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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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閑話 二人だけの『補習』

はじめて閑話を入れてみました!恋愛要素は今まで入れなかったので、ちょっと新鮮な気持ちです(笑)

『チーム・アヴァロン』の面々が、明日の旅立ちに備え、早々に宿舎へ引き上げた、その夜。アルフォンスは一人、いまだ興奮冷めやらぬ心臓を必死に抑えつけながら、王立劇団『暁』の劇場へと続く夜道を、歩いていた。


(……二人きりで、みっちりと)


オリヴィエが最後に囁いた、あの悪魔のように甘美な言葉。その言葉の意味を反芻はんすうするたびに、彼の生真面目な顔は、夜の闇の中でも分かるほど、真っ赤に染まっていた。


彼は、生まれて初めての『恋』という名の熱病に、完全に浮かされていたのだ。


やがて、月明かりに照らされた、壮麗な王立劇場の前にたどり着く。昼間の喧騒は嘘のように静まり返り、巨大な建物が、まるで眠れる巨人のように、静かに佇んでいた。


裏口で待っていたのは、オリヴィエの側近である年配の女性劇団員だった。彼女は、アルフォンスを一瞥いちべつすると、何も言わずに彼を劇場の奥へと導いた。


通されたのは、座長であるオリヴィエの個人稽古場だった。壁一面の鏡、無数の小道具、そして、部屋中に満ちた、彼女の残り香。


その空間に、アルフォンスは再び緊張で喉を鳴らした。


「……遅いじゃありませんか、座長殿」


部屋の奥、月明かりが差し込む窓辺に、彼女は立っていた。


稽古着の厳しさも、舞台衣装の華やかさもない。上質な、しかしシンプルな室内着ローブをゆったりと羽織った、いつもより無防備な姿。


その、昼間とは全く違う、一人の女性としての美しさに、アルフォンスは言葉を失った。


「……わたくしの顔に、何か付いています?」


オリヴィエが、不思議そうに小首を傾げる。


「あ、い、いえ! その、あまりにも、お美しくて……!」


アルフォンスは、慌てて、マナー講習で学んだ完璧なお辞儀をした。


「……ふん。あなたも、結局は他の男たちと同じですのね」


オリヴィエは、急に興味を失ったように、ふいと顔をそむけた。その声には、氷のような冷たさが宿っている。


「わたくしの、見た目だけがご所望、と」


「ち、違います!」


アルフォンスは、思わず叫んでいた。


「わ、私は、あなたの、その……芸術への、その、あまりにも真摯な『情熱』に、心を打たれたのであります!」


「……情熱?」


「は、はい! あの夜、劇場で拝見した、あなたの稽古! あれは、もはや演技ではなかった!や、 役の魂そのものが、あなたの体に憑依したかのような、完璧な『再現』でした! あの時の、あなたの瞳に宿っていた絶望の深さ、声の震え、そして、そこから立ち上がる一瞬の希望の輝き! あの感情のグラデーションは、まさに論理の極致! わ、私は、あの完璧な『芸術』を、この世に生み出した、あなたのその知性こそを、尊敬しているのです!」


アルフォンスは、一気にそこまでまくし立てると、はっ、と我に返った。懐には、昨日、彼女に渡そうとして、結局渡せなかった、あの分厚い「デート企画書」が、まだ入っている。


(し、しまった! また、俺は、論理的な話を……!)


しかし、オリヴィエの反応は、彼の予想とは全く違っていた。彼女は、驚きに目を見開いたまま、呆然と、アルフォンスを見つめていた。


「……あなた」


オリヴィエは、震える声で呟いた。


「……今、わたくしの『知性』と、言いましたの?」


「え……? あ、は、はい。その、あなたの芝居は、感情的でありながら、その実、完璧なまでに論理的で、計算され尽くされていると、私は、分析し……」


「……あはっ」


オリヴィエの喉から、乾いた笑いが漏れた。


「……あはははは! 論理的!? この、わたくしが!?」


彼女は、再び、あの夜のように、腹を抱えて笑い出した。だが、その笑いは、すぐに、嗚咽おえつに変わった。


彼女の美しい瞳から、大粒の涙が、後から後から溢れ出してきたのだ。


「お、オリヴィエ殿!? わ、私は、何か、失礼なことを……!」


顔を青くしながらあたふたと狼狽するアルフォンスに、オリヴィエは、涙を拭おうともせず、首を横に振った。


「……いいえ。……いいえ、違うの。……嬉しかっただけ」


彼女は、初めて、彼に本当の素顔を見せた。


「……わたくしは、平民の生まれですわ。ただ、芝居が好きだという、それだけで、先王陛下にその才能を見出され、この若さで王立劇団の座長という、身に余る地位をいただいた」


その瞳には、深い、深い孤独の色が浮かんでいた。


「そんなわたくしを……周りの貴族たちはどう見ているか、知っていますか?『王の愛人』『平民の成り上がり』……。誰も、わたくしの芝居そのものなんて、見ていない。彼らが欲しがるのは、わたくしの、この『見た目』と、『王との繋がり』だけ」


すり寄ってくる男たちは、下心か、あるいは侮蔑のどちらかしか、その目に宿していなかった。だから、彼女は戦ってきた。誰にも侮られないよう、完璧な演技と、氷の仮面で、自らの心を武装し続けてきたのだ。


「……わたくしの芝居を、『論理的』だなんて言った男は、あなたが、初めてよ」


オリヴィエは、泣き笑いのような顔で、アルフォンスを見つめた。


アルフォンスは、何も言えなかった。ただ、目の前の女性が、自分とは全く違う世界で、たった一人で戦い続けてきたことを、痛いほどに感じていた。


「……シュン・ヒナタは、言いましたわ。わたくしの芝居は『感情』で、あなたたちの芝居は『論理』だと。……でも、本当は、違うのかもしれませんわね」


オリヴィエは、そっと、アルフォンスの胸に、手を当てた。


「あなたの中にも、わたくしと同じ、熱い、熱い『炎』が燃えている。……わたくし、それに、気づいてしまったようですわ」


その、あまりに直接的な言葉と、触れた手の熱さに、アルフォンスの思考は、完全に停止した。彼のエリート文官としての全ての論理は、この瞬間、完全に役に立たなくなった。


「……さて」


オリヴィエは、悪戯っぽく微笑むと、彼の手から、あの上着をひったくった。


「『補習』の、時間ですわよね? ……アルフォンス」


彼女は、初めて、彼の名を、呼んだ。


「……わたくしの『感情』と、あなたの『論理』。どちらが、今夜、相手を『攻略』できるか……。試してみても、よろしくて?」


その夜、二人が何を語り合ったのか、それは、二人だけの秘密だ。


翌朝。王都の城門を、一台の、何の変哲もない荷馬車が、ゆっくりと出発していった。『旅芸人一座・ノクチルカ』の、南の穀倉地帯への、旅立ちだった。


座長であるアルフォンスの顔は、少し寝不足なのか、どこか上の空だったが、その目には、昨日までとは比べ物にならないほどの、力強い決意の光が宿っていた。


その荷馬車を、王城の塔の上からオリヴィエが一人、静かに見送っていたことには、誰も気づいていなかった。

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