7 元公女の難儀な復讐
「エフィナ様、一週間後にはロイアルバ様との結婚式のご予定ですよ」
「エフィナ様には私たちが世話係として付くよう言われておりますので、何かご要望がございましたらお申しつけください」
「ええ、ありがとう」
自分に宛がわれた部屋で、私はゆっくりと身体を休めていた。
ロイアルバはグシャナトに戻ってから休む間もなくすぐに地方視察へ向かったので、あの旅の最中ずっと一緒にいたのは夢ではなかったのではないかと思うほど、彼と会わない日々が続いた。
そしておよそ一カ月後、ロイアルバは髭も髪も伸びきった状態で城に戻って来た。
「グシャナトの地方には良い資源がたくさんあるな! まずは北方の石だ。世界的にみても、こんなに良質な石が採れる場所はまずないし……」
「ロイアルバ、まずは湯あみに行って、そのあとで沢山お話を聞かせてくださいませんか?」
「おっと、男所帯だったから気付かないですまなかった。直ぐに戻って来る、待っててくれ」
「直ぐではなく、ゆっくりどうぞ」
久しぶりに再会したロイアルバは私の額にキスを落として、颯爽と風呂場へ向かった。
ロイアルバが戻ってくるまでの間、気分はどことなくそわそわとして落ち着かない。
無事に帰って来て良かったと思うと同時に、彼に女の気配を全く感じなかったことに、ホッとしてしまう。
一緒にいれば鬱陶しいことこの上ないのに、傍にいないと喪失感を覚える。
あれだけ殺そうと考えていた相手なのに、骨抜きにされたのは自分の方だ。
「エフィナ……」
「ん……」
ベッドの上で寝そべったままロイアルバを待っていたつもりだったが、どうやら寝てしまっていたらしい。
「すまない、寝ていたのか」
「……いいえ……話が途中でしたよね、すみません……」
上体を起こそうとする私を、ロイアルバや優しく止めた。
「いいんだ、話はまた明日にしよう。今日はエフィナを感じていたい」
「はい……」
ロイアルバがベッドに潜り込み、私を抱き締める。
「できたら私の許可なく触らないでいただけますか?」
ベッドで抱き締められたことは初めてで、動揺を隠しながら素っ気なくお願いした。
野営では私のすぐ傍にロイアルバが常にいたが、帝国の城や途中の宿ではベッドどころか部屋が別々だったのに、この城に来てから寝室が一緒になってしまったのだ。
それでもロイアルバが直ぐに長期不在であったから平気だったのに、夫婦のような距離感に意識しないでいられるはずもなかった。
「もう一カ月近く触っていなかったから、今日は嫌だ」
「そうですか……」
「もうすぐでエフィナが私の妻だ……長かった……」
ロイアルバの腕が地味に重い。そして暑苦しい。けれども、心は満たされていく。
出会った頃のロイアルバは、賢い弟と比べられる毎日に腐っていて、もっとずっと短気だった。
私は美しくあればいいと言われて育ったので、賢くないことの何が悪いのかわからず、「あなたはあなたの良いところを伸ばせばいいのではないかしら? 運動神経なんてよさそうですし、いっそのこと国は弟に任せて、自ら軍を率いる王になっても素敵だと思いますけれど」なんて首を捻りながら口にしたものだが、それからは会うたびに大人になって、逞しくなって、優しくなって、ロイアルバの来訪を待ち遠しく感じたものだ。
「出会った頃にはこうなるなんて、想像もしておりませんでしたね」
「いや、こうなることしか想像していなかったぞ」
「……そうですか」
閉じていた瞳を開くと、そこには精悍な顔をしたロイアルバがじっとこちらを見ていた。
「出会った時から、私はエフィナのものだ」
「……そうですか……」
ロイアルバと会話していると、返事に困って「そうですか」しか言えなくなってしまう。
ロイアルバが私の胸にすりすりと石鹸の香りのする頭を擦り付けてきて、大きな猛獣を飼っているところを想像してしまい、ふふ、とつい笑ってしまった。
そしてそのまま睡魔に襲われ、再び瞳を閉じる。
悪夢ではない夢の中に落ちる寸前、唇に熱く柔らかいものが当たった気がした。
***
私たちの結婚式は、元グシャナト公国の一番大きな神殿で執り行われた。
その後、城下町をパレードで回ったのだが、私に対して糾弾する声は一切あがらず、私たちの結婚を祝福する声と拍手で街は賑わいと活気を見せていた。
そして夕方には城へ戻り、貴族たちを集めたパーティーが夜通し開催された。
グシャナトで行われた私たちの結婚式には皇帝の代わりにガイアルンが参列したが、本来の目的は領地改革の話し合いらしく、結婚式の前後に一週間程度滞在して、家臣たちと熱い論議を交わして去って行った。
私の目から見て、兄弟仲は決して悪くない。
お互いを評価しているし、むしろお互いの苦手な部分を補い合う関係に見えた。
ガイアルンはロイアルバの集めた情報を分析して、新たに確認すべき情報やデータを指示していく。
そして驚くべきことに、その場に女である私も列席させて貰えた。
会議に参加すれば直ぐに物事を把握できるような有能な頭を持っていないことが恨めしいが、公国の未来に向けての話に、家臣たちだけでなく私まで同席させて貰えることは、単純に嬉しかった。
発言も許されているし、お飾りの妻ではないと感じた。
やがて私はロイアルバとの間に子を授かり、母となった。
そして三人目の子を授かった時、上の子供二人が庭園で休憩していた私のところまで来て、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
「お母様、お父様がお母様の両親を殺したというのは、本当なの?」
誰がまだ幼い子供たちにそんな残酷な話を耳に入れたのだろう、と苦々しく思いながら、私はゆっくりと頷く。
「ええ、確かにそうよ」
「お母様は、お父様を憎んでる? 僕たち、お父様とお母様が誰かに殺されたら……!」
「落ち着いて聞いてくれる?」
私は興奮した二人を手招きして、それぞれを片腕で抱き締める。
「お父様を憎んだ時期もあったわ」
「ええっ!?」
まさか五分で終わるとは思わなかった、魔窟に飛び込んだ時のことを思い出す。
「だからお父様はこれから先も一生懸命働いて、贖罪として私の両親よりもこの領地をずっと豊かにし続けなければならないの」
「大変だね」
「大変だ」
「そう、大変なことよ。でも、私の家族を殺したのだから、それくらいして貰わないと困ってしまうわ」
ロイアルバは元々リンダンロフの皇帝となる人間だった。
そんな人間が、元グシャナト公国というちっぽけな領地のためだけに、粉骨砕身するのだ。
そして今、たった八年ほどの歳月で、グシャナト領は以前よりずっと豊かで、領民たちには笑顔が溢れ、雇用を求めて人々が集まるほどに発展した。
私はとうに復讐心を失くしていて、ロイアルバを愛している。
けれども、彼に「許す」と伝える日が訪れることはない。
それは、家族を殺したロイアルバを愛してしまった、自分への戒めでもある。
「――エフィナ、ただいま。子供たちも、そこにいたのか! 」
「お父様!」
満面の笑みを浮かべた子供たちは私の腕からするりと抜けて、片手を上げてこちらへ近づいてくる大好きな父親の下へと駆けていく。
「本当に、難儀な復讐よね」
ずっと目に焼き付けておきたい幸せで眩しい光景に目を細めながら、私はポツリと呟いたのだった。
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