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息子の身体

 昨夜、何が何だか分からずにベッドの上でパニックになっていた。まともに声も出ず、ウーウー何かをうなっていた。異変に気付いた看護婦が駆け付け、半狂乱状態に手が付けられず、応援の看護婦と医師を呼んだ。医師は鎮痛剤か麻酔薬を注射した後、光輝は眠りについた。

 翌朝、木漏れ日の中で目覚めた。体も昨晩よりは多少動くようになっていた。再びベッドから起き上がる。体を動かすために頭に激痛が走った。視界はそれまでと違って病室内がハッキリと見えていた。正面の壁に鏡が掛けられていた。体は何とか動かせそうだゆっくりベッドから降りて立ち上がる。次の瞬間、脚に力が入らずにふらついて床に倒れてしまう。

(イテテッ、こりゃ本当に重症だ)

鏡の壁の前まで這ってゆっくり移動して行く。激痛が走った。壁の手すりにつかまりゆっくりと立ち上がる。どれほどの時間がかかったろう。激痛の中で全身に力を込めて体を起こした。

(ウワワワワッ)

鏡の中に映っている姿に再び驚いた。やっぱり 昨日のは夢でなかったらしい。そこにいたのは紛れもない息子和也の姿だった。

「はぁ」

かすれた叫び声が口から洩れた。

その時、病室に入ってきた看護婦が驚いて、

「何やっているの、まだ動いちゃだめだよ。重症だったんだから。でも一人で歩けるようになったんだ」

と言われて、身体を支えられながら、おぼつかない足でベッドに戻った。

「あ‥の‥、えっと、僕‥は‥どう?」

言葉にもならないかすり声が口から発せられた。

「声も出るようになったのね。大きな交通事故で車が大破したって聞いているわよ」

「どれ‥くらい‥寝てた‥」

本当に声も絶え絶えとはこのことだ。かすれ声でやっとのこと声を発した。

「事故から二週間は集中治療室に入っていてそれから一か月意識が戻らずに眠り続けてたのよ」

どうやら事故から一か月半が経っているらしい。恐れていた質問を投げかける。

「父‥は‥?」

「そのことについてはお母さんから聞いてね」

ベッドに戻され、布団の中で頭の中が混乱していた。

(えっと僕は一体どうなったんだろう)

一時間ほどして治江が病室にやってきた。

「僕‥は‥どう‥なった‥の?」

「声が出るようになったのね。お父さんがあなたを雨の中、高校に送っていた時に、交差点で信号無視で突っ込んできた車にぶつけられて、乗っていた車が横転したの」

「そ‥れ‥で」

お父さん あなたをかばって

そこで治江は言葉を詰まらせた。

(僕は死んでしまったらしい。でもここにいる。こんなことが本当に起こるのか。僕の意識が息子の身体に移り。すると息子の意識はどこに行ったのだろう 。ところでこの1ケ月半仕事はどうなっているんだろう。こんなことが本当に起こるんだ)

とてつもない不安感に包まれたが、身体を無理に動かしたせいで痛みの方が上回る。いつの間にか眠りに落ちてしまった。


 その日の夕方、病室に若い女性が入ってきた。光輝の顔を見るなり

「和也君、生きててよかった。本当に良かったよ」

目から大粒の涙を流してベッドで寝ていた光輝に抱きついた。

(瞳君)

 それは光輝の経営する設計事務所に大学を卒業して、今年から勤め始めた結城瞳だった。大学3年生の頃からアルバイトで手伝ってくれるようになっていたから、すでに事務所で仕事をするようになって3年目だった。

「えっ‥と、あの瞳‥君じゃ‥なくて‥瞳‥さん?」

「何言ってるの和也君。大丈夫て言うかごめんね。奥さんからまだ事故のせいで記憶が混乱してるって聞いてたっけ。私のこと覚えてる?」

「覚えて‥るよ。瞳‥さん」

「大丈夫、今はゆっくり休んで体を元に戻して。そうすると記憶の混乱も元通りになると思うから」

そう言うと瞳は僕にキスをした。

(えっどういうこと)

突然のことに驚きを隠せない。

「早く良くなってね」

( ひょっとして和也と瞳君ってそういう関係だったのか)

父として改めて混乱するこの状況に気持ちの整理がつくかつかないかのうちに、病室を訪れたの娘の花梨だった。高校1年生で和也の一つ歳下。

(この二人そんなに仲良かったっけ? さすがに兄が死にかけたから見舞いに来たのか)

ベッドを起こしてもらって、うつらうつらとしていた中で、

「お兄ちゃん」

病室内に響き渡る声だった。目を開けたかと思った瞬間、 妹が抱きついてきた。

「心配だったよ。よかったよ。生きてたよ。死んじゃったかと思ったよ。お父さんまでいってお兄ちゃんまで死んじゃったら…」

不安げな声だった。

「大丈‥夫だか‥らね‥」

かすれ、かすれの声で答えた。

「まだ声も出ないんだ。それにお母さんから聞いたよ。記憶が曖昧なんだって? 私のこと覚えてる?」

「う‥ん‥」

頭を縦に振りながらそう答えた。

「よかった」

首に腕を回して抱きついてきた。

(こんなに仲が良かったんだ。家でいる限り 花梨が和也を距離を置いていて、それほど仲良く見えなかったけど。実際は仲の良い兄妹だったらしい)

「お兄ちゃん、明日から毎日来るからね。今まで面会できなかったから。てか意識なかったしね」

娘は帰っていった。

(今の 口調からすると花梨もおそらく治江、瞳君も毎日来てくれていたのだろう)

 その後病院での治療とリハビリが続いた。 約1か月半の間に少しずつ歩く練習や、体を動かす練習を行った。次第に声も少しずつ出てきて話せるようになった。光輝自身、頭の中が整理できずに混乱していた。どう考えても和也の体に光輝の精神が宿っている現象。理解できなかった。

(こんな不可思議な現象。 これがばれてしまったら、 いやこんなことが普通にありえるのかどうかがまず分からない。ばれてしまえば、人体実験、大学病院の標本なんてことにもなりかねないな)

そう思って治江、瞳、花梨達に合わせて息子を演じていたから、今後どうするかを考える必要があった。幸い時間はたくさんあった。心配だったのは仕事のこともだった。ただ、ここで仕事のことを口にしてもしょうがない。

(治江と瞳君で上手くやっているだろうから諦めよう)

次第にこの状況に適応して慣れてきた。昼に治江、学校帰りに花梨、仕事帰りに瞳。毎日のように交代交代で病室を訪れてくれた。次第に体も復調しベッドの上で起こしてもらってベッドの上で窓の外を見ているだけから、本を読んだり、院内を散歩することが出来るように回復していった。

(この先どうしようか)

1ヶ月半のリハビリの間、光輝はずっとそれを考えていた。

 12月の半ばになって、予定よりも少し遅れて退院の許可が降りた。




第3話目の投稿になりました。

週1回の投稿を続けていきたと思います。

お楽しみいただければ幸いです。

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