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図書室の怪談⑤ 暗号の示すもの

 天井復旧の片づけが終わると

「そろそろ終了時間です。正確には後20分で終了です」

梢から告げられた。

「もうそんな時間」

驚いて腕時計を見た。

「あ、本当だ。今から図書借りても大丈夫かな?」

「そもそもお兄ちゃん、何で図書室に来たの?」

「美術書を借りに来たんだよ。ウイリアム・ブグローの作品集ってあるかな?」

「そうですよ先輩、ブグローですよ」

「あ、昼そんな事言ってたよね。美術書ならこっちだよお兄ちゃん」

花梨が美術書の並べられた書棚に案内した。

「えっとブグローは近代・アカデミズム・ボザールってところかな」

書棚を端から見ていく。

「う~ん、印象派とポスト印象派ばっかりだな。やっぱりこの時代のアカデミズムは人気ないのかな‥」

「先輩、絵画の歴史詳しいですよね」

「そんなことないよ。父さんの美術書見てうる覚えなだけだよ」

「さっきの説明も、バイトの図面見たり、法令読んだりしただけで、みーんな理解して覚えちゃうんだから、よっぽど記憶力いいんですね」

(あれ、この流れまずくない)

汗が噴き出してくるほどの動揺を悟られないように、美奈の方を見ずに図書を探し続けた。

「そんなことないよ。あれないな~」

「お兄ちゃん、だったらスマホで検索してみたら。それならすぐに画像見れるし」

「ほら、ブグローこれでしょ」

花梨が手にしたスマホの画面を見せた。

「あ、本当にブグローだ。凄いなどうやって調べたの?」

「別に、ブグローって入れて画像検索しただけだよ」

「凄いな~スマホって」

「何言っているの、お父さんじゃないんだから」

「そ、そうだよな。あはははははははっ」

「あの〜お取り込み中なんだけど、後20分で完全退校時間だから」

梢がきつめの口調で告げに来た。

「1回美術室に戻らないと、荷物部室に置きっぱなしだよ」

「急ごう先輩」

「花梨も帰れるだろ、昇降口で合流しよう」

和也と奈美は早足で図書室を後にする。

帰り道、花梨と奈美の3人でバス停にいた。

「いやー怒られちゃいましたね先輩」

「本借りたらすぐに部室に戻るつもりで、片付けしてなかったからね」

「でも建築って凄いですね。今日の先輩、色々建築の知ってることで謎を解いちゃったし、私も建築に興味出てきました」

「あ、本当? それならウエルカムだよ。若い建築人材が少なくなってきているから」

「なんでお兄ちゃんがそんな事知っているの? まるで大人の言葉だよそれ」

「って、母さんがいつも嘆いている」

「先輩は建築の道に進むんですか?」

「うん、このまま在学中は母さんの手伝いしながら、地元の工学部建築科に進学してささっと1級建築士とるよ」

「そうかお兄ちゃんは後継ぐのか。瞳姉ちゃんと一緒になるの?」

「まだ分からないよ。こればっかりは相手の気持ちもあるし」

「もう、ラブラブなのにそんな事言って」

(ごめん花梨、それは和也とのことで、僕には治江がいるんだよね)

「せ、先輩、彼女いるんですか?」

奈美が和也の顔を覗き込んで、目を丸くして大声で詰問する。

「えっと‥」

「奈美ちゃん駄目だよ。お兄ちゃんには事務所で働いている23歳の彼女と2年前から交際中」

「えええええええええええええええええっ」

(そうか2年前からくっついていたんだ。って事は和也はま高1。瞳君は大学3年。事務所にバイトに来てすぐ位からなの? こいついつの間に‥)

あたりに奈美と和也の声が響き渡る。バス停で待っていた他の生徒達も驚いて奈美を見た。

「そ、そんなに驚かなくても。それと何でお兄ちゃんまで驚いているの?」

「今、それ言うこと‥」

一呼吸置いて、

「でもどうりで、女の子慣れしている理由が分かった気がします」

奈美が言った。まだ動揺は隠せない。

「えっと隠すつもりはなかったんだけど‥」

「大丈夫美奈ちゃん?」

花梨が心配して声を掛けた。

「うん、ものすごくいろいろ今日驚いたけど、とどめの一発来た~って感じ」

「そうだ、もし美奈が本当に建築に興味持ってくれたなら、明日建築の面白雑学の本持ってくるよ」

「あ、は、はい。よろしく、お願い、します」

「駄目だこりゃ、だいぶ驚いているよお兄ちゃん」

「花梨が驚かすからだぞ」

「もう、本当のことを隠しててもしょうがないでしょう。でもお兄ちゃん進路決まっているからいいな。明日、進路希望調査票提出だよね。あ~あ、私はなんて書こうかな。お兄ちゃんが建築行くなら、私も一緒に行こうかな」

