第6話 コルネ亭の再調査
翌日、俊は一人、馬車に乗り、王都の端にあるコルネ亭を目指した。
(グランツ商会の立て直しは、時間がかかる仕事だ。だが、コルネ亭の問題は、すぐに解決しなければならない。俺が考案した施策に、何らかの欠陥があったとすれば……)
俊は、馬車の揺れに身を任せながら、頭の中で思考を巡らせる。彼の心は、まるで解けないパズルのように、混乱していた。
数時間後、俊はコルネ亭にたどり着いた。
店の前には、以前のような行列はない。だが、店の扉を開けると、パンの香ばしい匂いが俊を包み込んだ。
「いらっしゃいませ!」
ティアが、笑顔で俊を迎えた。
「ティア! 久しぶりだ!」
「俊さん! お久しぶりです!」
ティアは、俊の姿を見て、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「父さんも、母さんも、元気だよ! 俊さんが教えてくれたおかげで、毎日忙しくさせてもらってるんだ!」
ティアの言葉に、俊は安堵のため息をついた。だが、彼の心は、まだ不安で満ちていた。
「ティア。実は、グランツの支店から、パン屋の売上が落ちているという報告を受けて……」
俊がそう言うと、ティアの笑顔が消えた。
「ごめんなさい、俊さん……。俊さんが教えてくれた施策を、毎日欠かさず実践しているんだけど、なぜか売上が……」
ティアは、うつむきながら、そう言った。
「そうか……。ティア。俺がいない間に何があったのか詳しく話してくれないか? 何か、俺が見落としていたことがあるのかもしれない」
俊は、ティアにそう語りかけ、パン屋の売上が落ちた原因を一緒に探ることにした。
ティアは、俊に一つ一つ説明していく。
「まず、新作の『スイートクッキーブレッド』ですが、今でも一番人気。そして、ネーミング戦略や黒板POP、ポイントカードも、お客さんに好評で……」
ティアの説明は、以前と変わらない。俊が考案した施策は、完璧に実行されているように見えた。
だが、俊はティアの話を聞くうちに、ある違和感を覚えた。
「ティア。試食販売は、どうしている?」
「うん。毎日、店頭でやってるよ。でも、最近は、足を止めてくれるお客様が減ってしまって……。」
ティアの言葉に、俊は眉をひそめた。
「なぜだ……? 試食は、客を呼び込むための、最も効果的な施策のはずだ」
「それが……。近くにできた、新しいパン屋が、うちのパンを真似して、もっと安い値段で試食販売をしているの。それに、最近では……」
ティアは、言いにくそうに口を閉ざした。
「なんだ、教えてくれ」
「お客さんが教えてくれたんだけど、最近ではそのお店の店長さんが、街で私のことを悪く言いふらしているらしくて。『コルネ亭のパンは、俊さんという男にそそのかされて、不当に高い値段で売っている』と……」
ティアの言葉に、俊の顔が青ざめた。
(まさか、ここまでやるとは……! これは、ただの商売敵の嫌がらせじゃない。完全に、俺への個人的な攻撃だ……!)
俊は、拳を握りしめた。彼の心に、静かな怒りが込み上げてくる。
「分かった。ティア。この問題を解決する。まずは、そのパン屋の店長に会いに行くぞ」
「俊さん……。直接話に行って、本当に大丈夫かな……?」
「大丈夫だ。俺が、この問題を解決する」
俊は、ティアの言葉を遮り、そう言い切った。
俊は、パン屋の店長と対峙することを決意する。彼の心の中には、怒りと共に、ティアのパン屋を守り、彼女の努力に報いるという、強い決意が芽生えていた。
俊がライバル店と対峙することを決意したその日の午後。
「俊さん、本当に大丈夫……?」
ティアは不安そうな表情で俊の隣を歩いていた。俊が直接話すことに不安を感じているようだった。
「大丈夫だ。これは、俺の仕事だ。それに、ティアのパン屋を守るためだ」
俊は、ティアにそう言い聞かせ、ライバル店のパン屋へと向かう。
そのパン屋は、コルネ亭からわずか数軒先にあった。店頭には、コルネ亭と同じような黒板POPが置かれ、そこには『スイート・ブレッド』と書かれている。
(なるほど。ここまで露骨に真似しているとは……)
店の前では、店員がパンを配り、大きな声で客を呼び込んでいた。そのパンは、コルネ亭の『スイートクッキーブレッド』とそっくりだった。
俊とティアが店の前まで来ると、店員が試食用のパンを差し出してきた。
「いかがですか? 美味しいですよ! 近くの店よりも、もっと安くて美味しいパンです!」
店員の言葉に、ティアは顔を曇らせる。
「その言葉、聞くに堪えないな」
俊が静かにそう言うと、店員は怪訝な顔で二人を見つめる。
「なんだ、あんたたちは。ここは、店員しか入れないんだ!」
店員の言葉を無視し、俊は店の奥へと進んでいった。
店の奥には、パンを焼いている男が一人いた。男は、見慣れない二人が入ってきたことに、驚きを隠せない様子だった。
「……誰だ、あんたは?」
男が、警戒したようにそう言った。
「お前が、コルネ亭の施策を真似し、さらに悪質な噂を流している犯人か」
「……何のことだか、さっぱり分からないな」
男は、そう言いながらも、俊の目をしっかりと見つめている。
「とぼけるな。お前は、コルネ亭の『スイートクッキーブレッド』を真似し、値段を安くして、試食販売まで真似した。それだけじゃない。コルネ亭の悪評を街で言いふらしている」
「……だから、それがどうした。商売敵を蹴落とすのは、当たり前のことだろう」
男は、開き直ったようにそう言った。
「商売敵を蹴落とすのは、当たり前だ。だが、お前がやっているのは、真っ当な商売じゃない。客を呼び込むための悪質な噂を流すなんて、それは店の品位を落とす行為だ」
俊は、男の心を見透かすように、静かにそう言った。
男は、何も言えなかった。彼の顔には、俊に弱みを握られたかのような、屈辱感が浮かんでいる。
「お前のパンは、確かに安くて甘いパンだ。しかし、この街で一番うまいパンは、コルネ亭のパンだ。お前のパンが売れているのは、コルネ亭の施策を真似し、値段を安くしているからに過ぎない。お前が真似できるのは、店の看板や試食販売といった表面的な部分だけだ。だが、お客様は、その先にある本物の価値を見抜く。その違いが、お前とコルネ亭の、決定的な差だ」
俊は、男にそう言い聞かせ、店の外へと出た。
男は、その場に立ち尽くし、ただ呆然と俊の背中を見つめていた。彼の耳には、俊の言葉が、何度も何度も反響していた。
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