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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第6話 コルネ亭の再調査

熱気の残る試食会が一段落し、全員の顔には満足感と期待が浮かんでいた。俊は、その場の空気を引き締めるように、パン、と一つ手を叩いた。


「さて、と。最高の武器は揃った。次に、これをどう売っていくか、具体的な作戦を決めよう」


俊の言葉に、アランとニコラはごくりと喉を鳴らし、真剣な眼差しを向ける。


「『とろけるアイスサンド』は、基本的にアランの店で販売する。そのための運用ルールを今から説明する」


俊は、指を一本ずつ折りながら、淀みなく説明を始めた。


「まず一つ目。コルネ亭からアランの店へ、毎日、開店前にミルクパンと数種類のジャムを納品してもらう。ロランさん、エマさん、お願いできますか?」


「おう、任せとけ!」

「ええ、もちろんよ!」


ロランとエマは、力強く頷いた。


「二つ目。アランの店でのオペレーションだ。注文が入ったら、アランがパンを専用の窯で温め、アイスを挟む。そして、ニコラがお客様に『ジャムはどれにしますか?』と聞いて、選ばれたものをかけて提供する。お客様に選んでもらう、という一手間が、満足度をさらに引き上げるんだ」


「なるほど……僕がパンを温めて、ニコラさんがジャムを……」

「私、がんばります……!」


アランは自分の役割を反芻し、ニコラはきゅっと拳を握りしめた。


「そして三つ目。これが一番重要だ。宣伝。アランの店には、『このパンとジャムはコルネ亭の特製です』という内容の掲示を必ず出すこと。そして、ニコラは商品を渡す時、『パンとジャムは、あちらのコルネ亭でもお買い求めいただけますよ』と、必ず一言添えるんだ」


「なるほど! うちの店に来たお客さんを、コルネ亭に誘導するんですね!」


アランが感心したように声を上げる。


「その通り。逆も然りだ。コルネ亭でも、『アランさんの店で、うちのパンを使った絶品アイスサンドが食べられます』と宣伝する。こうしてお互いの店を紹介し合うことで、俺たちは一人では得られない、二倍、三倍の力を手に入れることができる。これが、ライバル店には絶対に真似できない、俺たちの『勝利の方程式』だ」


俊の言葉に、その場にいた全員の心が一つになった。


ただの商品開発ではない。これは、二つの店が手を取り合って、巨大なライバルに立ち向かうための、壮大な共同作戦なのだ。


「よし、じゃあ早速準備に取り掛かろうか! 発売は三日後だ!」


俊の号令が、コルネ亭に力強く響き渡った。


その日から、二つの店は発売日に向けて一気に動き出した。


ロランとエマは、毎日安定して高品質なミルクパンと野菜ケーキを焼き上げるための手順を確立し、ティアは数種類のジャムを瓶詰めしていく。


俊は、ティアとニコラと共に、両方の店に掲示する黒板POPの制作に取り掛かっていた。


「『とろけるアイスサンド』のキャッチコピーは、『焼きたてパンのとろける奇跡、あなただけの特別な一口を』。野菜ケーキは、『畑の恵みを、優しい甘さに。コルネ亭の新しいお土産』。これでいこう」


