第3話 コンサル稼業、始動。最初のクライアントは“氷の店”
「俊さんって……その、えっと、報酬は……?」
アランが少し申し訳なさそうに口を開いた。そういえば、まだ話していなかった。
「そうだったな。悪い、まず話すべきことだったのに……」
俺はアランの前に腰を下ろすと、指を立てて言った。
「俺からの報酬は、売上の一割でいい。上がった分の一割。上がらなければ、払わなくていい」
「一割……そんなに少なくていいんですか?」
「その分、自信があるってことさ」
アランは目を見開いていたが、すぐにぎこちなく笑った。
「じゃあ……お願いします」
「おう、頼まれた」
***
ガラス工房は、王都の南側に位置する職人通りの一角にあった。
アランの案内で路地を進んでいくと、やがて陽光を受けてきらりと輝く看板が見えてくる。扉を開けると、ガラス細工が並ぶ棚と、鋳造や切削のための作業台が視界に入った。工房の奥には、炉が赤く灯っている。
対応してくれたのは、頬に煤の跡がついた中年の男だった。アランと顔見知りらしく、すぐに打ち解けた雰囲気になる。
「氷を並べて甘味を売るための、透明な箱を作りたいんです。中が見えるようにして、並べた商品を外から選べるようにしたくて」
俺がそう説明すると、男は「面白い注文だな」と目を細めた。
氷を扱う前提で、ある程度の冷気に耐えられるよう厚みをもたせ、木製の台座にはめ込む構造を提案してくれた。価格も想定の範囲内だ。
「じゃあ、それでお願いします」
「おう。仕上がったら知らせるよ。三日ほど見といてくれ」
「助かります」
ガラス工房での依頼を終え、俺とアランはその足で商業ギルドへと向かった。
アランの案内で着いたのは、王都の商業地区の一角にある、大きな石造りの建物だった。重厚な扉を押して中に入ると、帳簿や巻物を手にした職員たちが行き交い、空気には数字と計画が飛び交っていた。
「すごいな……まさにギルドって感じだな」
「え? あ、はい……。ここで、売り子募集の張り紙をお願いすることができます」
カウンターに並び、簡単な説明を済ませて申請用紙に記入する。募集内容は「氷を使った新しい菓子の販売員」。
勤務時間は昼の八つ刻から夕方まで、日給は大銀貨七枚。未経験でも可。接客が好きな人歓迎――といった文言でまとめた。
「日給が大銀貨七枚って、ちょっと高くないですか?」
「最初の数日は人通りの多い通りに立つ予定だし、慣れていない人がやるには少し大変かもしれないからな。待遇を良くして、いい人に来てもらおう」
アランは納得したように頷いた。
掲示はその日のうちに行われ、翌日には三人の応募があった。いずれも若い女性で、年齢は十六から十八といったところだ。
そして翌日、氷工房の店内を少し片づけて、簡易的な面接スペースを設けた。俺とアランの二人で、三人と順に話をする。
一人目は明るく快活な子で、声も大きく、印象は良かった。ただ、その受け答えはどこか教科書通りというか、型にはまった感じがあった。
二人目は接客経験があるというだけあって、笑顔の作り方や敬語の使い方が自然だった。ただ、どこか接客用の作り物感が感じられた。
最後に現れた三人目は、小柄で、おどおどとした様子の女の子だった。緊張のせいかうまく目が合わせられず、声も小さい。
次に、売り込み力を計るための課題を出すことにした。
「では、このコップを手に取って、俺に“欲しい”と思わせてみてくれないか?」
即興の課題に、前の二人は無難に「形が可愛いです」「手になじみます」「飲み物が美味しく感じられそうです」などのコメントを口にしていた。
三人目の少女は、一瞬戸惑ったあと、ぎゅっとコップを握りしめた。
「……あの……朝、これで冷たい水を飲んだら、今日一日、頑張れる気がする……気がします。だから……」
言葉に詰まりながらも、彼女は絞り出すようにそう続けた。
アランは少し驚いた顔をして俺を見た。
「三人目の子……大丈夫ですか? なんだか頼りなさそうで……」
「いや、あの子が一番“伝えて”いたよ。言葉は拙くても、自分の感じたことを伝えようとしてた。商品の価値って、そういうところに宿るもんなんだ」
