第4話 ラッド・フォルクナー商会長の再生計画
俊は手元の紙にさらさらとペンを走らせた。
「今話した枝を、全部一本の図にしてみる」
あっという間に、左から右へ伸びる線と箱が広がっていく。
「ほら、こうだ」
俊は紙をラッドの方へ押しやった。そこには、KGIからKPI、さらにそれを達成するための末端施策までを樹形上に結んだKPIツリーが描かれていた。
「左端がKGI──年間売上4億リルだ。そこから客数と客単価に分かれ、それぞれがさらに細かく分解される。末端には、実際に現場で動かせる施策を書き込んである」
ラッドは図の一番右端に目をやる。
「……宣伝からの来店、紹介による来店……再来店率……高額商品販売……。で、その隣が施策か」
「そうだ。例えば『紹介による来店』なら、割引カードや紹介特典で数字を動かす。『高額商品販売』なら、贈答用商品を充実させる。末端を動かせば、その上の数字も動く。根っこから順にやっていくのが基本だ」
「なるほどな……こうやって見ると、確かに何をすりゃいいか迷わねぇ」
ラッドは感心半分、呆れ半分といった顔で図を眺め続けた。
「この枝のどこから手を付けるかは次に決める。まずはこの図で、商会の全体像とやるべき道筋を共有することが大事なんだ」
俊はKPIツリーの右下を指差した。
「KPIを達成するための施策に取り組む前に、まずは土台作りをやらなきゃならない。それが、この下に書いた“不随指標”だ」
不随指標には、
・在庫回転率向上
・品揃えの最適化
・接客スキル向上
と並んでいる。
「ここがガタガタだと、どんなに枝を伸ばしてもすぐに折れる。だから最初にここを固める」
俊は視線をラッドへ移し、静かに言い切った。
「まずは不随指標をより明確化するために、全店の視察に行くぞ」
ラッドは一瞬目を瞬かせたが、すぐに「わかった」とうなずき、帳場の奥から各店舗の所在地と責任者のメモを持ってきた。
「明日から回るか?」
俊は腕を組み、地図の上に視線を落とした。
「そうだな、明日は王都にある2店舗を回ろう。あさっては王都以外の1店舗を見たいけれど、どこにあるんだ?」
ラッドは地図の西側を指でたどり、ある地点を軽く叩いた。
「グランツだ。交易の中心として栄えている商業都市で、馬車で5日ほどの距離だ」
「商業都市か……」
俊は小さくうなずき、位置と特徴を頭に刻む。
(新しい市場を見るのは、やっぱり楽しみだ)
***
翌日、まず俊とラッドは南通りの店舗に訪れた。
入り口には色あせた看板、ドア横の棚には季節外れの厚手マントが積まれ、その上にはうっすらと埃が乗っている。
店内に足を踏み入れると、甘い香りとともに乾いた木の匂いが鼻に入った。
棚の奥には瓶詰めや干したハーブが並ぶが、何列かは明らかに長く動いていない。
ラベルの端が日焼けしており、手に取った瞬間に値札の糊が剥がれた。
俊は歩きながら、商品の配置や動線を目で追った。
客は2組だけ。1人は迷うように棚の前を行き来し、もう1人は手にした商品をそっと戻して店を出た。
「この辺の商品、最後に入れ替えたのはいつだ?」
俊の問いに、陳列中の店員が首を傾げる。
「えっと……半年くらい前かもしれません」
さらに奥の従業員スペースで休憩中のスタッフ2人にも話を聞く。
労働時間は長く、仕入れ品は上からの指示で決まるため、現場で自由に変えられないという。
「常連さんはいますが、新しい商品がないってよく言われますね」と1人が苦笑した。
俊は短くうなずき、手帳に【入れ替え頻度低い/現場裁量なし/新規呼び込み弱い】と書き込む。
中央市場近くの店舗
続いて市場近くの店舗。
周囲は魚や香辛料の匂いで活気に満ちているが、この店の前には立ち止まる客が少ない。
中に入ると、正面の陳列台には安売り札が貼られた商品がぎっしり。
しかし、割引の文字が目立つだけで、商品の特徴はほとんど伝わらない。
俊は市場の競合店を頭に思い浮かべながら、商品ラインナップを一つずつ確認していった。
旬の果物や季節限定品は見当たらず、代わりに余り物の乾物や、他の店では見切り品として扱われるような品が主力として並んでいる。
「客層は?」と俊が尋ねると、年配の店員が「ほとんどが地元の常連だ」と答える。
「観光客は?」「たまに来るが、買うのは少しだけだな」
別の若い店員に、お客様からの声を聞くと、「種類が少ない」「他の店のほうが安くて新鮮」と言われることが多いという。
俊はメモをとりながら、心の中で結論を固めた。
(在庫の鮮度と品揃え、それに商品の見せ方。全部立て直す必要があるな)
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