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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第8話 商会への帰還、新たなるチーム

大掃除の翌朝。フォルクナー商会グランツ支店は、昨日までの淀んだ空気が嘘のように、朝日を浴びて清々しく輝いていた。ブレンナーをはじめとする従業員たちは、開店前の店内に集まっていた。その顔にはまだ戸惑いの色が残っているものの、昨日とは明らかに違う、かすかな緊張感が漂っていた。


俊とティアは、綺麗になったカウンターの前に立ち、全員を見渡した。


「さて、今日から君たちに、もう一度仕事の基本を叩き込む」


俊の静かな宣言に、従業員たちがごくりと喉を鳴らす。


「だが、難しいことは何もない。昨日、俺は君たちに『自分たちの職場に誇りを持つこと』が第一歩だと言った。今日やるのは、その『誇り』をお客様に伝えるための、具体的な方法だ」


俊は、店の隅から、昨日まで放置されていた黒板を持ってきた。


「まずはこれだ。以前も教えたが、なぜこれが必要なのか、本当の意味を理解している者はいないだろう」


俊は、一番年配の従業員に問いかけた。


「なぜ、店の前に『本日のおすすめ』を書く必要がある?」


「そりゃあ、客に、おすすめの商品を知らせるためじゃ……」


「半分正解で、半分不正解だ」


俊はきっぱりと言った。


「いいか、これは単なる『お知らせ』じゃない。店の外を歩いている、まだ俺たちの客じゃない人たちへの、『手紙』なんだ」


「て、手紙……?」


「そうだ。『私たちの店には、今日、こんなに素晴らしいものが入りましたよ。あなたの生活が、もっと豊かになるかもしれません。少し、覗いてみませんか?』という、心のこもった手紙だ。君たちは、そんな気持ちでこの黒板を書いていたか?」


従業員たちは、誰一人として頷けなかった。彼らにとって、黒板はただの「作業」でしかなかったのだ。


「では、ティア。君がこの香辛料についてお客さんに手紙を書くなら、何と書く?」


俊に促され、ティアは一歩前に出た。彼女は少し考えた後、チョークを手に取ると、可愛らしい、しかし丁寧な文字でこう書いた。


『旅の商人さんから、南国の珍しい香辛料が届きました。お魚料理に少し振りかけるだけで、いつもの食卓が、まるで冒険みたいに楽しくなりますよ!』


その文章には、ただの商品説明ではない、わくわくするような物語があった。


「……なるほど」


ブレンナーが、感心したように呟く。


「これが、『価値』を伝えるということだ。そして、もう一つ。お客様が店に入ってきた時、君たちはどんな顔で迎える?」


俊は、従業員たちに分かりやすいよう、ティアと二人で悪い見本を演じてみせることにした。


「まず、俺が店員役で、ティアが客役だ」


俊がそう言うと、ティアはにこやかに店の入り口から入ってくる客を演じた。それに対し、店員役の俊は覇気のない声で「……へい」とだけ返し、カウンターに頬杖をついた。


「……どうだ? 何か買いたいと思うか?」


その態度の悪さに、従業員たちは思わず苦笑する。


「では、次はこうだ」


今度は、俊がぶっきらぼうな客を演じ、ティアが店員役を務める。俊はわざと不機嫌そうな顔で商品棚を眺め、ぼそりと呟いた。


「……なんだ、ろくなもんが置いてねえな」


それに対し、ティアは臆することなく、にこやかな笑顔で近づいた。


「お客様、何かお探しでいらっしゃいますか? もしよろしければ、お手伝いいたします!」


その太陽のような笑顔と、自信に満ちた言葉に、俊が演じていた不機嫌な客の顔が、思わず少しだけ和らいだ。


「……すごい」


若い店員が、ぽつりと呟いた。


ティアがやっていることは、特別なことではない。しかし、その一つ一つの所作には、お客様に「歓迎されている」と感じさせる、温かい心がこもっていた。


「接客とは、ただ商品を売ることじゃない。お客様がこの店で過ごす時間を、どれだけ気持ちの良いものにしてあげられるか。それができれば、たとえその日は何も買わなかったとしても、お客様は必ず、この店のことを覚えていてくれる。……これが、『顧客体験』というやつだ」


俊の言葉は、従業員たちの心に、深く、静かに染み込んでいった。


その日の午後。俊とティアは店の奥から、従業員たちの様子を見守っていた。その前には、ティアの書いた黒板が置かれている。


その前で足を止め、興味深そうに中を覗き込む客が、昨日までとは比べ物にならないほど増えていた。


一人の女性客が、おそるおおそる店に入ってくる。カウンターに立っていた若い店員は、一瞬緊張した面持ちになったが、ティアの顔を思い出すと、ぎこちないながらも、精一杯の笑顔を作った。


「い、いらっしゃいませ!」


その声はまだ小さかったが、確かに「歓迎」の気持ちがこもっていた。女性客は、その笑顔に安心したように表情を和らげ、店員におすすめの香辛料について尋ね始める。


若い店員は、俊に教わった通り、商品の説明だけでなく、その香辛料を使った簡単な料理のレシピまで、楽しそうに話して聞かせた。やて、女性客は「ありがとう、試してみるわ!」と言って、一つの香辛料を買っていった。


「……ありがとうございました!」


店の外まで客を見送った若い店員の顔には、今まで誰も見たことのない、晴れやかな、そして誇らしげな笑顔が浮かんでいた。その小さな成功体験が、何よりの薬だった。彼は、初めて「自分の力で商品を売った」という、確かな手応えを感じたのだ。


その様子を見ていた他の従業員たちの間にも、静かだが、確かな変化の空気が流れ始めていた。俊は、その光景に静かに頷くと、隣に立つティアにそっと声をかけた。


「見たか。あれが、『誇り』を取り戻した人間の顔だ」


俊は、言葉を続ける。


「だが、まだ始まったばかりだ。彼らが自信を取り戻し、心から仕事を楽しめるようになった時……もう一度、あの店の前で実演販売を始める。今度は、俺がやらせるんじゃない。彼らが、自らの意志で『やりたい』と思うような、最高の舞台をな」


俊の視線は、店の活気を取り戻した、その先の未来を見据えていた。

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