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図書館の怪談④ 過去からの伝言

「ここから残りの疑問については、一度外に出ましょう。一緒についてきて下さい」

そう言うと、梢をカウンターに残して、一同は和也の後に続いた。一度図書室から外に出ると階段脇のドアから外に出ると、図書室前を歩いて、非常階段に向かった。

「さて皆さん、この非常階段のこの部分にドアがありますよね。いわゆる階段下収納です。このドアを‥」

和也がドアノブを回して引くと、ギギギギギッ、鈍い音を立ててドアが開いた。

「鍵はかかってないのは確認していました。さぁ中へ」

和也を先頭に入っていくと中は狭く暗い。スマホのライトを照らす。竹箒や木の箱が置かれていて中は埃っぽい。湿った空気の臭いが溢れていた。和也はゆっくりと奥の壁にライトを当てて何かをじっと見つめていた。

「これだ」

ライトの光が壁の一点を照らすと、その壁の前に置かれている雑具をどかした。すると壁に小さなハッチが現れた。ハッチのノブに手を掛ける。

「ここの鍵は壊されていますね」

ハッチの扉が開いた。ハッチは60㎝角位の大きさで、大きく屈んで膝をつきながら中に入っていく。

「お兄ちゃん大丈夫なの?」

「先輩?」

心配そうに声を掛ける。和也がハッチから顔を出した。

「ちょっと入り口が狭いけど、気を付けて入ってきてごらん」

そう促されて、一人ずつハッチから中に入る。

「え、広い」

中に入った女性達が驚いた。

「これって?」

「ここは図書室の元倉庫だね」

各々がスマホを取り出すと、ライトをつけて室内を照らした。奥行が図書室の幅と等しい幅2m程度の細長い空間がそこにはあった。中はひんやりとしている。片面の壁には古い書棚が置かれており古い書籍が無造作に収められている。

「たばこ臭い」

花梨が言った。

「ほらこれ」

和也が部屋の奥にライトを向けると、木の箱が置かれ数個おかれ、その上に缶コーヒーの空き缶が数個置かれている。ライトを当てると、空き缶からはたばこの吸い殻が飲み口から飛び出ていて、周りにたばこの灰が散乱している。

「さっきの倉庫の入り口のドアの鍵はかかっていませんでしたし、奥のハッチのドアのカギは壊されていました。おそらく鍵をこじ開けて中に入ったら、思ったより広いことに気づいて、出入りしてたのでしょう。誰かがタバコを吸っていたのはこのとおり。そしてここで話をする。そうすると‥」

スマホのライトを図書室との間にある壁に向けると、引き違いのドアがあり、上部にはめ込まれたガラスの一部が割れていた。床にはガラス片が散乱している。

「ここの引き戸の、ガラスが割れています。何かの拍子で割れてしまったのでしょう。このドアの前の壁は、図書室の書棚です。つまりガラスが割れてしまったために、ここで吸っていた煙が、図書室の換気扇に誘引されて煙が漏れたのでしょう。本来は少しづつ、入口の隙間から換気されていた。でも何らかの拍子で図書室との間の引き戸のガラスが割れて、気密が下がって、図書室側に煙が流れる結果になった。話し声が聞こえたのも同じ理由でしょう。もっともあまり大きな声でしゃべれば、ガラスが割れていなくても声は漏れたはず。図書室に戻ってこの部分の書棚をどかせば、この部分の引き戸が露わになりますよ。たまたまバックボードのある本棚が置かれていたため封鎖したこちら側の倉庫に気づかなかったのでしょう」

「すごーい」

そこにいた全員が驚きの顔で和也を見ている。

「でもどうしてこのことに、綾瀬君は気づいたの?」

目を丸くしていた森が尋ねた。

「それは図書室に戻って話しましょう」

一同は図書室脇の司書室に移動した。戻るときに倉庫から最後に出た和也は、ハッチの前に雑具を戻して元どうりにしてから外に出た。数分後、室内の中央に置かれたテーブルを取り囲んで座っている。全員が和也に注目している。

「図書室の中を見せてもらったときに、不思議に思いました。それは一番奥の書棚だけ3ヶ所が木製のバックボード付きだったこと」

「それの何が不思議なんですか先輩?」

「通常、図書室の背の高い書棚は、スチールラックと言って、鉄製の背部のボードのないものを使うんだよ。少しでも重量を軽くするためにね。別に背後のボードが無くても後ろに壁があれば、奥まで本を押し込んでも落ちる心配はないからね」

和也が立ち上がり、室内にあった移動式のホワイトボードを移動させてきた。黒マーカーを取り図書室の簡単な間取図を描いた。

「最初は、余ったバックボード付きの古い書棚を、たまたまそこに置いただけかとも思いました。この脇の北側の壁に、出入りできる引き違いの開口部がついているでしょう。2方向避難の関係で、廊下の突当り1階の部屋の中には外に出るための引き違いの掃き出し開口を、図書室入り口側の反対方向に設けるのが一般的だからね」

