10.二人だけのお茶会
クララはお茶会の指南書と睨めっこをしながら、アンとともにティーカップを選んでいる。「ティーセットには何より拘れ」と書かれているのだ。さすが伯爵家。ティーセットの数が多くて迷ってしまう。小花柄から奇抜なデザインのものまで、色に、形にと考え出すと中々決められない。
「やっぱりこれがいいかしら?」
ピンク色のカップを手に取り、アンに見せる。定番の小花柄で、金色の縁取りがしてあるものだ。
「そうですね。有名な窯のものですし。形状も当日お出しする茶葉の特徴に合います」
「ではこれに決定ね。絵画とお菓子は…」
アンと二人で当日の設えや、食事内容を念入りに練る。成否が家の名に関わるから、ホストとしてできる限りのおもてなしをしないと。
当日の出席者は一名のみ。大方の貴婦人には断られたが、たった一人だけ、「喜んで」と返事をくれたご令嬢がいた。
ミュリー・バステア子爵令嬢。屋敷は近いようだが、顔を合わせたことはない。
自室で一人になると、余計に悶々と悩んでしまう。
ミュリー様って、どんな方かしら?前回のマーサ伯爵夫人のお茶会にはいらっしゃらなかったわ。
「会話を盛り上げろ」と書いているけれど、何をお話すればいいの?楽団や占い師を呼んでいる方もいるけれど、二人でそれはちょっと…。でも私はピアノも歌もできないし、最新のファッションにも疎い。
ああ…。
ソファに腰かけ頭を抱えるクララの隣に、ニアがぴょーんと飛び乗って来た。そのニアの頭の上から声がする。
「クララ」「どうしたの?」「頭痛い?」
「ある意味、痛いわ」
「痛いの」「痛いの」「飛んでけー」
「…ありがとう」
眉を下げるクララを、ロロ、ミミ、ススが心配そうに見上げる。ニアは三人を頭に乗せたまま、器用にソファで丸まった。
「実はもうすぐお茶会があるの。ホストとして上手くできるか心配で。初対面の方と上手く話せるタイプじゃないから、もし退屈させてしまったらとか、バルン伯爵家の名に傷をつけてしまったらとか、考え出すと止まらなくて」
「お茶会」「楽しそう」「やりたい」
目を輝かせる三人に、クララがため息を漏らす。
「私は憂鬱なの。貴婦人たちはすごいわ。こんなことを頻繁に行っているなんて。もう不安で胸がはち切れそう」
「大丈夫」「楽しむ」「それだけ」
「楽しむ?そんな余裕ないわ。社交は失敗できないの。一度でも失敗したら噂が広まってしまう。私がご迷惑をかけるわけにはいかないわ」
代替とはいえ、ビクターに迷惑をかけるのだけは嫌だ。完璧にしないと。
クララはギュッと両手を握った。その手は血の気が引いて青白い。
ロロ、ミミ、ススがニアから降りて、クララに近づいた。クララが両手のひらを受け皿のように差し出すと、三人が乗ってくる。
落とさないよう、そっと手のひらを目の前に運んだ。
「失敗恐くない」「にっこり笑って」「リラックス」
お手本と言わんばかりに彼らは手のひらの上に座り込み、微笑んでいる。
「笑う…」
「そう」「スマイル」「大事」
「スマイル。そうね。手順ばかりに気を取られていたら駄目よね。まずはスマイル」
口の端が僅かだけ引き上がった。
「まだ」「もっと」「上げて」
「もっと?」
言われて、もう少し上げてみる。こんなものかしら?
「そう」「できた」「上手」
「変じゃないかしら?」
自分では上げて過ぎているように感じる。
「変じゃない」「自然」「可愛い」
「本当?ちょっと鏡で見て見るわ」
ベッド横の鏡に近づいて、同じ表情を作ってみる。ホントだ。変じゃないわ。口角を上げるのを止めてみる。途端に無表情になる。やだ、私ったら、こんな不機嫌そうな顔だったの?
「教えてくれてありがとう」
「僕たち」「クララ」「好き」
「え?」
「お話」「楽しい」「自信もつ」
『もし退屈させてしまったら』
あ…。
「励ましてくれているのね。ありがとう。不思議ね。何だかできそうなきになってきたわ」
「できる」「嬉しい」「お友達」
「お友達、か」
今まで友達らしい友達がいない。と俯きかけたところ、ロロ、ミミ、ススと目があった。
目いっぱいの笑顔を向けられ、くららも同じように返す。ニアが「にーあ」とソファで鳴いた。
何考えているの!私にだって、いるじゃない、大切なお友達が!
