第14話 影の軍師
アヴァロンという国家の、初めての『解剖図』が完成した、その翌日。王城の麓に佇む屋敷の書斎は、夜が明ける前から、静かな、しかし確かな熱気に包まれていた。
俊が率いる五人の若き文官たち…『チーム・アヴァロン』と名付けられた彼らは、壁一面に貼られたグラフと報告書を前に、最終的な戦略を練り上げていた。
この数か月、彼らはもはや俊の指示を待つだけの手足ではない。自らの頭で考え、この国の未来を憂い、そして俊という異質な知性から、貪欲に全てを吸収しようとしていた。
やがて、朝日が書斎に差し込み始めた頃、お忍びでライオネルが、セバスチャンだけを伴って姿を現した。その顔には、期待と、そしてそれ以上の、これから下されるであろう診断への、緊張の色が浮かんでいる。
「……できたのか、シュン」
「ああ」
俊は、静かに頷くと、書斎の中央に置かれた巨大なテーブルへと、王を導いた。 テーブルの上には、一枚の、これまでにないほど巨大な羊皮紙が広げられている。
それは、この国の未来を描き出す、『国家再生の設計図』だった。
「まず、結論から言うぞ」
俊は、ライオネルの目をまっすぐに見つめた。
「あんたが最初に言っていた通り、この国が生き残る道は、やはり一つしかない。段階的な、『開国』だ」
その言葉は、ライオネルが抱いていた漠然とした理想が、俊の冷徹な分析によって、揺るぎない「正解」であると裏付けられた瞬間だった。ライオネルは、ごくりと喉を鳴らすと、決意を新たにその先を促した。
「だが」と俊は続けた。「ただ港を開くだけでは、この国はあっという間に、他国の草刈り場と化すだろう。俺たちがやるべきは、この国が持つ『宝』の価値を最大限に高め、世界と対等に、いや、世界を相手に『勝つ』ための、戦略的な開国だ」
俊は、設計図に描かれた、四つの段階を指し示した。
■第一段階:国内の腐敗一掃
「まず、開国の前に、この国に巣食う膿を、完全に出し切る。北の鉱山都市の不当な税率、南の穀倉地帯の代官による不正徴収……これらを放置したまま開国すれば、その利益は国民ではなく、腐敗した者たちの懐に入るだけだ」
■第二段階:試験的輸出
「次に、本格的な開国の前に、一つの商品、一つの国に絞って、極秘裏に試験的な輸出を行う。例えば、『醤』。これを、ヴェリディア王国ではない、中立的な小国に輸出し、その本当の価値…つまり、世界市場での適正価格と、需要の大きさを、具体的な『数字』として把握する」
■第三段階:重臣たちへの最終通告
「そして、その圧倒的な『数字』という事実を武器に、重臣たちに最終通告を突きつける。感情論や伝統論ではない。開国が、この国にどれほどの富をもたらすのかを、誰にも否定できない形で証明するんだ」
■第四段階:段階的な開国
「最後に、魔石、醤、そして伝統工芸品と、輸出する品目を段階的に増やし、この国の経済を、慎重に、しかし確実に、世界へと繋げていく」
それは、あまりに完璧で、非の打ち所のない、壮大なシナリオだった。ライオネルは、その緻密な設計図に、ただただ圧倒されていた。
「……これなら、あの石頭どもを、説得できるかもしれん……!」
ライオネルの目に、初めて確かな希望の光が宿った。
しかし、その時だった。
「……恐れながら、シュン殿」
それまで黙って話を聞いていた、文官チームのリーダーである、アルフォンスという名の青年が、静かに、しかしはっきりとした口調で言った。
「その設計図には、一つだけ、致命的な欠陥がございます」
「……何?」
俊の眉が、ぴくりと動いた。
「第一段階の、『国内の腐敗一掃』。シュン殿は、それを前提として話を進めておられますが、それこそが、この国で最も困難な事業なのです」
アルフォンスは、ライオネルの顔を、覚悟を促すように見つめた。
「陛下。北の鉱山ギルドも、南の代官も、その背後には、彼らを庇護する中央の有力な貴族がおります。そして、その貴族たちは皆、先王の時代から国政を牛耳る、宰相閣下の一派……。彼らにとって、地方での不正は、自らの権力と富を維持するための、重要な資金源なのです」
