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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第8話 商会への帰還、新たなるチーム

グランツ支店が活気を取り戻してから数日が過ぎ、従業員たちの顔にも確かな自信が戻ってきた。日替わりの実演販売は成功を収め、店の空気は明るい。しかし、俊はまだ満足していなかった。


成功体験を積み重ねた彼らの心に灯った火を、この先も決して消えさせないためには、もっと強固な土台が必要だった。開店前のミーティングで、俊は全員を見渡し、静かに切り出した。


「皆、この数日間の働きぶりは実に見事だった。君たち自身の力で、この店の空気は完全に入れ替わった。だが、俺が本当に目指しているのは、ここからだ」


従業員たちが、真剣な眼差しで俊の言葉に耳を傾ける。


「俺が今日から教えるのは、君たちが手に入れたこの成功を、誰にでも再現可能で、未来永劫続くものにするための『仕組み』だ」


「し、仕組み……ですか?」


ブレンナーがおそるおそる問い返す。


「そうだ。いいか、皆。以前、俺が一度この店を離れた時のことを思い出してくれ。最初は黒板を書き、店頭での実演もやっていた。だが、俺がいなくなると、いつの間にか誰もそれをやらなくなっていた。なぜだか分かるか? あれは、君たちのその時の『やる気』に頼った、一過性のものだったからだ。やる気というものは、どうしても波がある。だからこそ、その波に左右されず、常に正しいことをやり続けられるための『仕組み』……つまり、店のルールであり、日々の習慣が必要なんだ」


俊は、全員の顔を見渡しながら、ゆっくりと続けた。


「俺やティアがいつまでもこの店にいられるわけじゃない。俺たちが去った後、また以前のような状態に戻ってしまっては、何の意味もない。だからこそ、この成功を一過性のものにせず、君たち自身の力で、未来永劫この店を守り、発展させ続けるための『仕組み』を、今からこの店に築き上げる」


その力強い言葉に、従業員たちの目の色が変わった。彼らは、俊がやろうとしていることの重要性を、ようやく理解し始めたのだ。


「まず、一つ目の仕組みだ」


俊は、ティアが用意していた数冊の真新しいノートをテーブルに置いた。


「これを、俺は『顧客ノート』と呼んでいる。昨日までの君たちの接客は、素晴らしかった。だが、それは個人の記憶と感覚だけに頼ったものだ。それでは、担当者が休んだり、忘れてしまったりすれば、その価値は簡単に失われてしまう」


俊は、一冊のノートを開き、ペンを走らせた。


「例えば、こう書くんだ。『染め物を買われたミリア様。亜麻色の髪を結い上げた上品なご婦人。青色がお好きで、ご主人への贈り物を探していた』。あるいは、『ホットワインを気に入ってくれたレオ様。快活な笑顔の青年で、次は肉料理に合う香辛料が知りたいと言っていた』。……たったこれだけでいい」


「これを、書くことに何の意味が……?」


若い店員が、不思議そうに問いかける。


「大きな意味がある。次にそのご婦人が来た時、君たちの誰であっても、『ミリア様、先日お求めになられた青い布、ご主人は喜んでおられましたか?』と声をかけることができる。青年が来れば、『レオ様、先日お話しされていた肉料理にぴったりの香辛料が、ちょうど入荷しましたよ』と、最高の提案ができる。これがどういうことか分かるか?」


俊は、ティアに視線を送った。ティアは、にこりと微笑んで答える。


「お客様は、『私のことを覚えていてくれたんだ』って、すごく嬉しくなると思う。ただの店員とお客さんじゃなくて、もっと、特別な関係になれるっていうか」


「その通りだ。これが、顧客ノートがもたらす最大の効果、『顧客との関係構築』だ。一度特別な関係を築けたお客様は、少々のことでは他の店に移らない。それどころか、友人や家族に『あの店はいいぞ』と、自ら宣伝してくれるようになる。一分かけてこのノートに書き込む作業が、未来の十人の新しい客を連れてきてくれるんだ。これを、君たち全員で共有し、店の財産にしていく」