俊が考えた詩的な言葉に、ティアとニコラは目を輝かせながら、丁寧に黒板へと書き写していった。


***


そして、運命の三日後。王都の空は、冬の澄んだ青色に輝いていた。


コルネ亭の店先には、ティアが心を込めて書いた黒板POPが置かれている。


『畑の恵みを、優しい甘さに。コルネ亭の新しいお土産、キャロットケーキとパンプキンケーキ、本日より発売です』

『アランの氷屋で、当店特製のミルクパンを使った絶品スイーツ『とろけるアイスサンド』が楽しめます!』


一方、アランの店にも、真新しい黒板が輝いていた。


『焼きたてパンのとろける奇跡、あなただけの特別な一口を。『とろけるアイスサンド』、新登場!』

『使用しているパンとジャムは、コルネ亭の特製品。お店でもお買い求めいただけます』


開店と同時に、コルネ亭には焼き菓子の甘い香りがふわりと漂う。早速、王都へ商売に来ていた行商人風の男が、目新しそうに野菜ケーキを眺めていた。


「ほう、野菜のケーキか。珍しいな。うちの娘は野菜嫌いで困っていたんだ。これなら食べるかもしれん。土産に一つもらおうか」


エマが笑顔で応対し、丁寧にケーキを包んでいく。幸先の良いスタートだ。


その頃、アランの店では、最初の『とろけるアイスサンド』の注文が入っていた。注文したのは、活発そうな二人の少女だ。


「わあ、本当にパンが温かい!」

「ジャム、クランダの実にしよっと!」


アランは少し緊張した面持ちで、窯で温めたミルクパンに、ひんやりとしたミルクアイスを素早く挟む。ニコラが少女たちからジャムの好みを聞き、とろりにかけて手渡した。


熱々のパンから溶け出したアイスが、甘酸っぱいジャムと混ざり合う。少女は、大きな一口を頬張った。


「……おいっしー! あったかくて、つめたくて、ふわふわで! 何これ、初めての味!」

「ほんとだ! こっちのリンゴジャムも最高!」


少女たちの歓声は、最高の宣伝文句になった。その声に惹かれるように、次々と客が足を止め、『とろけるアイスサンド』を注文していく。


ニコラは、俊に言われた通り、一人一人に笑顔で声をかける。


「ありがとうございます! 使っているパンとジャムは、コルネ亭というパン屋さんでも買えますので、ぜひ!」


昼過ぎになると、その効果ははっきりと現れ始めた。


「すみませーん! さっき氷屋さんでアイスサンドを食べたら、ジャムがすごく美味しくて! ほかのジャムも試したいと思ったのですが、ありますか?」


一人の青年が、少し興奮した様子でコルネ亭に入ってきた。ティアは「はい、こちらです!」と満面の笑みでミルクパンを指し示す。


アランの店を訪れた客がコルネ亭へ。コルネ亭でパンを買った客が、アイスサンドの噂を聞いてアランの店へ。


二つの店の間を、人々が楽しそうに行き交う。俊が描いた『勝利の方程式』が、王都の片隅で、確かに機能し始めた瞬間だった。


この一連の騒ぎを、苦々しい顔で見つめる男がいた。コルネ亭のライバル店の店主だ。


(何だ……? あの氷屋と、やけに客が出入りしている……)


自分の店の客足が、以前にも増して遠のいているのを感じる。いてもたってもいられなくなった店主は、自らアランの店へと向かった。


そして、そこで見た光景に、言葉を失う。


温かいパンと冷たいアイスの組み合わせ。客が楽しそうにジャムを選ぶ姿。そして、店員が当たり前のようにコルネ亭の名前を口にしている。


(馬鹿な……!? あの二つの店が手を組んだだと……!?)


店主は、急いで『とろけるアイスサンド』を一つ買い、店の隅で口にした。


「なっ……うまい……!」


焼きたてのパンの香ばしさ、濃厚なアイスの甘み、ジャムの酸味。それぞれの味が完璧に調和し、一つの完成された菓子になっている。


(こんなもの、どうやって真似しろと……!?)


次にコルネ亭へ足を運ぶと、そこには見たこともないオレンジと黄色のケーキが並んでいた。手土産にと買っていく客の姿を見て、店主は悔しさに唇を噛む。


コラボレーションという、模倣不可能なビジネスモデル。そして、野菜ケーキという、レシピの想像もつかない独創的な商品。


これまでの小手先の真似事とは、訳が違う。自分には決して踏み込めない領域で、あの店は再び輝きを取り戻そうとしていた。


店主は、初めて俊に対して、単なる苛立ちではない、畏怖に近い感情を抱いた。

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