絶望の夜
終電間際の駅前は、まだクリスマスの余韻でざわついていた。
イルミネーションの灯りに照らされるカップルたちの笑い声が、澪の耳にはやけに鮮やかに響く。
スマートフォンの画面には、たった一行の文字が残されていた。
「ごめん。別れよう」
画面を閉じても、まぶたの裏にその文字が焼きついて離れない。
12年間。
積み重ねてきた時間が、たった一行で打ち砕かれるなんて。
彼。いいや。もう元彼になるのか、中川亮とは大学時代からの付き合いだった。同じ学科で親友の結花とその結花の彼、間宮とは仲の良いグループ交際をしていた。
結花達は卒業後すぐ別れてしまったこともあり私たちは大学時代の同期からもゴールイン間近だと噂されていた。
スマホの振動を感じ急いで画面を見る。
久しぶりに届いた間宮からのLINE。
「亮と結花、付き合ってるらしいよ」
「……ははっ」
笑い声とも嗚咽ともつかない息が漏れた。
仕事を終え、終電に間に合うよう急いだのは何のためだったのだろう。
会う約束をしていたはずの彼は、今誰と会ってるのだろうか。
忙しい私が悪いの? それとも、私との関係なんてその程度だったの?
駅の電光掲示板が点滅する。
《最終》の文字が、容赦なく時を告げる。
けれど澪の足は動かない。
冷たい夜風が、素足に近いストッキング越しに突き刺さる。指先はかじかみ、震えてスマホを落としそうになる。
追い打ちのように通知が鳴った。次はクライアントからのメールだ。
「全修正でお願いします。明日午前中に再提出を。もしくは担当を前の浜川様にお願いできますか?」
澪の胸の奥で、何かが音を立てて崩れる。
──漫画みたいな展開。
けれどこれは笑えない。誰も救ってはくれない。
涙はまだ出ない。ただ、頭の中が空っぽで、身体だけが寒さに震えている。
駅のシャッターが降りる音が響いた。ガラガラと鉄の塊が閉じるその音に、今日という日が本当に終わったと突きつけられる。
澪は歩き出すこともできず、ただ街の中に立ち尽くしていた。