ミュリー様ともお友達になれたらいいな。
三人と一匹のおかげで、信じられないことに、お茶会の前日もすぐに眠りにつくことができた。
「バステア子爵家のミュリーと申します。本日はお招きありがとうございます」
ミュリーは丁寧にメイドに名乗った。少しガサついた声はお世辞にも美声とは言い難いが、ハキハキしていて小気味よい。真っ白い肌に、ヘーゼル色の三白眼が印象的。レモン色の柔らかそうな髪をハーフアップにして、大きなリボンを付けている。
「ようこそ、ミュリー様。クララ・バルンと申します」
練習通りに口角を上げて出迎えることができた。ミュリーも固いながらも微笑み返してくれる。
どうやら、ミュリーも人付き合いの得意なタイプではないらしい。
丸テーブルへと案内し、紅茶を淹れる。残念ながらモリード社のものではないけれど、万人受けする飲みやすい茶葉だ。注いだ途端に、湯気とともに香りが立ち上る。
「どうぞ。お口に合えばいいのですが」
「ありがとうございます」
お菓子は、フルーツケーキ、マカロン、チョコレート、蜂蜜掛けナッツ、プリン。どてもパティシエ渾身のデザートで、見た目にも美しい。サンドイッチなどの軽食も用意した。
「遠慮なく召し上がってくださいね」
「食べるのが勿体ないですね」
ミュリーはフルーツケーキを選んだ。アプリコットたっぷりのフルーツケーキは、ラム酒風味の大人味だ。
「美味しい!私、ドライフルーツ大好きなんです」
「私も好きです!喜んでいただけて良かった」
やっぱり美味しい食事は話が弾む。おかげで少し和んだ。紅茶、お菓子、ドレスと話が移ったところで、ミュリーから芳香が漂っていることに気づく。香水より、もっと自然なその香りは。
「ミュリー様、とても良い香りがしますね。サシェですか?」
「ええ、そうなんです。私、香水が苦手で」
ミュリーはドレスのポケットを探る。出てきたのは親指と人差し指で持てるサイズの白い小袋だ。プレゼントのように上部をリボンで結んである。
リボンを解くと、中に乾燥したラベンダーがたっぷりと詰め込まれていた。涼し気でもあり、華やかさもある独特の香りが広がる。
「とても良い香り。それに」
と、クララの目が小袋に釘付けになる。紫と緑の糸でラベンダーの刺繍がしてあるのだ。その細かいこと!ピンクのリボンと相まって、見ているだけでワクワクする可愛さがある。
「そのサシェ!すっごく可愛いですね!刺繍はお手製ですか?」
興奮するクララの言葉に、シーンと場が静まり返った。ミュリーは目を見開いている。
しまった!私ったら…。貴族のご令嬢がお手製の刺繍なわけないじゃない!
『針を手に持つなんて、貴族の令嬢ならまずできないわ。私ならきっと惨めで泣いてしまう』エルザの言う通り、普通の令嬢はこういう感覚なのだ。当たり前に針を持っていたのは私くらい。
「あ、あのミュリー様。今のはその、侍女のという…」
「クララ様!このことはどうか、ご内密に!」
クララの言葉に被さるようにミュリーが叫んだ。令嬢とは思えぬ声量に、びくりと体が震える。が、それはミュリーも同じだった。顔を下に向けたまま、握りしめた手が少し震えている。
え、それって…。
「ミュリー様、少しお待ちいただけますか!」
クララは勢いよく立ち上がり、唖然とするミュリーを置いて、自室へと向かう。急いで戻り、テーブルの上に、サシェ、ハンカチ、ドレス、小物入れを並べた。
「お待たせしました」
「これは?」
「お恥ずかしいのですが、全て私が刺繍したものです」
「え?」
ミュリーが眉を思い切りあげた。数秒、口を開けたまま固まる。
「このことはどうかご内密に」
悪戯っぽくクララが言うと、ミュリーはクララの作品に目を移した。ドレスを手に取って刺繍をじっくりと眺めている。クリーム色のドレスの裾に、花畑のようなピンクの刺繍があしらわれている。胸の部分も華やかで、袖口まで抜かりない。
「すごい!こんな大作、見たことない!」
「大袈裟です」
苦笑するクララの言葉は届いていないのか、次はハンカチを手にしている。四方に入った黄色いミモザの刺繍が繊細で、見入ってしまう。
「この刺繍はどこかにお手本が?」
「いいえ。全て私が考えたものです」
「信じられないわ!貴族の令嬢が作ったものだなんて誰に言っても信じてもらえないレベル!買ってきたものだろうと失笑されてしまうわ!それくらいの実力をお持ちよ!」
クワッと目を見開いてクララを見据えるミュリーに圧倒されてしまう。先程とは別人だ。
「大したものでは…」
「何を言うの!私は刺繍マニアで今まで数々の商店を巡り歩いてきたのよ!その私が言うのだから間違いないわ!」
「あ、ありがとうございます」
嬉しい気持ちより、目の前のミュリーの変わりように戸惑う気持ちの方が大きい。先程まで猫を被っていらっしゃったのね。
「クララ様!私と刺繍友達になってくださらない?」
ミュリーがクララの手を握り、光がたっぷり入った瞳を向けてくる。頬が高揚し、ピンク色だ。
友達?
ミュリーの光が伝染したように、胸が温かくなった。
「喜んで!」
クララに初めて同年代の友達ができた。




