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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第9話 新生・フォルクナー商会

商業ギルドの大ホールに満ちた喧騒が、ラッド・フォルクナーが登壇した瞬間、ぴたりと止んだ。王都中の商人たちが、固唾を飲んで一人の若き商会長の、その一挙手一投足を見守っている。


嘲笑、好奇、侮蔑、そしてわずかな同情。様々な感情が渦巻く視線が、突き刺すようにラッドに集中していた。


舞台袖で見守る俊は、静かに目を閉じた。


(……ここからは、もう俺の領域じゃない。あんたの言葉で、あんたの魂で、この場の空気を掴み取れ、ラッドさん)


ラッドは、一度深く頭を下げると、ゆっくりと顔を上げた。そして、マイクもない世界で、ホールの隅々にまで届くよう、震える声を必死で抑えつけながら、第一声を発した。


「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。フォルクナー商会、商会長のラッド・フォルクナーです」


その声は、まだ若い。だが、そこには彼がこれまで見せたことのない、商会の全てを背負う長としての、確かな覚悟が宿っていた。


「昨日、我がフォルクナー商会で、長年にわたる大規模な不正が発覚し、その首謀者であった経理部長バルテルスをはじめとする数名を、衛兵隊に引き渡しました。皆様の間に広まっている噂は……そのほとんどが、事実です」


ざわっ、とホールが大きくどよめいた。誰もが、見苦しい言い訳や、体裁を繕うための嘘を予想していた。しかし、ラッドの口から発せられたのは、あまりにも率直な、全ての非を認める言葉だったからだ。普通ならばあり得ることではない。


「先代である父が亡くなってから、我が商会は、内側から静かに腐り始めていました。そして、その腐敗に気づくことすらできなかった、若輩者の私に、商会長を名乗る資格など、本来はありません」


ラッドは、再び深く、深く頭を下げた。それは、謝罪であると同時に、自らの無力さを認める、痛切な告白だった。


「父は、偉大すぎた。俺は、その大きな背中ばかりを追いかけて、足元で蠢いていた巨大な闇に、全く気づいていなかった。いや……気づこうとしていなかったのかもしれない。商会の経営が傾いていくのを、時代のせいだと、誰かのせいだと、言い訳をしながら、俺はただ、商会長という椅子の上にあぐらをかいていただけの、愚か者でした」


その言葉には、嘘も、誇張もなかった。一人の人間としての、赤裸々な弱さと後悔が、そこに込められていた。ホールを支配していた嘲笑の空気は、いつしか消え失せ、商人たちはただ、息を飲んでラッドの言葉に耳を傾けている。


彼らの中にも、偉大な先代を持つ二代目、三代目として、同じような重圧に苦しんでいる者も少なくなかったのだ。


「そんな俺を変えてくれたのが、そこにいる、一人の男です」


ラッドは、舞台袖に立つ俊を、まっすぐに見据えた。突然の指名に、俊は少しだけ眉をひそめる。


「彼、シュン・ヒナタは、俺が目を背けていた商会の惨状を、容赦なく俺の目の前に突きつけました。そして、教えてくれた。本当の敵は、外にいるんじゃない。俺自身の、そして、俺たちの組織の内に巣食う『諦め』なのだと」


ラッドは、今度は最前列に座るカスパールとマルコに、厳しい視線を送った。


「カスパール! マルコ! 立て!」


その鋭い声に、二人は弾かれたように立ち上がった。


「彼らは、先代の頃からフォルクナー商会を支えてきた、俺の最も信頼する幹部でした。……いや、幹部でした、と過去形で言うのは間違いだな。彼らこそ、俺と共に、新しいフォルクナー商会を率いていく、俺の本当の『仲間』だ」


ラッドは、ホールの全員に聞こえるように言った。


「お前たち、自分の口から言え。グランツで、何があったのかを」


促されたカスパールは、一瞬ためらった後、観念したように口を開いた。その声は、震えていた。


「……私は、グランツの者たちを、田舎者だと見下しておりました。しかし、そこで見たのは、お客様一人一人のために、必死で知恵を絞り、汗を流す、商売の原点でした。私は……本店支配人という立場に胡座をかき、いつの間にか、一番大事なものを忘れていたのです」


続いて、マルコも、絞り出すような声で言った。


「俺も、同じだ。客の顔が、いつしかただの数字にしか見えなくなっていた。だが、グランツで、客から直接『ありがとう』と言って渡された銅貨の温かさを、何十年ぶりに思い出した。……俺たちは、あの場所で、ただの従業員として、一から商売を学び直してきたんです」


二人の古参幹部による、衝撃の告白。それは、どんな経営改革案よりも雄弁に、フォルクナー商会が、今、根底から変わろうとしていることを、その場にいる全ての者たちに証明していた。


ラッドは、再び聴衆に向き直った。


「ご覧の通り、今のフォルクナー商会は、満身創痍の難破船です。資金は枯渇し、信用も地に落ちた。明日、倒産してもおかしくはないでしょう」


彼は、そこで一度言葉を切ると、今までで一番大きな声で、叫んだ。


「だが、俺たちは、まだ死んでいない! この船には、正直に働き、商会の未来を信じる、素晴らしい船員たちが残っている! そして、俺たちには、この王都で一番、誠実な商売をするという、揺るぎない誇りがある!」


その魂の叫びは、ホール全体を激しく震わせた。


「皆様にお願いしたいのは、同情でも、施しでもありません。ただ、チャンスをください。生まれ変わった我々が、本当に皆様の信頼に値する商会かどうか、皆様自身のその目で、これからの一挙手一投足を見極めていただきたい!」


ラッドは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「その証として、我々は今後一年間、全ての取引を、商業ギルドの皆様の立ち合いのもとで行うことを、ここに誓約します! 我々の帳簿に、一点の曇りもないことを、皆様に証明するためです!」


その前代未聞の提案に、ホールは再びどよめいた。自らの商売の全てを、公の監視下に置くというのだ。それは、自らの誠実さに対する、絶対的な自信の表れだった。


「どうか、もう一度、我々に商売をさせてください。このフォルクナー商会を、親父が愛したこの商会を、俺の代で終わらせるわけにはいかないんです……!」


ラッドは、原稿などとうに捨て去り、自らの心の底からの言葉を、必死で紡ぎ出した。そして、そのスピーチを、深々と下げた頭で締めくくった。


長い、長い沈黙が、ホールを支配した。誰もが、この若き商会長の、あまりに痛切で、あまりに誠実な告白の余韻に、言葉を失っていた。その沈黙を破ったのは、壇上のラッドに最も近い席で、腕を組んで全てを聞いていた、一人の男だった。


パチ……パチ……。


商業ギルドのギルドマスター、バルドが、ゆっくりと、しかし力強い拍手を始めたのだ。その拍手は、一人、また一人と伝染し、やて、ホール全体を揺るがす、嵐のような喝采へと変わっていった。


それは、同情ではない。一人の男が、自らの全てを賭けて、絶望的な運命に立ち向かおうとする、その覚悟に対する、商人たちからの最大限の敬意の表れだった。


舞台袖で、俊は静かにその光景を見つめていた。


(……完璧だ、ラッドさん。あんたは、最高の主人公になった)


フォルクナー商会、真の再生に向けた、最も困難な第一歩は、こうして、王都中の商人たちの心を掴むという、望みうる限り最高の形で踏み出されたのだった。

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