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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第14話 影の軍師

若き王ライオネルとの密約から、数日が過ぎた。俊とティアは、王城の麓に用意された屋敷で、新しい生活を始めていた。


表向き、彼らは「ライオネル王が、その類稀なる才覚を噂で聞きつけ、地方から特別にスカウトした政策補佐官の兄妹」ということになっている。


その主な任務は、「国の未来の政策を決定するため、過去から現在に至るまでの、あらゆる産業の記録を整理し、分析すること」。この大義名分のおかげで、俊は誰にも怪しまれることなく、王宮の書庫に眠る、国家の最重要機密情報にアクセスする権利を得ていた。


その日も、俊は書庫の奥深く、埃と古い羊皮紙の匂いに満たた一室で、山と積まれた文献と格闘していた。ティアは、そんな彼の隣で、膨大な資料の中から、必要な情報を抜き出す作業を黙々と手伝っている。


「……ダメだ。埒が明かない」


ついに、俊はペンを置き、大きくため息をついた。


「どうしたの、俊さん?」


「情報の量は、十分すぎるほどある。だが、この国の人間は、あまりにも数字の扱いが下手すぎる。全ての記録が、ただの文章で、羅列されているだけだ。これでは、国全体の金の流れや、産業ごとの生産量の推移を正確に把握するのに、何年かかるか分からない」


この世界には、パソコンも、表計算ソフトも、電卓すらない。全てが、手作業なのだ。


「……ヴェリディア王国でも、そうだった。大きな商会ですら、帳簿の管理はずさんだった。だが、国家規模でこれでは、話にならない。正しい現状分析ができなければ、正しい戦略など立てられるはずもない」


俊は、静かに立ち上がった。


「……ティア。セバスチャン殿を通して、ライオネル陛下に、今夜にでもお会いしたいと伝えてもらえるか」


その日の夜、俊からの要請に応える形で、再びライオネルがお忍びで屋敷を訪れた。俊は、単刀直入に切り出した。


「陛下。このままでは、この国の現状を正確に把握することが困難です」


「どういうことだ、シュン」


「情報が、あまりに整理されていません。そこで、この状況を改善するために、二つのものをご用意いただきたい」


俊は、まず指を一本立てた。


「一つは、『人』です。王宮の中から、信頼が置け、そして何より、数字に強く、頭の回転が速い若手の文官を、最低でも五人、俺の直属の部下として貸してください」


「文官を……? 分かった。すぐに手配しよう。それで、もう一つは?」


「もう一つは、『道具』です」


俊は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、彼が記憶を頼りに描いた、奇妙な木の枠と、串刺しになった玉が描かれている。


「……なんだ、これは? 子供の玩具か?」


ライオネルが、不思議そうにそれを覗き込む。


「玩具ではありません。これを、俺は『そろばん』と呼んでいます。以前、遠い島国で使われていると、商人から見せてもらったことがあるんです」


俊は、その使い方を、指でなぞりながら説明を始めた。足し算、引き算、そして熟練すれば、掛け算や割り算すら、暗算よりも速く、そして正確に行える、と。


その、あまりにシンプルで、しかし革新的な仕組みに、ライオネルは驚きに目を見開いた。


「これがあれば、俺たちの情報整理の速度は、十倍、いや、百倍以上に跳ね上がるでしょう。陛下、これを数台、急ぎで作ってはいただけませんか?」


ライオネルは、二つ返事で頷いた。


「分かった。すぐにやらせよう。」


数日後。俊の元に、ライオネルが選りすぐった、五人の若き文官たちが集められた。


彼らは皆、平民出身でありながら、その優秀さで難関の試験を突破した、アヴァロンの未来を担うエリートたちだ。しかし、その目には、得体の知れない「影の軍師」に対する、隠しきれない警戒心とライバル心が浮かんでいた。


俊は、そんな彼らの前に、完成したばかりのそろばんを、無言で一つずつ置いた。そして、俊によるこの世界で初めての「そろばん教室」が始まったのだ。


最初は戸惑っていた文官たちも、その圧倒的な計算速度を目の当たりにし、次第にその目を輝かせていく。

そして、わずか二日で、彼らは見事にそろばんをマスターした。


「……信じられません。これがあれば、これまで一週間かかっていた税収計算が、半日で終わってしまう……!」


文官の一人が、興奮したように声を上げる。


「ああ。これが、俺のやり方だ」


俊は、静かに言った。


「さて、ウォーミングアップは終わりだ。今日から、君たちには、この国を『解剖』してもらう」


俊は、書斎の壁に、巨大な羊皮紙を貼り付けた。そこに描かれていたのは、彼らがこれまで見たこともない、奇妙な図形だった。


棒が何本も並んだ『棒グラフ』。円が色分けされた『円グラフ』。そして、マス目の中に、無数の数字が整理された『表』。


「……これは、一体……?」


「これは、俺が考えた、情報を整理するための新しいやり方だ。膨大な数字を、一目で理解させるためのものさ」


俊は、棒グラフの一本を指さした。


「例えば、これは、この国の鍛冶師の、この十年間の人数の推移だ。……どうだ? 難しい数字の羅列を読まなくても、国全体の技術が、今どれだけ危機的な状況にあるか、一目で分かるだろう?」


