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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第4話 ラッド・フォルクナー商会長の再生計画

俊たちの馬車が商館の前に停まると、石畳を叩く車輪の音に気づいた男が慌てて戸口から顔を出した。


「ラッド様……!おいでくださったのですか」


深い皺を刻んだ表情に、驚きと安堵が同時に浮かんでいる。


支店長を任されているという男――名をブレンナーと名乗った。だがその姿は、商会の看板を掲げるにはやや心もとなかった。衣服は埃にくすみ、背筋もわずかに曲がっている。


ラッドは眉をひそめつつも、毅然と頷いた。

「久しいな。フォルクナーの看板、まだ外されちゃいねぇだろうな」


「は、はい……ただ……」

ブレンナーの声は歯切れが悪く、視線は自然と下に落ちる。


俊は周囲に目を向けた。石造りの大通りに面した立地。だが扉や看板の塗装は剥げ、窓ガラスも曇っている。


隣の商館は軒先に商品をずらりと並べ、人だかりを作っているのに、こちらは閑散としたままだった。


(見せ方で差がついている……いや、それ以上に、店に覇気がない)


数字や仕入れの流れを確認する前から、目に見える課題は山ほどある。


支店の奥に入ると、薄暗い空気が一層際立った。


倉庫には品が積まれているが、整理は行き届いていない。帳簿を手にしたブレンナーが、消え入りそうな声で説明を始める。


「ここしばらくは……大口の商談もなく、小売りも隣の商館に流れてしまい……」


俊は机の上に広げられた数字を追いながら、唇を噛んだ。


仕入れのコストはそこまで変わっていない。それなのに売上が落ち込む一方ということは――。


(単価を下げて客数を取り戻すか、それとも価値を上げて価格を守るか。どちらにしても、戦略を組み直す必要がある)


ラッドは黙って帳簿を覗き込み、やがて低い声で告げた。


「ブレンナー、俺たちは店を立て直すために来た。腹を括れ」


その声音に、ブレンナーは肩を震わせ、小さく頷いた。


俊は視線を窓の外に向ける。陽はまだ高く、通りには絶え間なく人の流れがある。


色とりどりの衣服、見たこともない商品。


その熱気に触れながら、彼の胸には奇妙な高揚感があった。


(王都とは違う市場。流通も、人の気質も、商売の形も違うはずだ。なら、ここにはここに合った戦い方がある)


支店奥の帳場でひととおり話を聞き終えた俊は、帳簿を閉じて深く息を吐いた。


埃をかぶった机、黄ばんだ帳簿、重たい空気。だが同じ空気を吸いながらも、通りの向こうでは人の声と熱気が渦を巻いている。


「……わかりました。今日はまず、街の様子を見て回ります」


俊が静かに告げると、ラッドが頷いた。


「ブレンナー、帳簿と倉庫は任せておけ。俺たちは通りを歩いて肌で感じてくる」


ブレンナーは不安げに眉を寄せたが、やがて観念したように「はい……お気をつけて」と言って見送った。


外に出ると、眩しいほどの陽光と人の波がふたたび押し寄せる。


馬車を引く荷役人が短く声を上げ、香辛料の袋を担いだ異国風の商人がすれ違う。


俊は立ち止まり、目の前の通りをじっと観察した。


隣の商館では、店員が通りに向かって声を張り上げ、商品を手に取らせ、秤に載せては軽快に数字を告げている。


そのやり取りに引き込まれるように人々が集まり、軒先はひときわ賑わっていた。


客層も多様で、遠方からの旅商人、小売りの夫婦、若い徒弟までもが立ち寄っているようだった。


(なるほど。商館でも、ただ待つだけではなく、動きで存在を示しているのか。王都の整然とした商習慣とは違う……ここは人の目と声がすべてを決める場所だ)


俊がそう考えていると、護衛のリナが横で呟いた。


「客の流れが、川みたいに偏っている。あっちには群れを成すけど、こっちは素通りだわ」


「それはつまり、川をこちらに引き込む仕掛けが足りないってことだな」ラッドが応じる。


その声には焦りよりも、むしろ闘志の火が灯っていた。


***


俊は、隣の商館の店員が小さな秤を巧みに操りながら、次々と客の手を止めさせる様子を観察していた。


声は大きく、身振りは大胆で、多少強引でも笑いで押し切ってしまう。


「ほら、今朝仕入れたばかりだ。見ろ、この艶!」

「え、重さが足りない?いやいや、勘定はまけておいたから損はさせないって!」


客のひとりが訝しげに顔をしかめるが、周囲の笑いに飲まれてしまい、結局は財布の紐を緩めていた。


俊は目を細める。


(なるほど……“おおらかさ”で押し切る。王都なら不信を招くやり方でも、この街では商売の一部として受け入れられているのか)


少し先では、干し肉の束を巡って声を荒らげる客と店主がいる。客は「古いものを混ぜている」と怒鳴り、店主は「保存法が違うだけだ」とやり返す。


だがそのやりとりを、周囲の人々はむしろ面白がって見物していた。


「言い争いも呼び水ってわけね」


リナが小さく呟き、腕を組む。


確かに、口論が始まると一層人が集まり、結局は誰かが買い物をして立ち去っていた。


ラッドは腕を組み直し、低く唸った。


「こいつは根本的に王都と気風が違う。静かに構えていたら、存在ごと忘れられる街だな」


俊は頷いた。


(客が値切ろうとし、商人が言葉で押し返す。多少のごまかしや言い争いすら、この街では“娯楽”であり“見世物”なのかもしれない)


胸の奥に火が灯る感覚が広がる。数字では測れない、この土地ならではの呼吸がある。


王都仕込みの方法論をそのまま持ち込むのではなく――ここで通じる“型”を探さねばならない。


俊は三日間、市場の通りを観察して回った。


支店前を通る人数を刻み、どの店に人が立ち止まるかを記録し、どの商品が手に取られるかを数えた。


同じ調査を繰り返すことで、偶然の売れ行きではなく、この街の「呼吸」が浮かび上がっていった。


――果物屋や菓子屋は常に賑わい、昼時には惣菜屋に列が伸びる。

――朝は職人が道具や材料を求め、昼は主婦が香辛料や布を選び、夕暮れには酒とつまみを求める男たちが増える。

――人気のある店ほど、呼び込みや実演が派手で、笑い声や香りが人を足止めさせていた。


三日分の数字を平均しても、支店の前は例外なく「素通り」が大半を占めていた。


人の流れはあるのに、誰も足を止めない。


それはつまり――「品物の質ではなく、見せ方に欠けている」という揺るぎない結論だった。

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