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第3話 コンサル稼業、始動。最初のクライアントは“氷の店”

翌日、地図を頼りに、俺は王都の中心にほど近い裏通りに足を踏み入れた。


石畳の路地には人通りこそ少なかったが、しっかりと手入れされた建物が並び、どこか落ち着いた空気が漂っている。その一角に、小さな木製の看板がかかった店を見つけた。


《氷工房アラン》


アルバから聞いていた名前だ。間違いない。


扉を押すと、中はひんやりとした空気に包まれていた。温度の違いに思わず身震いするが、不快ではない。奥の部屋から人の気配がして、やがて一人の青年が顔を出した。


戸を開けたのは、若い男だった。年の頃は二十代前半、やや猫背気味の細身で、髪も寝癖がそのまま残っている。氷を扱う店だからか、服の色は寒色系で統一されていたが、全体的にくたびれた印象を受けた。


「あ……その、こんにちは。もしかして、アルバ叔母さんから聞いて来てくださった方ですか?」


「そうです。俊と言います」


「わ……わざわざ、ありがとうございます……」


男は何度も頭を下げた。


「君がアランさんだね?」


「はい、アランと申します」


そう名乗った彼の声は小さく、どこか自信なさげだった。


男は何度も頭を下げた。たしか、名前は――アルバから聞いていたはずだ。


「君がアランさんだね?」


「はい、アランと申します」


そう名乗った彼の声は小さく、どこか自信なさげだった。


「叔母が……あの人、本当に心配性で……ご迷惑おかけします」


ぺこりと頭を下げるアランに、「いやいや、こちらも仕事をもらえて助かったよ」と返す。


ひとまず話を聞かせてもらうことにして、店の奥――薄暗い倉庫のような空間に案内された。中央には木箱が並び、その上に氷の塊が整然と積まれている。冷気が周囲に満ちていて、肌がひやりとした。


「これ、全部……魔法で?」


「はい。ぼく、氷の魔法が使えるので。……それしか取り柄がなくて」


アランは少し照れくさそうに言いながら、手元に小さな水瓶を置いた。そして指を鳴らすような仕草をすると、水面が凍りつき、あっという間に透明な氷へと変化した。


「おぉ……」


思わず声が漏れる。


魔法を間近で見るのは、これが初めてだった。というのも、この世界では一般的に魔法は貴族階級にしか使えないとされていて、平民で使える者は極めて稀だ。魔法が存在することは当然知っていたが、実物を目にする機会はなかった。


「この氷は……どこに卸しているんだ?」


「商人の方が多いです。街の外から運んできた野菜や魚を冷やしたり、料理人の人が仕入れてくれたり。あとは夏場に冷たい食材を扱う店から……でも、みんな定期的じゃないんです。急に注文が入ったり、来なかったり」


「なるほどな。買う側も必要なときだけ来るって感じか」


「はい……だから、準備の量や作業の段取りが読みにくくて……」


アランは申し訳なさそうに肩をすくめる。


なるほど。確かに、安定して売上を立てるには難しい業態だ。商人や料理人の需要はあるが、それだけでは不定期で、しかも相手の都合に左右されやすい。


「一般の客は?」


「ほとんどいません……冷たいものって、ちょっとした贅沢なので……」


アランはそう言って、氷の塊を見つめた。


――贅沢品、か。たしかに、今の使われ方だとそうかもしれない。だけど、それは裏を返せば「特別感のあるもの」ってことでもある。


そして、特別感は「価値」に変えられる。


だったら……。冷たさが特別なこの世界で、その価値を最大限に活かす方法――考えてみる価値は、ありそうだ。


魔法で氷を生み出せる。それ自体は確かにすごいけど、商人や料理人の不定期な需要だけじゃ、どうにも収益が安定しない。しかも、一般客は「贅沢品」だと感じているから買わない。