その言葉は、この国の、もう一つの残酷な真実を暴き出していた。俊が『課題』として可視化したものは、単なる経済問題ではない。
若き王ライオネルと、旧体制の象徴である宰相派との、血を血で洗う『権力闘争』そのものだったのだ。
「彼らを、法で裁こうとすれば、必ずや『若き王の暴走』だと、他の貴族たちを抱き込んで、陛下を失脚させようと動くでしょう。最悪の場合、内乱にさえ発展しかねません。……シュン殿の設計図は、いわば『王に、絶対的な権力があれば』という、机上の空論なのです」
その、あまりに的確な指摘に、書斎は重い沈黙に包まれた。ライオネルは、悔しさに顔を歪め、唇を噛み締める。
俊もまた、初めて、この国の問題の、本当の根深さを思い知らされていた。
(……そうか。俺の分析は、まだ甘かった。これは、ただの経営再建じゃない。この国の土台にはびこる腐った根っこから、新たに植え替え直すようなものなんだ……)
マーケターとしての論理だけでは、越えられない壁。だが、その高い壁を前に、俊の瞳は、絶望するどころか、むしろ、さらに冷徹な輝きを増していた。
「……なるほどな。面白い」
俊は、初めて不敵な笑みを浮かべた。
「つまり、今の陛下には、その素晴らしい理想を実現するための、『力』が足りない、ということか」
俊は、設計図の上に、一枚の新しい羊皮紙を置いた。そして、そこに、たった一言、こう書き記した。
【第零段階:宰相派以外の貴族を、味方につける】
「貴族を、だと……? なぜだ、シュン。俺たちが戦うべき相手は、宰相どもだろう」
ライオネルが、戸惑いの声を上げる。
「ああ。だが、今の陛下には宰相派と正面から戦うための、直接的な『力』が足りない。アルフォンス殿の言う通りだ。だから俺たちは、全く別の種類の『力』を手に入れる必要がある。宰相派に属さない、大小様々な貴族たちの支持だ」
俊は、静かに首を横に振った。
「宰相派の力の源泉は、長年かけて築き上げた、貴族社会での権力と富だ。その土俵で戦っても、勝ち目はない。だが、その土俵そのものを、ひっくり返してしまえばどうなる?」
「ひっくり返す……?」
「そうだ。この国の力の源泉は、王都だけじゃない。この国に富をもたらしている、全ての地方領土と、そこに住む民だ。もし、宰相派に属さない、中立的な立場の中小貴族たちが、陛下と手を組むことで、自分たちの領地がこれまでにないほど豊かになると知ったら、どうなる?」
その、あまりに壮大な、しかし揺るぎない論理。ライオネルは、ごくりと喉を鳴らした。
「……彼らは、こぞって宰相ではなく、俺に忠誠を誓うだろう」
「その通りだ。税収も、人材も、そして領地の兵力も、全てが宰相派から陛下の下へと流れてくる。それこそが、どんな騎士団よりも強い、最強の『力』になるんだ」
「……だが、それが言うほど簡単なら、誰も苦労はしない。どうやって、貴族たちの心を掴むって言うんだ?」
「言葉じゃない。『結果』で示すんだ」
俊は、書斎の壁に貼られた『国家の解剖図』の一点を指さした。それは、職人が減り続け、最も衰退が著しい、あの北の鉱山都市だった。
「最初の戦場は、ここだ。俺と、このチームの全員で、この死にかけた街を、王都の誰もが羨む、豊かな街へと蘇らせてみせる。宰相にも、誰にも気づかれずに、だ。そして、その成功を皮切りに、一つ、また一つと、国中に『王の領地』を増やしていく」
それは、あまりにも壮大な革命のシナリオだった。 腐敗した貴族たちと正面から戦うのではない。彼らの足元で、新しい経済圏という、もう一つの王国を、静かに、しかし確実に、作り上げていく。
「領地が豊かになれば、民衆は領主を称え、領主は陛下に忠誠を誓う。俺たちが作る『軍隊』とは、陛下を熱狂的に支持する、貴族たちの連合そのものだ。その力が、宰相派を上回った時……その時こそが、本当の意味で、この国が変わる時なんですよ」
その、あまりに悪魔的で、しかし何よりも希望に満ちたシナリオに、ライオネルも、若き文官たちも、ただただ圧倒されていた。
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