アランはしばらく黙ってから、小さく頷いた。
「……わかりました。あの子にお願いしましょう」
こうして、氷工房の新しい売り子が決まった。
それから数日間、準備のためにやることは山積みだった。
まずは、面接で採用が決まった少女――ニコラに正式な挨拶をしてもらった。
十八歳で、茶色の髪をふたつに結んだおさげが印象的な女の子だ。控えめで、おどおどした様子が目立つが、礼儀正しく、話を聞く姿勢はとても真面目だった。
「今までこの性格のせいで、なかなか仕事が決まらなくて……でも、今回は絶対に頑張りたいんです……!」
少し震える声でそう語るニコラに、アランは心配そうな視線を送っていたが、俺は「大丈夫。接客は慣れの部分が大きい」と励まし、その場を締めくくった。
ショーケースができあがるまでのあいだ、店舗を簡単に改装することにした。
作業スペースを店の奥に集約し、手前に客が入れるスペースを確保。壁にアイスのイラストを描き入れた看板を設置し、さらに店頭には立て看板も用意した。
絵が上手なアランが描いたイラストには、丸く盛られた白い冷たい菓子とスプーンが描かれている。見る人によってはパンのようにも見えるかもしれないが、少なくとも「甘味の何か」であることは伝わるだろう。
ただ、この世界では見慣れない菓子である以上、いきなり売るのは難しい。
そこで、コルネ亭のときと同様、「試食」の仕組みを導入することにした。
「入ってきたお客さんに、一口分をスプーンですくって食べてもらうんだ。こうやって、すくって渡すだけでいい」
そう言って俺が実演してみせると、ニコラはこくこくとうなずきながら真剣な表情で練習を繰り返した。すくう手がふるえていたのはご愛敬だ。
数日後、ガラス工房から連絡が届いた。
「割れてしまっては困るので」とのことで、職人自らがショーケースを店まで運び込んでくれた。
運び込まれたショーケースは、透明なガラスでできた美しい品だった。滑らかな表面にはゆがみがなく、反対側に立つ人の姿までくっきりと映る。
「……すごい」
アランが思わずつぶやく。
「これで完成だな」
ここに冷やしたアイスを並べ、客が外から見えるように配置する。
そして、迎えた初日。
俺が店に入ると、開店準備を終えたアランとニコラが立っていた。アランは多少緊張している様子だったが、ニコラはそれ以上に硬直していた。
「おはよう、ニコラ」
声をかけると、ビクリと肩を震わせて、こわばった笑顔を返してきた。
「だ、大丈夫……です……!」
そう言っているものの、完全に顔が引きつっている。
客の気配が店の前にちらつくたび、彼女の手がそわそわと動き出す。
案の定、最初の客が入ってきたとき、ニコラは完全に固まってしまった。声も出ず、スプーンを持った手が止まる。
「……よし、俺がいくよ」
俺がすぐにカウンターに立ち、客に向かって声をかける。
「こんにちは。こちら、“冷たい甘味”なんです。一口試してみてください」
そう言って、小さなスプーンにひと口分すくって渡した。客は「冷たい甘味?」と不思議そうにしながらも受け取り、そっと口に運ぶ。
「えっ!? すごく冷たくて……口の中でなくなっちゃった!」
目を丸くしてそう言った客に、俺はすかさず説明を続ける。
「でしょ? これ、氷屋だからこそ作れる特別な甘味なんです。しっかり冷やさないと作れないから、他の店じゃ真似できません。暑い季節にはぴったりですよ!ひとつ、200リルですので、是非!」
客は「へえ、すごい……じゃあ、ひとつもらおうかな」と笑って、銀貨2枚を差し出した。
「ありがとうございます!」
代金を受け取り、俺は商品を手渡す。その様子を見ていたニコラが、顔を真っ赤にして頭を下げてきた。
「す、すみません……!」
「大丈夫、大丈夫。誰だって最初は緊張する。焦らず、少しずつ慣れていこうな」
俺が肩を軽く叩くと、ニコラは小さく頷いて「はいっ」と返した。
販売初日は、まだ始まったばかりだった。
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