清々しい。光が眩しい。水が煌めいている。こんな美しい光景があるなんて知らなかった。私ってホントに狭い世界で生きていたんだな…。


「クララ」「これ」「乗る」


胸ポケットに入る三人が、指さしたのは、真っ白い綿のようなフワフワした何か。一人用ベッドと同じくらいのサイズで、地面から五十センチほど浮いて、空間を漂っている。

これって。


「雲?」

「乗る」「ふわふわ」「気持ちいい」

「乗れるの?」


雲がクララの足元で止まった。まるで乗れと言っているようだ。恐る恐る片足を上げて、雲の上に置く。ずぼっと落ちる様子はない。綿の上に乗っているかのように柔らかいのに、しっかりと支えられている。不思議だ。両足で雲の上に立ち、何度か足踏みしてみる。見えないネットでもあるかのよう。


「クララ」「危ない」「寝る」

「危ない?」


言われるがまま、横になる。体が地面から浮いている。綿のハンモックに揺られ、体から全ての力が抜けた。


え!


雲がゆっくりと上がり始めた。どんどん滝に近づいていく。霧のミストが降り注いで、爽快だ。滝が落下する音の迫力が増して体に響く。手を伸ばすと、痛いくらいの水圧が触れた。


雲がさらに上昇していく。さっきまで見上げていたのに、ぐいぐいと滝が下に広がっていく。


「すごい!」


思わず声が出る。下で滝音が轟いている。水面にできた虹が間近に迫った。しゃらら、と指で撫でてみる。手の届かなかった虹が手の中で揺れた。


ついに雲が滝を超えた。


「滝の上ってこんな風になっているのね!」


木々の間を流れていた川が、崖を沿うように突如として真下へと落下していく。


「クララ」「空」「見て」

「空?」


言われるがまま、三人が指さす方に目をやる。ウルトラマリンの空がどこまでも続いている。マシュマロのような雲が膨張するように浮かび、今にも空に届きそうだ。青と白のコントラストに暫し、見惚れる。全てが大きい。


「クララ」「あっち」「見て」

「え?」


三人同時に今度は横を指さす。クララは雲から下を覗き込むように、そちらを向く。


「わあ、海!」

「綺麗」「キラキラ」「青い」

「ほんとね」


それ以上、言葉にならなかった。森の向こうに海が横たわるように拡がっている。エメラルドの海だ。光が粒となって水面に輝き、眩しい。躍動的な滝とは違い、ただ静かにそこにいる。

胸いっぱいにそのきらめきを吸い込んだ。


「あー」「楽しかった」「ねー」


雲から降り、三人がクララを見上げた。クララの瞳は煌々と輝き、頬が上気している。緩んだ口元に、三人が微笑み合う。


未だにあの湧き出るようなトキメキが胸にいる。地面に降り立っても、ふわふわと浮かんでいるような感覚が残って、ぼおっとする。


木々の隙間から燦爛たる光が射し込んだ。



帰り際、ごうごうと鳴る滝を遠くから振り返り、その大きさを見上げる。



夏の匂いがした。





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