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第2話 フェリス・ラルクナ

       ◇

「自己紹介は――まあ、しなくって良いよな。めんどっちい」

 罪人番号七A四五FY六番、梧桐(ごとう)実樹(さねき)。なんとまあ、植物特化みたいな名だよなあ――。

 分厚い、何枚もの紙を紐で束ねた、和綴じの書類をめくりながら、彼は言った。

「オレの名は、まあ、分かるよな? 胸のトコ」

 名札を指差す。

「字、読めるかい? 目が(つぶ)れてる手合いじゃあねえよな、見た所」

「は、はい。目は、大丈夫です。視力は悪いですが」

 近づき、目を凝らす。

 喫煙者らしく、煙の匂いがした。

 桃の匂いに少し似ていた。

「あんま近づくんじゃねェよ、うっとうしい。オレ、あんたみたいなプー坊はシュミじゃねぇんだ」

 プー坊とは何だ、と心の中だけで思いながら、ごちゃごちゃとシールの貼られた、字の判読性(はんどくせい)がとても悪い名札を読む。

 格式ばったゴチック体で、

「フェリス・ラルクナ」

とあった。

「カッコいいだろ」

「フルネームあるの、珍しいですね」

 梧桐は言った。

 他の看守達はマグナとかラッドとか、三文字くらいのシンプルな物が多かった。

「ああ、アイツらのは通り名だよ。ブツ切れになった舌でも、罪人共がオレらを呼びやすいようにだと」

 看守――フェリスは顔をしかめる。

「オレは、そんな下らん理由のために改名なんてゴメンだぜ。何せオレっち、格調高い、お高貴な生まれの者だからな」

 そもそも、オレらを名前で直接呼ぶふてえヤローなんて、ほとんどいねえし。

 ハハハ、と大口を開けて笑い、

「これ、オレの歴代フレンズ」

と、名札の上で指をスライドしてみせた。

 見た所、ゲームセンターで撮ったプリントシール――プリクラらしい。

 これ地上で撮ったんだろうか、と梧桐は思った。

「何か……キョリ近いですね」

 ほとんどが男性とのツーショットなのだが、……相手のシャツの胸元に手を沿わせていたり、いかにも悪魔っぽいハート形の尻尾が腰に巻きついていたりと、その……初対面でいきなり見せられる写真としては、かなり、いや、――非常に気まずくなる類のものだった。

「結構ね。オレこう見えて、ネコ好きだから」

 一見文脈の読めないことを言い、尻尾をくねらせる。

「いきなりそんな話されてもですね」

「安心しろって。再三(さいさん)言うけど、オレは青二才のプー坊には興味ねーから」

 ベンチに足を組んで座り直し、

「まあ、オレ様のフレンズ達のことなんざもう良いんだ。全員別れたしな」

と笑う。

 名札をぴん、と指で弾き、

「退屈そうな顔してたから、声をかけたんだ。オレと同じでな。なんか話しよう、話」

と微笑んで、向かって右側のツノを撫でた。

 根元に、黒いベルベットのリボンが巻かれているそれは、中腹(ちゅうふく)のあたりでぱっきりと折れて断面が見えていた。

 象牙(ぞうげ)の質感に近いのか、と、梧桐はどうでも良いことを思った。

「それ、どうしたんです? ツノ……」

「あ? うるせェよ。話しかけんじゃねぇ、ブッ殺すぞ」

 梧桐が訊くと、フェリスは目を()いてそう言った。

 どうやら、地雷を踏んでしまったらしかった。

「すみません」

 とりあえず慎重に話題を選ぼう、と、梧桐は近くを見渡す。

「このベンチ、センス良いですね。イカしてます」

「そりゃあねえぜ、プー坊」

 フェリスは腹を抱えてひとしきり笑った。

「こんなオンボロベンチ、どこが良いってんだよ、全く? 田舎のバス停の方が、まだ上等なモン設えてあっぞ」

「いや…なんというか、ヴィンテージ感がですかね」

 ペンキの()がれ具合とか、あと。

 ざらざらした座面に手を置く。

 かつては綺麗な朱色をしていたであろうそこは、今は見る影もなく褐色に寂れていた。

「まあ、これはオンボロだよ。けど、そこが良いんだよなあ」

 フェリスがそう言って、ベンチの背の部分をぺしぺしと叩いた。

 機嫌が良いのか、ハート形の尻尾の先が、くるくると円を描くように回っている。

「これ実は、オレが置いたんだぜ、ここに」

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