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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第19話 空の箱作戦

俊は、床に置かれた木箱から設計図を取り出すと、ティアに手渡した。


「ティア、急いで中身を点検してくれ。設計図の総枚数、そして、他に『製造台帳』などの機密文書がないか」


ティアは、頷くと、すぐに羊皮紙の束を調べ始めた。彼女の集中力は、パンの材料を計量する時と同じ几帳面さを発揮し、設計図の総枚数や、綴じられた順番を正確に確認していく。


俊は使用人の前に膝をついた。使用人は侯爵の執事の一人ではなく、専属の庭師兼、侯爵の私的な雑用係だということをティアの情報から既に知っていた。彼の名は、ローランといった。


「ローラン殿」


俊は、静かに語りかけた。


「あなたは今、人生の岐路に立っている。私に殺されるか、侯爵様に殺されるか、だ」


ローランは、悲鳴を押し殺し、顔を上げた。


「わ、わたくしは何も見ていません! 何も運びませんでした! お願いです、命だけは……!」


「嘘をつくな」


俊は、ローランが床に置いた空の木箱を指差した。


「あなたは侯爵様の国家反逆罪を幇助(ほうじょ)した。この設計図を運び、隠し扉を開けた時点で、あなたは共犯だ。あなたがこの場で私に殺されれば、侯爵様はすぐに『鉄の鎖』を使って、あなたの家族ごとドールから消し去るだろう。侯爵様は、自分の秘密を知った人間を生かしてはおかない」


ローランは、その言葉に絶望した。


「あ、ああ……やはり……」


「だが、私は貴殿の命を助けられる」


俊は続けた。


「私は、あなたを利用して、侯爵の権力基盤を崩壊させる。その手伝いをしてくれれば、あなたの命の安全は保証されるでしょう」


俊は、バルツ隊長に対して使ったのと同じ『生存の価格』を提示した。


「あなたは、侯爵の私的な事情を一番よく知っている。この隠し部屋の真の目的、そして侯爵邸内の監視の盲点、さらに侯爵の身辺で働く使用人たちの不満……全てだ。私に、その情報を全て提供していただきたい」


ローランは、震えながら金庫を指差した。


「ひ、ひみつは……。あの金庫の中に。侯爵様が、ここにもう一つ……『裏の帳簿』を隠していると……」


「裏の帳簿?」


俊は、その言葉に目を見開いた。


設計図は武力の核心。そして、裏の帳簿は経済の核心だ。


(侯爵は、魔導砲の設計図をここに隠しただけではない。最も安全だと信じるこの場所に、『鉄の鎖』との不正取引の全ての記録を隠したのか……!)


俊の最終目標(命の安全)は、設計図を奪うことで達成できる。しかし、『裏の帳簿』があれば、それは単なる防衛ではなく、侯爵の権力基盤を完全崩壊させるカウンターアタックの武器となる。


「ローラン殿、その帳簿の場所を詳しく教えてくれ」


俊は、言葉に力を込めた。


「それが、貴殿の命の値段だ」


俊は、床に座り込んだ庭師兼雑用係のローランに、静かに、しかし有無を言わせぬ力強さで迫った。ローランは、もう抵抗する気力を失っていた。


「わ、わかりました……」


ローランは、震えながら隠し部屋の中央に置かれた金庫を指差した。


「あの金庫の……左側の、鉄の蝶番ちょうつがいの裏です。侯爵様は、あの金庫の鍵を……別の場所に隠す手間を嫌い、ここに隠しています」


俊は、ローランの証言に目を見開いた。


(鍵を別の場所に隠す手間を嫌い、金庫の最も単純な部分に鍵を隠した……? 侯爵は極度の秘密主義を求めるが、その一方で、自分の身辺の簡潔さを優先する傲慢さがある。ローランは、その侯爵の『生活上の癖』を知っていたのか!)


「ティア」


俊は囁いた。


「ローラン殿の言う通りに、金庫の蝶番の裏を確認してくれ。音は絶対に立てるな」


ティアは、頷くと、ローランの証言を疑うことなく、すぐに金庫の元へ向かった。彼女の几帳面な指先が、金庫の鉄の蝶番の裏側を注意深く探る。


そして、小さな音と共に、彼女は古びた真鍮製の小さな鍵を取り出した。


「兄さん、これです」


俊は、その鍵で金庫の扉を開いた。金庫の内部は、魔導砲の設計図が収められていた木箱と違い、整然としていた。


そして、その中央には、分厚い羊皮紙が何度も綴じられた大きな一冊の帳簿が鎮座していた。俊は、その帳簿を静かに取り出し、ランプの光に照らした。


帳簿の表紙には、侯爵の私的な紋章が押されているだけだが、中身は違った。そこには、リルという通貨単位だけでなく、ヴェリディア王国の通貨単位も混在した、複雑な取引の記録が、詳細に、日付と場所、そして『黒い蛇の印』と共に記されていた。


『鉄の鎖』との不正取引の全ての記録。それが、侯爵が最も安全な場所に隠したかった、経済の核心だった。


「成功だ……」


俊は、心の底からそう呟いた。


(魔導砲の設計図は武力の核心だ。しかし、この『裏の帳簿』こそが、侯爵と宰相派、そして『鉄の鎖』の全ての経済基盤を崩壊させる、絶対的な『証拠』だ。これさえあれば、王都が動くまでの間に、侯爵は自ら破滅する!)


俊は、設計図と裏の帳簿の二つを、布で丁寧に包み込み、ティアに持たせた。


「ティア、これで全てだ。侯爵の命運は、この二つの羊皮紙に握られた」


「はい、兄さん」


ティアの瞳は、ランプの光を反射し、強く輝いていた。


俊は、ローランに向き直った。


「ローラン殿、貴殿の命は保証する。しかし、この部屋を出て、侯爵様にこの出来事を報告すれば、あなたの命は一瞬で終わる。あなたの次の合理的な選択は、この隠し部屋で静かに夜明けを待つことだ」


俊は、ローランに一枚の羊皮紙と羽根ペンを渡した。


「この羊皮紙に、侯爵邸内の監視の盲点、使用人たちの不満、そして、侯爵の私的な事情を全て書き記せ。それは、王にあなたの命を保証させるための、さらなる『価格』となる。朝になったら、裏の庭から出て、家族の元へ逃げろ」


ローランは、震える手で羽根ペンを受け取った。俊の言葉には、殺意ではなく、『生存の道筋』が示されていた。彼は、深く、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、シュン殿……!」


俊は、返事を待たずに、ティアと共に隠し扉へ向かった。


カチリ、と、隠し扉が音を立てて閉まる。


俊とティアは、再び、砦の冷たい地下通路の闇の中に戻った。彼らが持っているのは、侯爵の命運を握る『二つの核心(武力と経済)』。そして、脱出までの残り数時間という、冷酷なタイムリミットだけだった。

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