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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第8話 商会への帰還、新たなるチーム

コルネ亭の仲間たちに見送られ、俊とティアは王都の中央広場を抜け、フォルクナー商会へと向かった。


立派だが、どこか往年の輝きを失っている商会の建物を見上げ、ティアはごくりと喉を鳴らす。パン屋の娘として生きてきた彼女にとって、そこは全くの別世界だった。


「大丈夫か? 緊張してるな」


「う、うん……。なんだか、空気が違うというか……」


「気負う必要はないさ。やることは、コルネ亭でやってきたことと何も変わらない。問題を見つけて、解決する。それだけだ」


俊の落ち着いた声に、ティアは力強く頷き、きゅっと表情を引き締めた。二人で商会の重厚な扉を開けると、中では数人の従業員が忙しなく働いていたが、その顔にはどこか活気がなく、商会全体が静かな停滞に沈んでいるのが見て取れた。


俊はまっすぐに会頭室へと向かう。扉をノックすると、中から「入れ」という、少し疲れたような声が聞こえた。


「失礼します、ラッドさん。戻りました」


会頭室では、ラッドが山のような書類に埋もれ、眉間に深い皺を寄せていた。俊の顔を見るなり、その表情がぱっと明るくなる。


「俊か、戻ったんだな。……後ろの女性は誰だ?」


ラッドの視線が、俊の後ろに立つティアに向けられ、怪訝そうな表情に変わった。彼がティアと会うのは、これが初めてだった。


「まずは、先日の件でお礼を言わせてほしい。ラッドさんが商会の印章を貸してくれたおかげで、証明会は成功できた。本当にありがとう」


俊が深く頭を下げると、ティアもそれに倣った。


「ありがとうございました!」


「ふん。俊の手腕を見込んで投資したまでだ。当然の結果だろう」


ラッドはぶっきらぼうに言いつつも、その口元は少し緩んでいた。


「それで、改めて紹介するぞ。俺の初めての助手兼、弟子になってもらったティアだ」


「えっ」


ラッドは、予想外の言葉に素で間の抜けた声を漏らした。


「助手……? パン屋の娘をか?」


「ああ。彼女はただの看板娘じゃない。現場の空気を読み、顧客の心に寄り添う才能がある。何より、俺のやり方を間近で見て、誰よりも早く吸収する力を持ってる。これからの商会改革には彼女のような視点が必ず必要になるはずだ」


その言葉に、ティアは改めて深々と頭を下げた。


「ティアと申します! 至らない点も多いかと思いますが、俊さんの下で精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします!」


その真っ直ぐな瞳と、芯の通った声に、ラッドは一瞬目を見張った。噂に聞いていた、おっとりとしたパン屋の娘とは、少し印象が違う。


「……俊が言うなら、何か考えがあるんだろう。ティア、だったな。よろしく頼む」


ラッドがぶっきらぼうながらも認めると、ティアはほっとしたように表情を和らげた。


「さて、早速で悪いが、まずは現状の確認からだ」


俊がそう切り出すと、ラッドは待ってましたとばかりに、机の上の書類を広げた。


「俊の指示通りにやってみたが、結果はこれだ。全体の売上は横ばい。特に、グランツの支店が足を引っ張っている」


「分かった。まずは現状の数字を正確に把握したい。王都本店と各支店の、この一か月の売上日報と在庫のリストを見せてもらえるか?」


俊の言葉に、ラッドは分厚い帳簿の束を差し出す。俊はそれを素早くめくりながら、重要な数字を頭に叩き込んでいく。ティアもその隣で、真剣な眼差しで帳簿を覗き込み、何かを書き留めていた。


しばらくして、俊は帳簿から顔を上げた。


「やはり、現場を見なければ具体的な策は立てられない。以前話した通り、明日から支店の視察に出よう。最初の目的地は、問題の港町グランツの支店だ」


「分かった。馬車は手配させる。ティアも連れて行くのか?」


「もちろんです。彼女には、俺とは違う視点で店の問題点を見つけてもらいます。準備ができ次第、出発しましょう」


俊の力強い言葉に、ラッドは深く頷いた。彼の目には、一か月前にはなかった、確かな希望の光が宿っていた。


こうして、俊とティア、そしてラッドによる新生フォルクナー商会再建チームが、本格的に始動したのだった。


翌朝、フォルクナー商会の前には、長旅に備えた一台の馬車が停まっていた。ラッドに見送られ、俊とティアは馬車に乗り込む。


「頼んだぞ、俊。……ティア、だったな。こいつをしっかり支えてやれ」


「はい! 行ってまいります!」


ぶっきらぼうな激励の言葉に、ティアは元気よく返事をした。


御者の出発の合図とともに、馬車はゆっくりと石畳の上を滑り出す。ゴトゴトと心地よい揺れに身を任せながら、ティアは窓の外を流れる王都の景色を、少し名残惜しそうに見つめていた。


