第7話 再び流れる黒い噂
「公開品質証明会」の開催を決めた翌朝、コルネ亭のテーブルには、上質な羊皮紙とインクが用意されていた。
俊がこれから書くのは、単なるイベントの案内状ではない。この戦いの勝敗を左右する、重要人物たちを招聘するための、戦略的な「招待状」だ。
「俊さん、本当にこんな大げさなことをして、偉い人たちが来てくれるのかな……」
ティアが、不安そうな顔で羊皮紙を見つめる。彼女の不安は、その場にいる全員が共有するものだった。
「ただ『来てください』とお願いするだけじゃ、まず来ないだろうな。特に、うちが悪評の的になっている今は」
俊は、ペンをインクに浸しながら、落ち着いた声で答えた。
「だから、彼らが『来なければならない』状況を作るんだ。これは、彼らに宛てた挑戦状でもある」
俊は、サラサラと羊皮紙に文字を綴っていく。
最初に書かれた宛名は、王都商業ギルドのギルドマスター、バルド・レンツ氏。次に、王都の治安を維持する衛兵団の地区隊長、オーブリー・ベルク氏。そして、いくつかの大商会の会頭の名前が続く。
「これは……」
そのそうそうたる顔ぶれに、アランが息を呑む。
「議題は、『王都における商取引の公正性を揺るがす、悪質な風説の流布に関する一件』。こう書くことで、これは俺たちだけの問題じゃない、王都全体の商業秩序に関わる問題だと、彼らに認識させるんだ」
俊は、書き上げた招待状の内容を、皆に読み聞かせた。
そこには、助けを求めるような言葉は一切書かれていない。あるのは、悪質な噂によって市場の公正性が脅かされているという事実の指摘。
そして、その疑念に対し、我々は公開の場で、揺るぎない事実をもって潔白を証明する、という強い意志表明。
結びの言葉は、こう締め括られていた。
『つきましては、皆様には単なるご来賓としてではなく、この一件の「公的な証人」、そして「裁定者」としてご臨席賜りたく、お願い申し上げる次第です』
「……すごい」
ティアが、感嘆の声を漏らした。下手に出てお願いするのではなく、むしろ相手に「裁定者」という役割を与え、当事者として引きずり込む。
招待状を受け取ったギルドマスターたちは、これを無視すれば、「市場の秩序を守る」という自らの権威と責任を放棄したことになるのだ。
「これなら、来てくれるかもしれない……!」
アランの顔に、希望の光が差した。
「ああ。だが、これだけじゃまだ足りない。最後にもう一押し、決定的なくさびを打ち込む」
俊はそう言うと、別の羊皮紙を取り出し、短い手紙を書き始めた。宛名は、ラッド・フォルクナー。
「ラッドさんに、紹介状を頼むんですか?」
「いや、もっと強力な依頼だ。この招待状に、ラッド・フォルクナー商会の『公式な印章』を押してもらいたいんだ」
現在は売り上げが落ち込んでいたとはいえ、王都でも五指に入る大商会の公式な印章。その重みは、計り知れない。これが押された招待状は、もはや一個人の訴えではなく、フォルクナー商会が後ろ盾となった、公式な問題提起へと変わる。
「……そこまで考えていたなんて」
ロランが、呆れたように、しかしどこか誇らしげに呟いた。その日の午後、俊はラッドの元を訪れ、事情を説明し、見事に商会の印章を借り受けることに成功した。
真っ赤な封蝋に、フォルクナー家の紋章がくっきりと刻印された招待状は、もはや誰も無視できないほどの威圧感を放っていた。
「よし。ティア、アラン。これを、それぞれの宛先に届けてきてくれ。胸を張って、堂々と渡すんだ。俺たちは何も間違ったことはしていないんだからな」
「「はい!」」
ティアとアランは、緊張した面持ちながらも、力強く頷くと、重々しい招待状を手に、王都の街へと駆け出していった。
その頃、商業ギルドの執務室では、ギルドマスターのバルドが、届けられた一通の招待状を手に、難しい顔で眉間に皺を寄せていた。
「……フォルクナーの印章だと? 一介のパン屋の問題に、あの男がなぜ……?」
バルドは、招待状に書かれた挑戦的な文面を読み返し、ふ、と口の端を吊り上げた。
「民衆の前で品質を証明する会、か。面白い。若造が、一体どんな芝居を見せてくれるのか。見届けてやろうじゃないか」
壮大な情報戦の舞台は、こうして着々と整えられていった。
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