その、あまりに直感的で、圧倒的な説得力。若き文官たちは、言葉を失っていた。


自分たちがこれまで学んできた全てが、この男の前では、まるで子供の遊びのように思えてくる。彼らの目に浮かんでいた警戒心は、いつしか、畏敬の念へと変わっていた。


「今日から、君たちには、この国のあらゆる情報を、この『グラフ』と『表』の形に整理してもらう。俺たちの最初の仕事は、この国の誰もが見たことのない、最高の『国家の現状報告書』を作り上げることだ」


俊の言葉に、五人の若きエリートたちは、まるで騎士が王に忠誠を誓うように、力強く、そして深く、頷き返した。


俊が率いる、二つの調査チームが、ついに動き出した。王城の麓に佇む屋敷の書斎は、アヴァロンの未来を左右する、極秘の『作戦司令室』と化していた。


一方は、俊が直接指揮を執る、五人の若き文官たちで構成された『定量調査班』。彼らは書斎に籠り、王宮の書庫から運び込まれた膨大な古文書を、そろばんという新しい武器を手に、驚異的な速度で数字のデータへと変換していく。


そしてもう一方が、ライオネルが王の権限で招集した、特別な『定性調査班』だ。


地方行政に明るい文官と、腕利きの若い騎士たちで構成された彼らは、俊が立てた調査計画に基づき、国内の各地方へと旅立っていく。彼らの懐には、あらゆる場所への立ち入りと、身分の上下を問わない聞き取り調査を許可し、どんな発言も不敬には問わないとする、王の印章が押された密書が忍ばせてあった。


出発の朝、俊は調査団のリーダーである、実直そうな顔つきの騎士団長代理に、最後の指示を与えた。


「あなたたちの仕事は、ただ質問に答えてもらうことではない。人々の『声なき声』を聞くことだ。北の鉱山都市では、なぜ職人が減り続けているのか。南の穀倉地帯では、なぜ収穫量が何年も変わらないのか。……俺が渡したこの『国家の分析図』の、空白の部分を、あなたたちの足で埋めてきてほしい」


こうして、二つの全く違う、しかし目的は一つの調査が、同時並行で始まった。


書斎では、日夜、そろばんの軽快な音と、文官たちの驚きの声が響き渡っていた。


「シュン殿、出ました! 北の鉱山都市、この十年で職人の数が三割も減少しています!」

「こちらでは、南の穀倉地帯の収穫量が、ここ五年、全く変動していません。こんなことはあり得ない……!」


次々と明らかになる、衝撃の事実。それらは、俊が考案したグラフの上に、無慈悲なまでに正確な『課題』として、可視化されていく。


書斎の壁は、日ごとに、この国の『骨格』を示す分析図で埋め尽くされていった。


その熱狂の中心で、ティアもまた、自分にできる形で戦っていた。彼女は、俊の隣で、膨大な古文書の山を分類したり、必要な資料を探し出したりする作業を黙々と手伝う。


そして、休憩時間になると、温かいお茶を文官たちに差し入れ、根を詰める彼らを労った。その甲斐あってか、当初は俊とティアに対してどこか壁を作っていた文官たちも、次第に彼女の気遣いに心を開き、作業はより円滑に進んでいった。


そして、数か月後。定性調査班からの、最初の報告書が、王の密使によって俊の元へと届けられ始めた。


そこには、数字だけでは決して見えてこない、人々の生々しい『血肉』の声が、びっしりと書き記されていた。


『北の鉱山都市の職人たち曰く、十年前にギルドの税率が不当に引き上げられ、若者たちが職人を継ぐことを諦めざるを得ない状況にある、と』

『南の穀倉地帯の農民たち曰く、五年前に就任した代官が、収穫の一部を不正に徴収しており、正直な収穫量を報告できないでいる、と』


「……なるほどな」


俊は、それらの報告書を、書斎の壁に貼られたグラフの、対応する箇所に一つ一つ貼り付けていった。


『職人の数が三割減少』という数字の隣に、『不当な税率』という理由が。『収穫量の不自然な停滞』という数字の隣に、『代官による不正徴収』という原因が。


骨格だけの分析図に、次々と血肉が与えられていく。この国の課題が、その根本原因に至るまで、完全に、立体的に浮かび上がってきたのだ。


その日の夜、再びお忍びで屋敷を訪れたライオネルは、その光景を前に、言葉を失った。


「……これが、我が国の、本当の姿だというのか」


彼の目の前には、これまで彼が報告書で見てきた、美辞麗句に彩られた数字ではない、残酷なまでの『事実』と、その裏に隠された人々の『悲鳴』が、一つの巨大な絵として突きつけられていた。


「……すごいな、シュン。お前は、たった数か月で、ずっと見えていなかったこの国の課題の、その根源までをも白日の下に晒してしまった」


「ああ」


俊は、静かに頷いた。


「これでようやく、スタートラインだ。問題の本質と、その原因が特定できた。……いよいよ、この国の未来を再設計するための、『戦略』を描き始める時だ」


その言葉に、ライオネルは深く頷いた。

ティアが呼ぶときは「俊」、ライオネルが呼ぶときは「シュン」としていますが、これは本名を知っているかどうかで書き分けています。


執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!感想や評価もいただけると嬉しいです。

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