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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第15話 北の鉱山都市の改善計画

翌朝、アイゼンブルクの空は、昨日と同じ鉛色の雲に覆われていた。視察団のリーダー、アルフォンスは、重い足取りで鉱山ギルドの本部へと向かっていた。その懐には、俊から託された、国王陛下の印章が押された『取引提案書』が、確かな重みを持って収められている。


(……本当に、うまくいくのだろうか)


彼の心は、期待と、それ以上の不安で揺れていた。相手は、リヒター男爵の支配下で、長年この街の富を搾取してきた張本人、ギルド長のゲルハルトだ。老獪ろうかいな彼が、こんな甘い話にやすやすと乗るとは、到底思えなかった。


ギルド本部の、重厚な扉を開ける。昨日と同じ、薄暗く、活気のないホール。そして、その奥の執務室で、ゲルハルトは眉間に深い皺を刻み、不機嫌そうな顔でアルフォンスを待っていた。


「……何の用ですかな、王都のお役人様。税率の話なら、昨日終わったはずだが」


「本日は、税の話ではございません」


アルフォンスは、努めて冷静に、そして堂々とした態度で切り出した。


「国王陛下からの、ささやかな『取引の提案』を、お持ちいたしました」


その言葉に、ゲルハルトの眉がぴくりと動く。アルフォンスは、懐から羊皮紙を取り出すと、俊に言われた通りの言葉を、一言一句、正確に紡ぎ始めた。


「まず、『我々は、国王陛下の権限において、王宮で消費する最高品質の魔石を、貴ギルドから直接買い付けたい。価格は、現在の買い取り価格の、三倍を提示する』」


「……さんばい、だと?」


ゲルハルトの目が、初めて鋭く光った。


アルフォンスは、畳み掛ける。


「これは、国王が自らの城で使う品を調達する、正当な王権の行使です。いかにリヒター男爵といえど、これに表立って反対することは、国王への反逆とみなされます」


ゲルハルトは、黙り込んだ。その頭の中で、凄まじい速度で計算が始まっているのが、アルフォンスにも見て取れた。


三倍の利益。そして、領主である男爵ですら逆らえない、国王という『大義名分』。


「……だが、男爵様が、黙ってはおられんだろう」


ゲルハルトが、絞り出すように言った。


「ええ。ですので」


アルフォンスは、俊から教わった、最後の一手を放った。


「そのような場合は、『我々の調査の結果、この街の魔石が不当に買い叩かれているという事実が判明した。国王陛下は、リヒター男爵が領地の経営に苦心されていることを、深く憂慮されている。故に、王家が直接、正当な価格で買い取ることで、男爵の領地経営を支援したいと考えている』と、男爵様にお伝えください。」


その言葉に、ゲルハルトは息を呑んだ。あまりに完璧な、逃げ道のない論理だった。


もしリヒター男爵がこの国王の『慈悲』を無にすれば、それは自らが領民を搾取する欲深い領主だと、王都中に認めることに等しい。ゲルハルトの顔から、急速に血の気が引いていくのが分かった。


「そして、陛下はこうもおっしゃられています」


アルフォンスは、ダメ押しの一言を付け加えた。


「『この取引によって生まれる利益の半分は、ギルドの運営資金として寄付させていただく。残りの半分で、鉱夫たちの給金を上げるなり、鍛冶屋たちに新しい鉄を供給するなり、使い道は全て、ギルド長、あなたにお任せする』と」


究極の、選択だった。ゲルハルトは、しばらくの間、固く目を閉じていた。その頭の中では、凄まじい速度で利益が算段されているのだろう。


やがて、彼はゆっくりと目を開けると、疲れたような、しかしどこか吹っ切れたような声で、言った。


「……考えさせて、いただきたい。これは、私一人で決められることではない。ギルドの、幹部たちとも相談する必要がある。……三日、いや、二日だけ、時間をいただけませんか」


その答えは、俊が完全に予測していた通りのものだった。宿屋に戻ったアルフォンスからの報告を聞いた俊は、静かに頷いた。


「ありがとう、アルフォンス。しっかりと役割を全うしてくれたな」


「しかし、シュン殿、彼はまだ『やるとは言っていない』。もし、彼がこの話をリヒター男爵に密告したら……」


アルフォンスの不安も、もっともだった。


「ああ、その可能性も五分五分といったところだろうな」


俊は、落ち着き払った声で言った。


「だから、俺たちは、彼が正しい選択をせざるを得ないよう、最後の一押しをしてやるのさ」


俊は、窓の外、活気のない街並みを見つめた。


「アルフォンス。君たち視察団は、明日、予定通り王都へ帰還する」


「なっ……!? ギルド長からの返事を待たずに、ですか!? 約束の二日間を、破ることになりますぞ!」


「約束は破らない」俊は静かに首を横に振った。「明日、出発の前に、ギルド長には君から伝言を残すんだ。『急な王命により、我々はこれにて王都へ帰還する。ギルド長からの良きお返事は、王都にてお待ちしている』とな。これで、約束を破ったことにはならない。むしろ、交渉の主導権は、完全にこちらが握ることになる」


俊は、にやりと笑った。


その顔は、もはやただの書記官ではない。全てを見通す、影の軍師の顔だった。


「いいか、アルフォンス。王都に戻ったら、君はすぐに、この『取引提案書』の写しを、商業ギルドの公的な掲示板に、それとなく掲示させるんだ。『アイゼンブルクのギルドが、国王陛下からのこのような名誉な提案を、現在検討中である』とな」


アルフォンスは黙って続きに耳を傾けた。


「その噂は、瞬く間に王都中の商人たちの間に広まるだろう。そして、必ず、宰相派の耳にも入る。そうなれば、ギルド長のゲルハルトは、もう後戻りはできなくなる。我々の提案を断ることは、国王だけでなく、この街の全ての鉱夫と鍛冶屋を、そして何より、自分自身の莫大な利益を、敵に回すことを意味するのだからな」


それは、完璧な、二手先の詰みの一手だった。俊は、すでに賭けに勝っていたのだ。


「……シュン殿。あなたは、本当に……」


アルフォンスは、目の前の男の底知れない知略に、もはや言葉が出なかった。


「俺は、ただの経営アドバイザーですよ」


俊は、そう言って、静かに笑った。


「もともと、人が動くように仕向けるのが仕事なんでね」


国家再生の、最初の戦場。その勝敗は、まだ誰の目にも見えない。


しかし、俊が仕掛けた小さな波紋は、確実に、この停滞した王国を、根底から揺らがし始めていた。

執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!感想や評価もいただけると嬉しいです。

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