「そんな安易に。自分の人生なんだから、もっとよく考えた方がいいんじゃないか。母さんだって、花梨のやりたいことに進んで欲しいときっと思っているよ」

 帰宅すると、夕飯の支度を瞳が行っていた。

「あれ、母さんは?」

「所長はまだ図面描いてるの。私も晩御飯食べたら、もう少し仕事残ってる」

「あんまり無理しないでね。明日に回せる仕事は明日でいいんじゃないかな。ぼくは瞳の身体の方が心配だよ」

(設計の仕事はマラソンみたいなものだから、無理して途中でドロップアウトされるよりずっといいんだよな)

「ありがとう和也、心配してくれて」

瞳がエプロン姿で抱きしめてきた。

「うわ、えっとまだ着替えてないし、花梨も見てるから」

両手で制止しようとする。

「ゴホンッ。やっぱりラブラブじゃない。ご馳走様、お二人さん」

ダイニングの入り口で花梨が咳払いした。

「あ、花梨ちゃんもお帰り」

 入浴して夕飯を済ませると、和也も仕事場に向かう。治江は入れ替わりで食事に行っていた。瞳は申請書のデータ入力をしていた。光輝は事務所内の書棚で本を探していた。

(あった、建築面白雑学。明日、美奈に渡そう。一人でも若い人材を建設業界に来てもらわないとな)

 席に戻ると、リュックタイプの通学鞄の中に本をしまう。

(そうだ、希望調査票)

調査票を取り出すと、記入していく。進学に〇を付け、第一希望先に地元の私立工学大学建築学科と記入した。

(今日は色々あったな。少々やりすぎたか。でもスマホって便利だな。ブグロー一発だもんな)

パソコンを立ち上げて、検索画面でブグロー・人物画と入力して画像検索すると、ブグローの美人画が表示される。

(書籍いらずだよ。昔は分からない現場のおさまりとか図書室でよく調べたよな~)

感慨にふけっていた光輝だったが、目が見開かれた。

(もしかして‥)

検索画面にWN6004Wと入力して画像検索する。画面上に表示された画像を見てつぶやいた。

「これのことだったのか‥」

その後、1時間ほどCADで詳細図面の入力をしていた。瞳にはCADの練習ということで、治江の描いた手書きの図面を入力している事になっていたが、実際はその手書き図面も前日に光輝が描いたものだった。背後から、ただならぬ気配を感じる。

「和也、ちょっと話があります」

治江がにこやかな屈託のある笑みで立っていた。

「瞳ちゃん今日はもういいから、早く帰ってね」

瞳もただならぬ気配を感じたのだろう。

「は、はい。じゃあ、お先に失礼します」

素早くシャットダウンすると、帰宅していった。事務所内に誰もいないことを確認して、治江は光輝に対峙して座った。

「一体どうしたの?」

「あなた、今日大活躍だったんですって?」

「えっと、あの‥」

「花梨が得意げに話してくれたわよ。貸出簿から本の落下日特定して原因解明したり、天井外してエアコンの水漏れ指摘したり、壁の音で隠し部屋見つけて喫煙場所の解明したり、とどめは冊子に書いてあった暗号を解いて、天井裏から別の暗号のメモ見つけたり」

言葉の後半に向けて声が荒々しくなっていく。

「光と和也は違うのよ。あなたは美大卒のプロの建築家。おまけに30年以上、大のホームズオタク。だけど和也は普通の高校生なの。分かってるわよね」

眼力が凄い。

「ごめん、ハルの言う通りだよ。今日はだいぶやりすぎたと自分でも反省しているよ」

にっこり微笑んで素直に頭を下げた。

「わ、分かればいいのよ」

治江の扱いは慣れていた。

「でもね、この暗号の件は単なるいたずらで騒ぎではないと思う。見て」

マウス操作で先ほどの検索画面を映して、ディスプレイ上の画像を指差した。

「これが何なの?」

スマホに記録した冊子の数列と天井裏から出てきた数列の写真を見せながら、ことの顛末を説明した。

「ハルはうちの高校で、多分令和3年前後に職員が部屋で亡くなっていた出来事を覚えているかい?」

「そう言えばそんなことあったかも。確か、あの時あなたとテレビ見ていて、二人で若い先生も色々仕事抱えていて大変だったのかな~なんて話していたはず。その後、和也が高校受験の時になって、若い先生が無くなったこの高校で大丈夫なのかって不安になったもの。違う高校を受けられないのって聞いたら、あの子の偏差値では他の普通高校無理って話だったから良く覚えているの」