「先輩、2方向避難って何ですか?」

美奈が不思議そうに尋ねた。

「建築基準法で特殊建築物、簡単に言うと多くの人が集まって使うスーパーや映画館、ホテル、そして学校なんかの建築物のことなんだけど、中で火災が起きたときに両方向に避難できるように廊下や階段、部屋の出入り口を設ける事が決められているんだよ」

「よくそんなことまで知っているわね」

(う、やばいやりすぎた)

「あはは、バイトしてたら母さんから、いづれ建築士試験受けるんだから法規が大事と休み中に勉強させられていたからですよ」

苦笑いで答えた。

「でもその説明だと、特に問題はないはずだよね綾瀬君」

希美が言った。

「そう、そこで聞いていた図書室の怪現象、1つ目は落ちる本。2つ目は動く人影。3つ目は話し声。4つ目はたばこの臭い。5つ目の晴れの日の雨漏り」

和也はホワイトボードに5つの怪現象を書いていく。

「このうち1つ目と5つ目は解決済み」

解決した2つの言葉の上から取消線を引く。

「残りの3つ。ここで僕は動く人影の件は別として、話し声とたばこの臭いの件は、原因が同じところにあると仮定しました」

「どういう理由ですか?」

千春が尋ねた。

「声が聞こえたということは、誰かが話していたということ。たばこの臭いがしたということは、誰かがたばこを吸っていたということ。でも図書室の外や非常階段に隠れて敷地内で吸っていれば、さすがに誰かに見つかってしまいます。ここで、この図書室は常時換気扇で換気をしていることを聞いていたことで、一つの仮説を立てました」

「仮説?」

「そう、図書室のどこかに隙間があって、その隙間から図書室の換気扇によって空気が誘引された。その隙間の先で喫煙が行われ、談話がされていたのではないか」

和也は一同を見渡した。誰もが黙って和也を注視している。

「そう考えると、西側の壁、つまり図書館の奥の非常階段との間の壁の前に、バックボードがついている木製の書棚が不自然に3つ置かれている事実。これはつまり偶然か必然なのか。試しにこの壁を手で叩いてみたら、柔らかくて音が軽い、弾むような音なので、耐震壁でなく間仕切りであると確信しました」

「間仕切り壁?」

和也は室内を移動して、外壁に面している窓下の腰壁を叩いて見せた。重い音が響いた。次に廊下側に移動して廊下と司書室の間にある壁を叩く。壁が振動し先ほどとは違う高めの音がした。

「この音の違い分かりましたか。鉄筋コンクリートの建物は、構造躯体であるコンクリートの壁と、内部を仕切る目的で造作される間仕切り壁の2つがあります。間仕切り壁は鋼製下地に合板や石膏ボードで壁を作るので、要するに壁の中は空洞になっています。躯体のコンクリート壁は壁その物がコンクリートの塊です。だから密度の違いで、叩いた時の音が違うんですよ」

「へぇ」

そこにいる女性達全員が、ただただ興味津々に説明に聞き入っていた。再び元の位置に戻る。

「さて図書室奥の壁が、間仕切り壁であることが分かれば、そこに建具があっても不思議ではありません。でもあいにく木製の書棚の裏の壁は、バックボードの陰になって確認できません。そこで窓の間隔で、図書室の奥行の長さを目測しました。外から建物の長さを目測すると約一間分、あ、約2m長いことが分かった時点で確信を持ちました。そして屋外非常階段下の収納庫と、その鍵が開いていることを確認して。後は先ほど見てきたとおりです」

一同はあっけにとられていて、誰もしばらくの間口を開かなかった。

「すご~い、何か良く分からないけど答えが分かったちゃった」

千春が目を丸くしている。

「綾瀬君、あなたの言っていることがあまりにも専門的すぎて、驚いているわ。でも、と言うことは‥」

「そうです、誰かが確実に図書館脇倉庫で喫煙していた。そしてそれは学生の可能性も、職員の可能性もあるということです。さて、ここから先の扱いについては先生にお任せします。喫煙者が誰であれ、どう対応するかは学校側でお願いします。先ほどハッチ前の状態は元どうりにしてきました。参考までに倉庫内に階段下収納から入ると、一つの共通の特徴が生じます」

「特徴?」

「みんな自分の膝を見て」

「あっそうそう」

「そう、あのハッチから内部に入るには暗い中で、膝を床に着かないといけない。だから‥」

「スカートがよごれちゃったのよね」

一同が一斉にスカートやズボンの上から、ひざ元の汚れをは払った。おそらく倉庫から出た時点で汚れに気づいて一度払っていたのだろう。膝の付近が埃でついてそれが引き延ばされている。

