第3話 コンサル稼業、始動。最初のクライアントは“氷の店”
俊は早朝の涼しさのなか、氷の店の前に立って伸びをした。
夏の名残はまだあるものの、空気には確かに秋の気配が混じり始めている。
「よし、行くか。今日は市場の偵察だ」
開店前、アランとニコラを呼び出し、三人で王都の市場へ向かった。
目的は、新作アイスの素材探しだ。
王都の中央にある市場は、朝から多くの人々で賑わっていた。
果実、木の実、穀物、香辛料。見たこともない食材が並び、色とりどりの布をまとった露天が軒を連ねている。
俊は圧倒されながらも、興味津々で足を進めた。
「なあ、アラン。あの赤黒い実、なんていうんだ?」
「ああ、あれはクランダの実です。甘みの強い、少し酸味のある果物で……」
「ジャムにするとおいしいんですよ」と、ニコラが補足する。
「小さい頃、お母さんが作ってくれて……あの、食べてみますか?」
俊は頷き、露店の主人に頼んで試食させてもらう。
口に入れた瞬間、じゅわっと広がる甘酸っぱさと、種のまわりにあるねっとりした果肉の質感。
「……うん、これはいい。さっぱりした甘味で、ミルクベースのアイスとも相性がよさそうだ」
アランも頷き、「冷やすと、酸味がちょっとだけ引き立つんです」と付け加える。
歩きながら、今度は茶色い皮をつけた小さなナッツのような実を見つける。
「これも気になるな。中にあるのが可食部か?」
「はい。ロナッツという実で、少し炒ると香ばしくて……蜂蜜をかけて食べたりします」
「それ、ちょっと贅沢な味にできそうだな」
俊はメモを取るふりをしながら、頭の中で構成を組み立てていく。
少し進むと、干し草のかごに入った素朴な焼き菓子が並んでいた。
「これは?」
「朝ごはんに食べるクッキーです。村によって味が違うんですけど……」
ニコラが目を輝かせて言う。
「これ、砕いてアイスに混ぜたら、おいしいかも……」
俊はニコラを見る。
「いい発想だな。食感もアクセントになる」
「ほんとですか……?」
「お子さま連れの客にも受けそうだ。実際に使ってみる価値はある」
ニコラはうれしそうに笑った。
市場を一巡したところで、俊は手元の紙に三つの候補を並べて書き出した。
・クランダの実のアイス
・ロナッツと蜂蜜のアイス
・砕きクッキー入りのミルクアイス
「よし。三種類、これでいこう」
俊は満足げに頷き、三人はアランの店に戻ることにした。
「じゃあ、さっそく試しに作ってみよう!」
厨房の奥では、アランが市場で仕入れた果実やナッツ、クッキーを手際よく加工していた。
氷の魔法を応用し、素材の温度を調整しながら、三種の新作アイスを試作していく。
「次、クランダの実のアイス」
出来上がったアイスは、赤紫の果肉がミルクベースに混ざり、色がきれいで少し粒感のある見た目だ。
ニコラがそっとスプーンを差し入れ、一口食べる。
「……わあ、これ、すごくさっぱりしています。なのに、ちゃんと甘くて……おいしい!」
俊はうなずいた。「爽やかさで夏の余韻を感じさせる狙いだ」
続けて、ナッツとはちみつのアイス、クッキー入りのミルクアイスも試す。
アランは「ロナッツの香ばしさがちょっと強いかも」と呟き、蜂蜜の量を微調整する。
「これならいけるな。明日から販売を始めよう」
俊は満足げに言い、黒板のPOPを書き換えた。
──「新作アイス登場!店頭で試食できます!」──
それを見たアランが、不安そうに眉をひそめる。
「……でも、試食って……食べたら満足して買ってくれない人もいるんじゃないですか?」
俊はその言葉に少しだけ考え込み、やがて静かに言った。
「確かに、“買ってみようかな”って思っていた人が、試食して買わずに帰ることもあるだろうな」
「やっぱり……」
「でもな、たとえば“見た目は美味しそうだったけど、実際に食べたら好みじゃなかった”ってがっかりされたら、どう思う?」
アランは少し黙ってから答える。
「……あまり、いい気はしないですね」
「そう。それを俺たちは“ミスマッチ”って呼ぶ。期待してたものと、実際に手に入れたものが合わなかったときに起こることだ」
「ミスマッチ……」
「最初に味を知ってもらって、“おいしい!”って納得した人に買ってもらったほうが、満足度が高いし、また来てくれる可能性も高くなる。味のイメージと実際がぴったり合えば、嬉しくなるだろ?」
アランは「なるほど……がっかりさせないってことですね」と小さく頷いた。
俊はうなずき返す。
「紹介された人も、“ほんとに美味しかった!”って思えれば、そのまた次の人に伝えてくれる。それが一番の広がり方だよ」
翌日から、新作アイスの提供が始まった。
客には試食用の小さなスプーンを手渡し、「よろしければ一口、どうぞ」と声をかける。
ニコラの穏やかな笑顔も相まって、新作の評判はすぐに広まった。
「え、クランダの実ってこんなに甘酸っぱいのね!」
「このクッキー入りのやつ、子どもがめちゃくちゃ気に入っていて……また来ちゃいました」
「前より種類が増えていて、選ぶのも楽しい!」
紹介による来店も増え、アランの帳面には新たな名前が続々と記録されていく。
俊もその様子に満足げに頷きながら、次の施策を頭の中で練っていた。
──それから、ひと月が経った。
朝、開店準備をしていたニコラがふと呟いた。
「……最近、ちょっと涼しくなってきましたよね」
俊は顔を上げる。
確かに、吹き抜ける風には夏の湿気が薄れ、ほんのりと冷たさを帯びていた。
「昨日なんか、開店からお客さん来るまでにけっこう時間かかったし……」
アランが帳面を見ながら言った。
「売上……少し落ちてきていますね。やっぱり、冷たいものだから、暑い日の方がおいしいですもんね」
俊は黙ってそれを聞いていた。
そして、目を伏せて小さくうなずく。
(……そうだ。これは、予想していたことだ。だが、思ったよりも早く寒さがやってきた)
季節が変わる。アイスだけでは、この先の売上を維持できない。
俊はゆっくりと顔を上げ、遠くに見える煙突の煙と、その先の空を見つめた。
(日本では……冬でもこたつでアイスを食べる人がいたっけ)
(あったかい部屋で、冷たいものを食べるというギャップ。それを、どうやってこの世界で表現するか……)
俊の脳内で、いくつかの断片が浮かび始める。
暖炉。家族。団らん。笑顔。そして、冷たい甘味。
(よし……見せ方を変える。冬こそ、アイスが家族をつなぐ甘味になるんだ)
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