「そうかやっぱり事実か。僕はすっかり忘れていたよ。今日その話を聞いて何か聞いたことがあったかなってぐらいだったからね」

「それがどうかしたの?」

「まだ何とも言えないな。明日放課後、市立図書館寄ってくるよ」

「これ以上、深入りしない方がいいんじゃない。あ、駄目か。知っちゃったのが光だもんね。でも絶対に花梨を危険だけには巻き込まないでね」

「幸いまだこの事実を知っているのは僕と花梨、図書委員の学生3人と部活の後輩、そして図書担当の教諭のみだから大丈夫だよ」

 翌日、午前中最後の授業は担任山田の授業だった。この日も和文英訳の問題を、前に出て書かされた。以前指摘されたためブロック体でゆっくり英文を書いていった。

「うん、見事な英文だな。とっさに出されて解答を出している。見事だ」

休み時間になり、建築雑誌を読んでいると、担任の山田が近寄ってきた。

「話がある。昼食が済んだら、LL教室隣の準備室にきてくれ」

そう言うと教室を出ていった。

「何だろう、何か悪い事したのお兄ちゃん?」

「特に心当たりないな。まあ、ご飯食べたら行ってくるよ。ところで準備室ってどこ?」

「それなら先輩案内しま~す」

美奈が申し出る。

「私も行く」

花梨も案内する気満々だった。3人で昼食を食べて準備室に行くと、和也はノックをして中に入る。

「2年2組の綾瀬です。山田先生に呼ばれてまいりました」

要件を告げると

「あ、入ってこっちに来てくれ」

山田の声がした。机脇にパイプ椅子が一脚おいてあり、山田と対面して座らされた。

「あの何の御用でしょうか?」

「うむ、実はな朝提出してもらったこれだ」

山田が提出した和也の進路希望調査票を見せてきた。

「それが何か?」

「綾瀬の実力テストの成績や、授業のやり取りを見ていると、本当に事故の後に努力して勉強していたのが分かる。昨年の成績から比べたら信じられないほどだ」

「はい、まあ死を経験して、父さんも亡くなって、将来のことを母さんと話して‥」

「お前の進学希望は、地元の私立工学大だろ。帝大クラスの国公立大を目指したらどうだ」

「興味ありません」

「興味ない? 何故だ?」

「家庭の事情もあって、僕は設計の実務を自宅で学びながら建築を学びたいのです。自宅からなら母の扱っている公共建築の設計も扱えます。正直、体の事情があるところも大きいですね。まだ記憶が完全に戻って無くあやふやですし、定期的に通院して検査しなければなりませんから」

身体の話題が上がって大きく頷いた。

「そうだな。体の件は後2年の間、様子を見てくしかないな。何と言っても体が一番大切だ。でも体の方が大丈夫になったら大都市の帝大に進むのも悪くはないのではないかな。建築を学ぶにしても都会なら、うちの市みたいな地方の30万人都市よりも多くの建築が建っているからな」

「そうですね、たしかに都会の大都市の方がたくさんの建築物が建っていますから勉強にはなるでしょうね」

「私学の工学大学の建築に行くなら、都市の都大学建築科はどうだ。あそこなら新幹線でも通えるぞ」

「何故、都大の建築科なんですか?」

「あぁ、あちらの方が都市の規模が違うからな。うちの市よりは建物も多いだろうから、勉強になるのではないかと思ってな」

「なるほどそうですね、検討してみます」

「そうか、綾瀬は焦らずに、記憶の件も含めて体の件が最優先だな。あとは今の取組を維持してこの成績を2年間キープして欲しい」

「はい、ありがとうございます。努力します」

 和也は立上り頭を下げると、準備室を後にした。廊下には奈美と花梨が待っていた。

第14話目の投稿になりました。

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