「本当に謎が解けちゃった。先輩凄いです」

奈美が感動したように言った。

「たまたま、たまたま休み中にバイトで勉強していたことが役にたっただけだから‥」

「お兄ちゃん、さっき図書室の中を見ていた時に、大体のことが分かっていたの?」

「いや、結果論で言うとそうなるけど、僕も半身半疑だったよ」

「本当にすさまじい推理力ね綾瀬君。でもそろそろ外した天井のボードもとに戻してもらっていいかな」

「あ、すみません先生。ジプトン外したままでした。すぐに復旧‥」

そう言いかけて、和也の声が止まった。右手を口元にあてて何かを考えている。

「ちょっと失礼します」

そう言うと、司書室から図書室内に早足で移動する。

「どうしたのお兄ちゃん?」

「綾瀬君?」

女性達の声に何も答えずに、先ほど手にした歴史研究同好会の報告書の書棚に向かうと、再び先ほど見た冊子を手にとりページをめくっていた。突然の行動に驚いた女性陣も、和也の後を追った。和也の眼はさっき見ていた数字の羅列のページを見つめていた。

「どうしたの綾瀬君?」

「TK2501-S」

そうつぶやいて天井を曲げた。図書室内の天井をゆっくりと見渡す。突然、一点の天井を注視すると、さきほど使って置いたままになっている三脚に移動して手にする。三脚を移動させて上がった。天井付近には天井ハッチがついていて、和也はハッチの固定ねじ1本をドライバーで外すと、ハッチ開口を開ける。スマホの照明を手にして天井裏に上半身を入れた。しばらくしてハッチをドライバーで締めると三脚から降りてきた。手には1枚の紙が握られていた。

「一体どうしたのお兄ちゃん?」

「指定された場所にこの紙が貼り付けてあった」

小さなメモ帳を破いて切り取ったようなその紙には、

WN6004W

と書いてあった。

「これ何のこと?」

「今は分からない。でもどこかで見たような気がする」

「って、そもそも何でこの紙が天井裏にあるって分かったの?」

希美が驚いて質問した。

「ああ、それはこれだよ」

和也がテーブルの上に置いてあった、歴史研究同好会の同好会の冊子を取り上げると、数字の書いてあったページを開いた。Counternear8rTK2501-S 手書きで書かれている。

「さっき話をしていた時に気がついたんだ。ここにあるTK2501-Sって、ここの図書室の天井ボード、ジプトンの品番なんだよ。そう考えると最初のCounterは図書カウンターのことと仮定して。後は次の8は、はち、つまりハッチの事を指すのかとそうするとrはrightつまり右。図書カウンターから一番近い天井ハッチの右側と考えたんだよ。まあでも出てきたのがまたしてもこんな紙切れだったけどね。この紙の数値が何かを指しているのか、それともただのいたずらか、施工業者がたまたま施工中に何かメモって張っておいたのかは分からないけどね。でも筆跡を見るとサッシの数値とこのメモの数値を書いた人物はおそらく同一だと思うけどね。きっと何らかのメッセージだと思う」

「びっくりだよ綾瀬君、でもどうしてそんな品番知っていたの?」

「え、あ‥、それもバイト中に建物の仕様書見てたからで‥」

歯切れ悪く、もごもごと答えた。

(ほんと、今日こればっかだな。仕方ないからこれで押し切ろう)

「何だか狐につままれたような気分。まったく次から次に。本当に今日は驚かせられたわ先輩」

「本当だよお兄ちゃん、図書室の謎がいっきに解けちゃった、あっ」

「本当の本当に設計のバイトしていたことが、偶然役にたっただけだよ。花梨はあってどうしたの?」

「もう一つの、動く人影は? お兄ちゃん」

「それは残念だけど、今の時点では材料が少なすぎて分からない」

「材料とは?」

希美が言った。

「判断するための材料だよ。ただ、みんなには申し訳ないけど、僕は呪いとか霊とかって話ではないと考えている。でも今はこれ以上は何とも言えないけど」

「きっと和也さんにかかったら、人影の件もいづれ解決しちゃうかもね。でもあっさり落ちる本の件とか、隣の隠し倉庫見つけちゃうとかさ、時間の問題かも。解決よろしくね。じゃないとこの問題が図書委員には一番重要だから」

千春が強く懇願するように言った。

「そのことなんだけど、隣の倉庫の件はみんな内緒にしておいてね。近いうちに喫煙者が見つかるまではね」

「えっと、そろそろ片づけしてくれるとありがたいんだけど」

梢がカウンターから言った。和也は外したジプトンを花梨達に手伝ってもらい元どうりに復旧した。その傍らでテーブルの上に置かれた、開かれた歴史研究同好会の冊子と天井裏から出てきたメモを、森はじっと見つめていた。







第13話目の投稿になります。図書室の5つの怪談のうち、4つが明らかに。まだこの謎解きは続きます。お楽しみいただければ幸いです。

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