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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第11話 ノクチルカ

『星空のショール』完成の熱狂から一夜明け、商会長室では、俊、ラッド、そして『チーム・月長石』のリーダーであるルーカスと、チーフデザイナーのリリアを交えた、緊急の作戦会議が開かれていた。


「昨日のショールは実に見事だった。だが、俊。お前の言う通り、あれ一枚じゃ商売にならん。新店舗で売るためには、ある程度の数が必要だ。どうやって量産するんだ?」


ラッドが、腕を組んで唸る。


「ええ。そのための作戦会議です」


俊は、リリアに向き直った。


「リリア、君は仕立てのプロだ。だが、この『星空のショール』の心臓部、月長石をあの繊細な絹織物を傷つけずに縫い付けるという工程は、フィンが作り出した全く新しい技術だ。君一人でも、すぐに真似できるか?」


その問いに、リリアは静かに首を横に振った。


「……いいえ。フィンさんのあの特殊な道具と、『鎧蜘蛛の糸』の扱い方は、私にもまだ完璧には……。時間さえかければ、一枚を仕上げることはできるかもしれません。ですが、これを安定して、しかも複数作るとなると、今の私一人では不可能です」


「そうだ」と俊は頷いた。「だから、俺たちが次にやるべきことは、フィンの持つその神業を、君たち『チーム』の技術へと昇華させることだ。フィンには技術指導者として、リリアには生産チームのリーダーとして、この魔法を量産するための仕組みを作ってもらうんです」


「だが、どうやって? あれほどの技術を持つ職人など、王都中を探したって……」


ラッドの言葉に、リリアが再び口を開いた。


「……専門の職人でなくても、街には、素晴らしい腕を持ちながら、その力を発揮する機会のない女性たちが、たくさんいます。結婚や育児で、一度は針を置いた主婦の方々です」


仕立て屋の娘である彼女だからこそ知る、埋もれた才能の存在だった。


「なるほど、腕利きの主婦か!」ラッドが膝を叩いた。「それなら、賃金も職人を雇うよりは……」


「ラッドさん、目的はコスト削減じゃない」


俊は、その言葉を遮った。


「俺たちが作るのは、ただの工場じゃない。最高の品質と、最高の物語を生み出す『工房』だ。そのためには、もう一つの力が必要になる」


俊は、テーブルに一枚の羊皮紙を広げた。それは、彼自身がここ数日、王都を歩き回って書き留めた、市場調査のメモだった。


「……ラッドさん。先日、王都の南区画を見て回ったんだが、気になるものを見つけた」


俊は、地図の端にある、貧民街と呼ばれる地区を指さした。


「炊き出しに、長い列ができていた。この豊かな王都にも、日々の食事にすら困っている人々が大勢いる。その中には、才能とやる気がありながらも、学ぶ機会すら与えられない若者たちが、きっといるはずだ」


俊は、全員の顔を見渡した。


「俺の提案は、こうだ。まず、リリアが言うように、街で評判の腕利きの主婦を、最高の待遇で数名スカウトする。彼女たちには、リリアの右腕として、生産ラインの基盤を作り、品質管理を徹底してもらう、『職長マスター』の役割を担ってもらう」


そして、俊は続けた。


「次に、その職長たちの指導のもと、貧民街から『情熱』を第一の基準として選んだ若者たちを、見習いとして雇い入れる。フォルクナー商会が、彼らに技術を教え、職を与えるんだ」


それは、品質と物語、両方を手に入れるための、俊らしいハイブリッドな戦略だった。


「……なるほどな。腕利きの職長で品質を担保しながら、恵まれない若者を育てることで、商会のイメージを上げる、最高の『物語』も手に入れる。……まさに、一石二鳥だ」


「ええ。そして、その新しい工房で働く者たちには、共通の、誇り高い名前が必要になります」


俊は、そこで初めて、新しい店舗の名前について切り出した。


「新しい店の名前を、ここで決めたい。俺たちの未来の象徴となる、最高の名前をだ」


俊の言葉に、その場の全員が息を呑む。


「月長石……。古い文献によると、『夜の光』とも呼ばれていたそうです。夜の暗闇を照らす、優しい光だと」


ルーカスが、文献で得た知識を披露した。


「『夜の光』か…。悪くないが、店の名前としては少し直接的すぎるか?」


ラッドが腕を組む。


「『夜の光』…。それなら、こう言うのはどうだろう」


沈黙を破ったのは、俊だった。


「――【ノクチルカ】」


「ノクチルカ…? 不思議な響きですね。どういう意味なんですか?」


リリアが、不思議そうに問い返す。


「夜光虫のことを、遠くの国でそう呼ぶことがあるんだ。それ自体が光るわけじゃない。周りの刺激を受けて、初めて魔法のように輝き出すんだ。……まるで、今のフォルクナー商会みたいだろう?」


俊は、そう言って、穏やかに笑った。


「刺激を受けて、輝き出す…。面白い! 気に入ったぜ!【ノクチルカ】!」


ラッドが、満面の笑みで膝を叩く。


「ああ」と俊は頷いた。


「ノクチルカ。この店が、商会を、いや、この王都の夜を照らす、最初の優しい光になる。悪くない名前だと思う。この名を、新しい工房にも冠そう。そこで働く者たちが、自分たちの仕事に誇りを持てるように」


方針は、決まった。その日から、リリアとティアは、スカウトのために王都中を駆け回った。


最初は「今更、私が働いても……」と固辞していた腕利きの主婦たちも、リリアが持参した『星空のショール』の圧倒的な美しさと、自分たちの技術が、この街の若者たちを救う力になるという、ティアの心からの訴えに、次第に心を動かされていく。


一方、ラッドとエラは、貧民街へと足を運んでいた。


彼らは、ただ人を募集するだけではない。まず、炊き出しのボランティアに参加し、そこに集う人々と、同じ釜の飯を食べた。


そして、ラッドは自らの言葉で語りかけた。


「俺は、あんたたちの境遇を分かったような口を利くつもりはない。だが、もし本気で、自分の力でこの状況から這い上がりたいと願う奴がいるなら、俺たちはそのための『機会』を用意した。必要なのはお前たち自身の『情熱』だ。腕に自信がある奴も、たとえ今は何もなくても、情熱だけはあるという奴の挑戦も、俺たちは待っている」


その誠実な姿に、最初は疑いの目を向けていた若者たちの瞳が、少しずつ変わり始めた。


そして、一週間後。フォルクナー商会の一角に新設された、明るく、清潔な工房に、二つの全く違う世界の人間たちが、初めて顔を合わせた。


そこに立っていたのは、人の良さそうなおせっかいな笑顔を浮かべながらも、その目だけは仕事への厳しさを隠していない、三人の腕利きの職長たち。


そして、その前に、緊張で体をこわばらせながらも、その瞳だけは希望に燃えている、十数人の若者たち。


リリアは、工房の責任者として、全員の前に立った。その声は、まだ少し震えていたが、確かな覚悟が宿っていた。


「皆様、ようこそ、【ノクチルカ】へ。今日から、私たちは一つのチームです。私たちの仕事は、ただ美しいショールを作ることではありません。この一枚の布で、お客様の、そして、ここにいる皆さん自身の人生を、星のように輝かせることです。……そのための、私たちの最初の仕事は……」


リリアは、工房の入り口を指さした。そこには、フィンが、はにかみながらも、誇らしげな顔で立っていた。


その手には、彼がこの日のために作り上げた、新しい刺繍道具の試作品が、何本も握られている。


「……まず、自分の『武器』となる技術を、身につけるところから始めます」

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