生まれてからずっと過ごしてきた街を、自分の仕事のために離れる。それは彼女にとって、初めての経験だった。


一方、俊はすでに仕事の顔に戻っていた。彼は鞄からグランツ支店の帳簿と王都周辺の地図を広げ、鋭い目で数字を追っている。


「ティア。経営アドバイザーとして問題に取り組む時、最初にすべきことは何だと思う?」


突然の問いかけに、ティアははっとして俊に向き直った。


「え、えと……。お客様の、話をよく聞くこと……?」


「それも正解だ。だが、もっと重要なことがある」


俊は地図の一点を指さした。


「『現地現物』。自分の目で現場を見て、自分の手で現物に触れることだ。帳簿に書かれている数字は、あくまで『結果』でしかない。俺たちは、その数字を生み出している『原因』を、現場で見つけ出すんだ」


それは、俊が前世で叩き込まれた、仕事の基本中の基本だった。


「だから、これは君にとっての最初の授業だ。グランツに着いたら、まず何をするべきか、考えてみてくれ」


「最初の、授業……」


ティアはごくりと喉を鳴らし、真剣な表情で考え始めた。ただついていくだけではない。自分も、この商会改革の一員なのだ。


「うん! 頑張るね!」


ティアは小さな手帳を取り出すと、俊の言葉を懸命に書き留め始めた。馬車は王都の城壁を抜け、街道をひた走る。石畳が土の道に変わり、のどかな田園風景が窓の外に広がっていた。


それから幾日が過ぎ、馬車が港町グランツに近づくにつれて、風の匂いが変わった。乾いた土埃の匂いに、次第に潮の香りが混じり始める。


やがて、カモメの甲高い鳴き声が聞こえ、活気のある人々の喧騒が馬車の中にまで届いてきた。


「着いたか……」


俊が呟くと同時に、ティアは窓の外の光景に目を輝かせた。


「わあ……! すごい……! 王都とは全然違う!」


王都の整然とした雰囲気とは全く違う、混沌とした活気がそこにはあった。ひしめき合うように建てられた建物の間を、屈強な船乗りや、異国の衣装をまとった商人たちが大きな声で言葉を交わしながら行き交っている。


生まれてからずっと王都で育ってきたティアにとって、街全体が巨大な市場のように生き生きと躍動するその光景は、圧倒的で、少しだけ目眩がするほどだった。


馬車を降りた俊は、その活気を肌で感じながら、思考を巡らせていた。


(この活気の中で、なぜフォルクナー商会の支店だけが、客足を失っているんだ……?)


「俊さん、まずは支店に行ってみる?」


「いや」


ティアの問いに、俊は首を横に振った。


「今日はもう遅い。宿を取って休む。支店に行くのは明日からだ。……さて、ティア。授業の続きだ。俺は一度この街を調査し、店に改善策を施した。だが、数字は元に戻った。明日、店に入る前に、俺たちがまず確認すべきことは何だと思う?」


問われたティアは、少し考えた後、王都を出る前に書き留めた手帳を見返し、そして、まっすぐに俊の目を見て答えた。


「……前回、俊さんが施した改善策が、今もちゃんと実行されているかどうか……。外から見て、店の雰囲気がどう変わってしまったのかを、まず確認すること?」


その的確な答えに、俊は初めて、師匠のような顔で満足げに頷いた。


「正解だ。問題は『何をするか』じゃない。『なぜ、それが続かないのか』だ。俺たちはその根本原因を見つけ出す。いいか、戦いはもう始まっているんだ」


俊の言葉に、ティアは力強く頷き返した。彼女の瞳には、もはや不安の色はなく、これから始まる新たな挑戦への、確かな覚悟の光が宿っていた。

執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!感想や評価もいただけると嬉しいです。

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