従業員たちは、ノートの持つ本当の価値に気づき、ごくりと喉を鳴らした。


「そして、二つ目の仕組み。これが最も重要だ。『週次ミーティング』を、この店の文化にする」


俊は、壁に掛けられたカレンダーを指さした。


「毎週、週の終わりの閉店後に、必ず一時間、全員で集まる時間を設ける。そこで話し合うことは、たった三つだ。『今週の成功』、『今週の課題』、そして『来週の目標』。これを、ブレンナー支店長が中心となって進めてもらう。もちろん、この一時間は残業として、きっちり給料を出す。君たちの貴重な時間を、店の未来のために使ってもらうんだからな」


「私が、ですか……?」


ブレンナーは、自信なさげに自分を指さした。


「そうだ。これは、会頭からの報告会じゃない。君たちが、自分たちの店をどうすればもっと良くできるか、全員で知恵を出し合う作戦会議だ」


俊は、ホットワインの実演を成功させた若い店員に向き直った。


「例えば、君だ。今週のホットワインの実演は成功だったな。ミーティングの練習だと思って、報告してみてくれ。『今週の成功』として、何が言える?」


突然指名され、若い店員は戸惑いながらも、必死に言葉を探した。


「は、はい!ええと……特に、体を温めるという物語がお客様に響いたようで、『贈り物にしたい』という声を、何人かのお客様からいただきました」


「素晴らしい報告だ」と俊は頷いた。「『贈り物』。いいキーワードだ。……さあ、皆で考えてみよう。この『贈り物にしたい』というお客様の気持ちに、俺たちはどう応えられる? 茶葉担当、君ならどうする?」


俊に促され、茶葉担当の女性店員がおずおずと口を開いた。


「えっと……私の担当している茶葉の中にも、体を温める効果のあるものがあります。なので、その香辛料とセットにして、『冬のあったかギフト』としてお売りするのはどうでしょうか……?」


「いいアイデアだ!」今度は、染め物担当の年配店員が、興奮したように声を上げた。「そのセットを、この温かい色合いの布で巾着みたいに包んでやれば、もっと特別な贈り物になるんじゃないか?」


「……そうだ、それだ!」


次々と生まれるアイデアに、従業員たちの顔が輝いていく。俊は、その様子に満足げに頷いた。


「見たか? たった一つの成功報告から、新しい商品が生まれようとしている。これが、このミーティングの力だ。課題が出た時も同じだ。染め物担当、君の布は美しいが、値段が高くてお客様がためらうことがあるだろう?」


「は、はい……」


「そんな時は、一人で悩むな。『どうすればこの布の価値が伝わるか』を、全員で考えるんだ。『小さな小物にしてみよう』とか、『手頃な茶葉とセットにしてみよう』とか、一人では思いつかないような解決策が、きっと見つかるはずだ」


俊は、ブレンナーの肩に手を置いた。


「支店長である君の仕事は、一人で全ての答えを出すことじゃない。皆の中から、最高の答えを引き出すことだ。このミーティングは、そのための最高の武器になる。これを続ければ、君たちの店は、俺がいなくても、自らの力で考え、成長し続ける『生きた組織』になるんだ」


顧客ノートと、週次ミーティング。俊が提示した二つの仕組みは、どちらもシンプルだが、組織を根本から変える力を秘めていた。


それは、答えを上から与えるのではなく、現場の人間が自ら答えを見つけ出し、成長していくための、究極のコンサルティングだった。


従業員たちの顔からは、いつしか不安の色が消え、自分たちがこれから作り上げていく未来への、確かな希望の光が宿っていた。


「……ありがとうございます、俊さん」


ブレンナーが、深く、深く頭を下げた。


「俺は、今まで何も分かって いませんでした。ただ、売上が落ちていくのを、どうすることもできずに見ているだけだった……。ですが、今なら分かります。俺たちは、変われる。この店を、フォルクナー商会で一番の店にしてみせます!」


その力強い宣言に、他の従業員たちも「はい!」と力強く頷いた。


彼らはもう、ただの指示待ちの店員ではない。自らの店を、自らの手で再建していく、誇り高き改革者たちの顔つきになっていた。

執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!感想や評価もいただけると嬉しいです。

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