第5話 KPIツリーによる改善始動!
俊の号令で、グランツ支店は慌ただしく動き始めた。
「よし! 店員は全員、売り場に出ろ! まずは什器を動かすぞ!」
「什器、ですか?」
ブレンナーが戸惑う。今まで動かされたことのない重い棚や台に、店員たちの顔には不安が浮かんでいた。だが、俊の言葉に彼らの表情が引き締まっていく。
「そうだ! 今までの固定概念を捨てろ! この店は、今日から新しい命が吹き込まれるんだ!」
俊は力強く言い放つ。彼の言葉に、店員たちは未来への希望を見出していた。
ラッドはそんな彼らの姿を見て、満足げに頷いた。
「面白い。私も手伝おうか」
「ラッド商会長!」
ブレンナーが驚きの声を上げる。だが、ラッドは気にする様子もなく、一番重そうな木製の棚に手をかけた。
「さあ、皆でやるぞ!」
その声に、店員たちも続いて動き始める。
木製の棚が軋む音、床を滑る音、そして店員たちの掛け声が、今まで静まり返っていた店内に響き渡る。
「せーのっ! よいしょー!」
全員が汗を流しながら、棚を動かし、台を運び、商品を入れ替えていく。
俊は全体の指揮を執りながら、一つ一つの配置に指示を出していく。
「干し果物の棚は、一番奥に! 薬草とクランダの実を組み合わせた陳列は、入り口から入ってすぐの右手に!」
彼らの動きには、無駄がなかった。俊が指示を出すたびに、彼らはその意味を理解し、迅速に行動する。
やがて、その日の閉店時間までには、店のレイアウトは一変した。
入口から入ると、まず目につくのは、新しくなった薬草とクランダの実の陳列棚。その横には、干し肉とチーズが並べられている。そして、店の奥へと続く道には、日用品や珍しい布地が置かれている。
「よし! 完成だ!」
俊が声を上げると、全員が達成感に満ちた表情で、汗を拭った。
翌日。朝一番、開店前の店内に俊の声が響き渡る。
「よし、皆。昨日は商品の最適化、ご苦労だった。今日は『接客の型』を学ぶ。みんな、不安そうな顔をしているな。だが安心してくれ。接客は、特別な才能や経験がなくても、誰でも身につけられるものなんだ」
ブレンナーと店員たちは、俊の言葉に真剣な表情で耳を傾ける。
「接客を安定させることで、お客様に安心感を与えることができる。それが、この店を好きになってもらい、再び足を運んでもらうための、最初のステップだ」
俊は自ら店頭に立ち、手本を見せる。
「いいか、こんな風にやるんだ」
「いらっしゃいませ!」
店の戸口で笑顔を作り、手を広げて声をかける。
「お探しのものがございましたら、何なりとお申し付けください!」
続けて、商品を手に取り、客に差し出す仕草。
「ありがとうございました、またお越しください!」
最後に、深々と頭を下げて見送る。
「これを毎日、開店前に全員で行う。よし、それでは今日の開店だ!」
俊の言葉に、店員たちは一斉に返事をした。
「はい!」
開店の鐘が鳴ると、俊は店先に特設のブースを設けた。木製の台に薬草とクランダの実、そして試飲用の小さなカップが並べられている。
「よく見ておいてくれ。これが『実演販売』だ」
俊の言葉に、店員たちは固唾を飲んで見守る。
俊はまず、クランダの実と薬草を手に取り、通行人に向かって声を張り上げた。
「薬草だけでは苦くて、子どもが飲んでくれない…そんなお悩みありませんか?体調は治してあげたいけれど、苦くて暴れられるのは親としてもつらいですよね」
俊の声に、一組の親子連れが足を止める。
「しかし、このクランダの実があれば解決です!一緒に煎じることで、甘くて子どもも大人も飲みやすい味に大変身!さあ一口飲んでみてください!」
そう言うと、俊はあらかじめ準備していた試飲用のカップを差し出す。母親は一口飲むと、驚きの表情を浮かべた。
「おいしいわ! これならうちの子でも飲んでくれそうだわ!」
母親の言葉に、俊は満面の笑みで言葉を続ける。
「普段なら薬草が600リル、乾燥クランダの実が700リルのところ……この実演販売でお買い上げの方限定で、2つあわせてたったの1,000リルだ!」
その声に、興味を持った通行人が次々と立ち止まり、人だかりができていく。店の前は大賑わいとなり、中には実演販売に興味を持ち、店内に入っていく客も増えていく。
そして、店内で客を迎える店員たちは、皆が俊に教わった『接客の型』を完璧に実践していた。
「いらっしゃいませ!」「よろしければ、手に取ってご覧ください」
客は、活気のある店員たちの接客に、安心して買い物を楽しむ。
そして、客の多くが薬草とクランダの実を手に取り、そのまま店内の奥へと進んでいく。彼らの手には、干し肉やチーズ、ハチミツをかけた干し果物など、次々と商品が増えていった。
俊が設計した『導線』と『抱き合わせ』が、見事に機能していたのだ。
ブレンナーは、嬉しそうに客の様子を眺めている。
「……俊さん。お客さんが、とても楽しそうです」
俊は、ブレンナーの言葉に深く頷いた。
「そうだ。商売は、物を売るだけじゃない。お客様に、買い物の『体験』という付加価値を提供すること。それが、客単価と再来店率を上げる、最高の秘訣だ」
その日の夕方、ブレンナーは嬉しそうに俊に報告した。
「俊さん! 今日の売上です!」
ブレンナーが差し出した帳簿を、俊は手に取る。そこに書かれた数字を見て、俊は目を丸くした。
「……ま、まさか……!」
数字は、昨日までの売上の三倍近くにまで伸びていた。
「信じられません! たった一日で、ここまで売上が伸びるなんて!」
ブレンナーが興奮気味に声を上げる。店員たちも、喜びの声を上げていた。
ラッドは、静かにその様子を見ていたが、深く頷いた。
「見事だ、俊。お前の言う『KPIツリー』は、この商会を変えるかもしれないな……」
その言葉に、俊は心の中で安堵のため息をついた。
(……一歩は踏み出せた。次はこの成功を王都にある店にも共有していく段階だ。ここからが、本当の勝負だ……)
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