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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第12話 鉄の鎖(アイゼン・ケッテ)

ラッドの悲痛な叫びが響き渡った、あの夜。フォルクナー商会は、宣戦布告という名の嵐の真っ只中にいた。


翌朝、夜明け前の薄闇の中、一台の馬車が王都の城門を駆け抜けていった。乗っているのは、ただ一人。俊だった。


彼は、ラッドが手配した、王国で最も速いと言われる駅逓えきてい馬車を貸し切り、たった一人でグランツへと向かったのだ。


残された者たちもまた、それぞれの戦場へと向かっていた。


ルーカスとフィンは、カスパールが手配した屈強な護衛たちと共に、それぞれの故郷へと旅立った。彼らの双肩には、工房【ノクチルカ】の、そしてフォルクナー商会の生命線が懸かっている。


ティアは、夜が明けるのを待って、工房へと向かった。その手には、いつもより多くの焼き菓子が詰まったバスケットが握られている。彼女は、工房の仲間たちの心を、何があっても守り抜くと固く誓っていた。


そして、ラッドは商会長として、最も過酷な役割を担っていた。仲間の無事を祈りながらも、彼は俊に言われた通り、新生フォルクナー商会の揺るぎない『顔』として、光の当たる場所に立ち続けなければならない。


「……『生産者フェア』の準備を始めるぞ! これまでで、最高の祭りにしてやるんだ!」


その檄は、不安に揺れる従業員たちの心を、そして何より、彼自身の心を奮い立たせるための、魂の叫びだった。


馬を変えながら馬車を飛ばしてもらい、三日後。俊は潮の香りが立ち込める港町グランツに到着した。


しかし、そこに、かつて彼が目にした活気はない。街全体が、まるで怯えるように息を潜め、人々は不安げな表情で足早に行き交っていた。


俊は、馬車を降りると、一直線にある場所へと向かった。グランツ支店の、倉庫があった場所だ。


そこに広がっていたのは、目を覆いたくなるような、残酷な光景だった。


建物は見る影もなく焼け落ち、黒い炭と化した梁が、まるで巨大な骸骨のように空を突いている。倉庫の周りには衛兵が立ち、野次馬たちが遠巻きにその惨状を眺めていた。


数日たっているにもかかわらず鼻をつくかすかな焦げ臭い匂いが、惨劇の生々しさを物語っていた。


俊は、その灰燼かいじんを、ただ無言で見つめていた。


敵の狙いは、物理的な損害以上に、フォルクナー商会に関わる者たちの心を折ること。その冷徹な戦略を、俊は肌で感じていた。


次に彼が向かったのは、街の小さな診療所だった。一室のベッドの上で、ブレンナーは全身に包帯を巻かれ、苦しげな呼吸を繰り返していた。命に別状はないというが、その顔は火傷で赤く腫れ上がり、意識はまだ戻っていない。


「……ブレンナーさん」


俊は、枕元に立ち、静かに語りかけた。


「あんたが、命を懸けて守ろうとしたもの、俺が必ず、取り戻す。……いや、何倍にもして、だ。だから、今はゆっくり休んでくれ。あんたが目を覚ました時、ここには全く新しいグランツ支店が生まれているはずだから」


その誓いは、眠るブレンナーに届いたのか。彼の指が、ほんのわずかに、ぴくりと動いたように見えた。


診療所を出た俊は、最後に、グランツ支店の店舗へと向かった。扉は固く閉ざされ、『臨時休業』の札が虚しく揺れている。


俊が扉を叩くと、中から怯えたような顔で、一人の若い店員が顔を覗かせた。


「……俊さん!」


その顔は、安堵と、そしてそれ以上の恐怖に歪んでいた。


店の中は、静まり返っていた。三人の従業員たちは、ただ黙って、俯いている。かつて彼らの瞳に宿っていた、あの誇らしげな光は、見る影もなかった。


「……申し訳、ありません」


一番年配の店員が、絞り出すように言った。


「我々は……何も、できませんでした。ブレンナー支店長が、たった一人で、倉庫を守ろうと……」


「お前たちのせいじゃない」


俊は、その言葉を静かに遮った。


「敵が狙ったのは、お前たちの心だ。恐怖に支配され、立ち上がる気力すら失わせること。……まんまと、敵の思う壺にはまって、どうする」


その厳しい言葉に、三人ははっと顔を上げた。俊は、絶望に沈む彼らの瞳を見つめながら、その頭の中では、驚異的な速度で反撃のシナリオを組み立てていた。


(……ダメだ。このままじゃ、心が死ぬ。敵の狙いは、物理的な破壊じゃない。この街に『恐怖』を植え付け、フォルクナー商会に関わると不幸になるという『空気』を作ることだ)


俊の思考が、高速で回転を始める。敵の戦略を分析し、その裏をかくための、最も効果的な一手を。


(なら、俺がやるべきことは一つ。その空気を、一夜にして覆す、圧倒的な一手だ。商品は燃やされた。だが、資産は残っている。この数ヶ月で叩き込んだ、こいつらの頭の中にある『知識』と『経験』だ)


その瞬間、俊の脳裏に、あまりに大胆で、常識外れの反撃のシナリオが描き出された。それは、絶望的な状況を逆手に取る「仕掛け」だった。


(これを、今、無料で、この街全体にばら撒く。全てを失ったはずの俺たちが、逆に『与える側』に回る。恐怖は、感謝と尊敬に変わる。そして、この街の商人たちの多くを、フォルクナー商会の熱狂的な『ファン』にできる。最高の、投資だ)


「だから、いいんだ」


俊は、初めて、不敵な笑みを浮かべた。


「商品がないなら、商品以外のもので、勝負するまでだ」


俊は、店の隅で埃をかぶっていた、一枚の大きな黒板を指さした。


「明日、俺たちはこの店の前で、『相談会』を開く。この港町で商売をしたいと願う、全ての人間のための、無料の経営相談会だ」


「け、経営相談会……!?」


従業員たちの誰もが、耳を疑った。


「ああ。お前たちは、この街の誰よりも、この港の交易品に詳しくなったはずだ。どの香辛料が、どんな料理に合うのか。どの布が、船乗りたちの間で人気があるのか。その知識を、今度は、この街の商人たちのために使うんだ。俺たちの成功事例を、無料で全て教えてやる」


それは、あまりに突拍子もない、常識外れの反撃の狼煙だった。敵が恐怖を植え付けようとした、まさにその場所で、自分たちの持つ最も価値のあるもの……『知識』と『経験』を、惜しげもなく与えるというのだ。


「敵は、俺たちの成功の象徴を燃やそうとした。ならば、その灰の中から、この街全体を巻き込んだ、もっと大きな価値を、俺たちの手で生み出してやるのさ」


その、あまりに大胆で、しかしどこまでも理に適った俊のシナリオに、絶望に沈んでいた従業員たちの瞳が、再び、かすかな光を取り戻し始めていた。

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