だとすれば、まずは「冷たさの価値」を、もっと身近に感じてもらう必要がある。


アランの作った氷を見渡しながら、俺は考えを巡らせた。


――冷たい、というだけで、贅沢品扱い。

――でも、だからこそ「ここでしか味わえない体験」になる。


そうだ。特別感は、武器になる。しかも、体験をともなうものなら尚更だ。

誰かに語りたくなる体験は、それだけで宣伝になる。


「アラン。俺たちがやるべきは、“この店に来ないと味わえない体験”を作ることだと思う」


「……たいけん?」


「そう。特別な氷を売るってだけじゃなくて、“ここでしか味わえない何か”を提供する。冷たいっていう価値を、もっとわかりやすく、おいしく伝えられるもの」


アランはきょとんとした顔で俺を見ていたが、すぐに小さくうなずいた。


「なるほど……でも、たとえば、何を……?」


「……アイス、だな」


「アイス?」


「冷たい甘い食べ物。こっちにはないみたいだけど、昔、自分で作ったことがある」


俺は視線を泳がせながら、あの頃のことを思い出す。

大学生の頃、金がなくてアイスなんて買えなかった。でも、どうしても食べたくて、レシピを調べて、自分で作った。

牛乳と卵と砂糖を鍋で煮詰めて、冷やし固めるだけ。手間はかかったが、ちゃんとアイスになったときの感動は今でも忘れられない。


「うまくできれば、こっちでも作れるはずだ」


「……本当にそんなの、できるんですか?」


「やってみよう。材料もシンプルだし、氷を使えるお前がいれば、かなり再現しやすいはず」


試作のために、牛乳、卵、砂糖を用意してもらい、厨房の端に鍋を出した。


「まずは火を通す。焦げつかせないように混ぜながら煮詰めて、ちゃんとトロみが出たら……冷ます。そして、氷で一気に冷やして固める」


魔法で作られた氷が、容器のまわりにぎっしりと詰められる。

しばらく待ち、俺が蓋を開けると、艶のある乳白色のアイスが姿を見せた。


「……すごい。ちゃんと固まっている……!」


「ほら、食べてみなよ」


アランは木のスプーンで一口すくって、口に運んだ。


「…………っ!」


彼の目が見開かれる。


「な、なんですかこれ……! 冷たくて、甘くて……でも舌の上ですっと溶けて……初めて食べるのに、なぜか、なんだかすごく懐かしいような……!」


俺は小さく笑った。


「な? すごいだろ。こんなのが“ここでしか食べられない”ってなったら、どうなると思う?」


「……話題になりますよね。絶対」


「そう。人に話したくなる。“あそこの店、すごい甘い冷たいの売ってた”って、噂になる。そうやって、勝手に広まっていく。広告なんか打たなくても、お客が勝手に増える。これを“バズる”って言うんだけど……まあいいや」


アランは目を輝かせていた。氷を売るだけの店だった空間が、新しい未来に変わっていくのを感じているのだろう。


「じゃあ、このアイスを売るスペース、作らないとですね……!」


「それじゃあ、店頭にアイスを並べて――」


そう言いかけて、ふと気づいた。アイスクリームは時間が経てば当然溶ける。夏の陽気に晒されれば、持って数十分というところだろう。


「……いや、外はダメだな。溶ける」


「え?」


「アイスは冷やしておかないとすぐに溶けるんだ。だから、外じゃなくて店の中で売る。入口から中が見えるようにして、ショーケース越しに並べるってのはどう?」


アランは、少し考えてから頷いた。


「なるほど……確かに、涼しい室内のほうがいいですし、外から見えるならお客さんの目も引けますね」


「そうそう。冷たい見た目ってだけで、けっこう注目されるから。中で作って、ショーケースに入れて見せながら売る。店内販売なら品質も保てるしな」


「……でも、そのショーケースってどうやって用意すれば……?」


「そこはなんとかする。職人に頼むか、既製品を改造するか……要は“アイスが並んでるのが見える”ことが大事だからな」


俺がそう言うと、アランの表情に少しだけ光が差したように見えた。


「あと、販売のときにずっと君が店先に立ってるのは難しいよな? 氷作ったりもしなきゃいけないし」


「そ、そうですね……準備とか、裏の作業もありますし……」


「だったら、売り子を雇おう。愛想が良くて、説明もできる人。ここでしか食べられない“新しい甘味”なんだってことをちゃんと伝えられる子がいいな。どこか、そういう人を募集できるところってあるか?」


「そういうのは、商業ギルドが担当していると思います。求人の張り紙を出せば、見てくれる人も多いかと」


(ギルド……本当にあるんだな)


内心でテンションが上がるのを抑えつつ、俺は頷いた。


「よし。じゃあ商業ギルドに求人出して、売り子を募集しよう。何人か来たら、面接する。そこで実際に、物を売ってもらうテストをするつもりだ」


「わかりました……!」


アランは目を丸くしながらも、どこか期待に満ちた声を出した。


「いいものを作るだけじゃダメなんだ。それをちゃんと“伝えて”こそ、価値になる。これはな、そういう勝負なんだよ」


この世界ではまだ“アイスを並べて売る”という前例がない。だが、だからこそ、この光景そのものが価値になる。


店の前を通る人が「あれ、なんだろう?」と立ち止まり、「冷たくて甘い新しい食べ物」に惹かれていく――そういう導線を作れれば、リピーターも自然と増えていくはずだ。


「それと、アイスの味はひとつじゃもったいない。いずれフルーツとか混ぜて、種類を増やしてもいい。見た目のバリエーションも出るし、季節限定ってやつもやれる」


「季節限定……!」


アランの目が少し見開かれた。


「“今だけ”って言葉は、買う理由になるんだよ。買い逃したくないって気持ちが働くからな」


「なるほど……なんだか、わくわくしてきました!」


その声に、俺も自然と笑みがこぼれた。

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