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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第9話 新生・フォルクナー商会

『新生祭』の熱狂が過ぎ去り、フォルクナー商会に新たな日常が訪れてから、一か月が経った。王都の街はすっかり落ち着きを取り戻していたが、商会の中では、俊が描いた再建計画書に基づき、静かだが、確かな変化の槌音つちおとが鳴り響いていた。


祭りの成功で得た資金と信用を元手に、再建計画の第一段階、『基盤の再構築』が本格的に始動したのだ。


正式に経理部長となったカスパールは、その手腕を遺憾なく発揮していた。まず彼が単身で向かったのは、最も手強いとされる大口の取引先、ギデオン商会だ。先代の頃から付き合いのある当主のギデオンは、筋が通らないことを何よりも嫌う、厳格な老人として知られている。


「親父殿の顔に泥を塗りおって……。何の用だ」


冷たい声で吐き捨てるギデオンに対し、カスパールはただ深く頭を下げ、今回の事件の全てと、自分たちの過ちを正直に語った。そして、ギルドの保証状と共に、俊が作った再建計画書を示し、商会の未来を熱く説いた。


その誠実な姿に、ギデオンは長い沈黙の後、「ふん……親父殿の息子も、ようやくまともになったようだ」と、静かに支払い猶予を認めたのだった。


一方、ラッドと俊は、人事改革という名の、未来への種蒔きに没頭していた。商会長室には連日、これまで光の当たらなかった若手・中堅の従業員たちが呼び出され、ラッド自らによる面談が行われた。


「君が、倉庫の在庫管理の効率化案を、何度も上に提案してくれていたそうだな。……聞かせてもらおうか」


ラッドは、目の前に座る緊張した面持ちの青年に、真摯な眼差しを向けた。


彼はもう、ただ報告書に判を押すだけの商会長ではない。自らの目で人材を見極め、その声に耳を傾ける、真のリーダーへと成長を遂げていた。


俊は、その隣で、ラッドが的確な質問を投げかけ、若者の才能を見抜いていく姿に、静かに目を細めていた。


そして、最も困難な戦いを強いられていたのが、本店の組織改革を任された、マルコとティアだった。


『新生祭』の成功で、従業員たちの士気は確かに上がっていた。しかし、それはあくまで「祭り」という非日常的な熱狂の中でのこと。いざ、日々の仕事のやり方を根本から変える『グランツ・モデル』を導入しようとすると、そこには根強い抵抗が待っていた。


「マルコ部長、毎週ミーティングなんて、本当に必要なんすか? 祭りは成功したんですし、俺たちは俺たちのやり方で……」


中堅の従業員が、うんざりした顔で不満を漏らす。祭りの成功が、彼らに「もう自分たちは大丈夫だ」という根拠のない自信をつけてしまっていたのだ。


その日も、一人の裕福そうな貴婦人が、店で最も高価な東国の染め物を品定めしていた。


数人のベテラン店員が取り囲むが、誰一人として、婦人の心に響く提案ができない。婦人は、つまらなそうにため息をついた。


「……もういいわ。どこも、同じようなものしか置いていないのね」


婦人が踵を返し、店を去ろうとした、その時だった。


「お客様、お待ちください!」


その声を上げたのは、これまで輪の外で静かに様子を窺っていた、ティアだった。


「もしよろしければ、一つだけ、お見せしたいものがございます」


ティアはそう言うと、奥から一枚の、一見すると地味な藍色の布を持ってきた。


「まあ、それですか?そのような色合いは、私の好みではございませんの」


「ええ。存じております。ですが、お客様。どうか、この布を光にかざして、ご覧になっていただけますか?」


促されるまま、婦人が布を窓からの光にかざした瞬間、彼女は息を呑んだ。地味だと思っていた藍色の布に、まるで星空のように、銀色の糸が繊細な模様を描き出していたのだ。


「まあ、なんて……美しい」


「これは、『星詠みの布』と呼ばれておりまして。夜空の下で、特別な鉱石を混ぜた染料で染め上げることで、光を受けた時だけ、星が輝くように作られているんです。……先日、こちらで別の品物をご覧になっていた際に、お連れ様へ『夜会で、誰よりも星に近いドレスが着たい』とお話しされていたのを、偶然お聞きしました。この布なら、お客様の願いを、きっと叶えられます」


それは、ティアが顧客ノートに書き留めていた、ほんの些細な会話の記録だった。しかし、その一言は、婦人の心を強く打ち抜いた。


「……私の話を、覚えていてくれたのね」


婦人の顔が、驚きと、そして心からの喜びに輝いた。


「……いただくわ。この布で、最高のドレスを仕立ててもらうことにする」


一部始終を見ていた従業員たちは、呆然としていた。高価な商品を売ったことではない。目の前で起きた、小さな奇跡に心を奪われたのだ。


一人の店員の、心からの想いが、お客様の心を動かし、最高の笑顔を生み出した。その光景は、どんな経営理論よりも雄弁に、『グランツ・モデル』の真価を物語っていた。


その日の夜。再び商会長室に集まった五人の顔には、確かな手応えが浮かんでいた。


「……たいしたもんだ、嬢ちゃん。お前さんのおかげで、本店の連中の目も、少しずつだが変わり始めたぜ」


マルコが、照れくさそうに、しかし心からティアを称賛した。


俊は、その報告に静かに頷くと、壁に掛けられた一枚の巨大な羊皮紙の前に立った。


そこには、一本の大きな木の絵が描かれている。根には『基盤』、幹には『収益』、そして枝葉には『未来』と記され、その木の頂点には、一つの大きな果実が描かれていた。


果実の中には、こう書かれている。


【年間売上目標:四億リル】


「これが、俺たちの新しい航海図、『再建への道標』だ」


俊は、木の根元に、今月の売上を示す、小さな若葉の印を貼り付けた。それは、まだか細く、頼りない若葉だったが、確かに、力強く芽吹いていた。


「一歩ずつ、着実に。この木を、王都一の大樹に育て上げる。俺たちの手で」


俊の言葉に、四人は力強く頷いた。


ラッドは、そのか細い若葉と、遥か頂きにある『四億リル』という果実を交互に見比べた。途方もない道のりだ。だが、以前のような絶望はない。むしろ、胸の奥から静かな闘志が湧き上がってくるのを感じていた。


「……ああ。まずは、この根をしっかりと張らせることが先決だな」と、カスパールが財務の再構築を指さしながら言う。


マルコも、腕を組んで力強く頷いた。


「グランツの連中に負けていられるか。この幹を、どこの商会よりも太くしてやるさ」

「はい! 私も、この木にたくさんの綺麗な葉っぱが茂るように、頑張ります!」


ティアが、瞳を輝かせながら言った。


それぞれの言葉に、それぞれの覚悟が宿っている。フォルクナー商会という巨大な船は、今、新しい航海図と、信頼できる仲間たちと共に、未来という名の大海原へと、その帆を、再び力強く広げたのだった。

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