第1話 三日間の安息
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男の名は梧桐と言った。
彼は輪廻転生の刑に処されていた。
ただひたすら、何の華やかさもない短い生を、ひたすら繰り返される刑。
いっそ清々しく餓鬼道やら畜生道やらに行くなんてこともできず、もっとイメージとして分かりやすい、火炙りやら釜茹でやらの目に遭わされる訳でもない。
ただただ、鬱屈として、つまらない。
永劫に続く――それが男に科せられた、罰だった。
またひとつ生を全うし終えて、梧桐はホームグラウンド――地獄の内部を歩いていた。
さすがに連チャンは疲れるだろう、ということで、三日間の自由時間が与えられたのだ。
血の池の周りを歩きながら、ぼんやりと思索にふける。
(せめてこの休暇だけでも、リフレッシュのために使わないとな)
刑の特性上、また別の生が始まっても、何というか、全体的な記憶は残る。
前世、だとか俗に言われている奴よりも、もっと、トータルな感じの奴だ。
じゃないと、これが刑として成立しなくなる。
なので、一般的なヒトが一生の中で覚えるのよりも、ずっと多くの情報が、梧桐の頭の内側にはとぐろを巻いていた。
むろん、それなりに上等なストレージが、彼には通常のものとは別に与えられてはいる。
それでもいちおう、彼はもともと、ごくふつうのパンピーだった。
定期的に休憩でも取らないと、脳みそが状況に追っつかないし、パンクしそうになるのだった。
看守に見とがめられるのを覚悟で、ばかやろーっ、と叫んでみたくなる。
血の池の水面はブクブクと泡立っていて、叫び声がよく反響しそうだ。やっぱりやめた。
ほとりにベンチがあった。
ノンキなものだ、と半ば呆れながら、それに腰かける。
公園に、よく置かれているような、木のうらぶれたベンチだった。
(看守用かな。血の池の刑のひと達を見守りするために、きっと設置されたんだろうな)
ふう、と一つ、息を吐き出す。
(けっこう座り心地が良いな。……だけれども。罪人が座っちゃ、駄目な奴かもしれない。見つかって、何かとやかく言われる前に、はやめにどいた方が良いか)
腰を上げかけたところで、どかっ、と、ベンチが大きく揺れた。
あまりの衝撃に、もう一度、梧桐は尻もちをつくようにベンチに逆戻りする羽目になる。
「⁉ うわわっ」
横を見やる。
若い男が一人、梧桐の隣に足を広げて座っていた。
黒い着崩したスーツに、赤い三角ヅノのプリントされた名前札。
――看守だ。
「あ、すみませんすみません! すぐ、どきますから――」
「いーよいーよ、そのままで」
男は梧桐の肩に軽く手を置き、去ろうとする彼を制する。
骨ごと食用肉をカッ切ってしまえそうな、白く尖った牙が口の端に光った。
それと共に、何でもなさそうに言葉がこぼれる。
「オレも丁度、ここには退屈してた所だからさ」
一緒に話そうぜ。なあ、兄弟。
ひと好きのしそうな、しかし、きわめて悪どい笑みを浮かべて、看守はそう言ったのだった。