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6 滅多に怒らない人

魔窟から出てきた悪魔を討伐せざるを得なかった、と聞いた皇帝は、苦虫を噛み潰したような顔をしながらその始末をロイアルバにつけさせた。


すなわち、皇太子の権利を剥奪して、辺境へと追いやったのだ。


因みに辺境とは、ロイアルバが奪還した土地であるグシャナト公国を示しており、ロイアルバは鎮痛な面持ちでその命を受けたあと、スキップする勢いで私のもとへと駆け寄ってきた。


ホクホクと玉座の間をあとにするロイアルバの前に、皇帝と同じく、いやそれ以上に渋面をしたガイアルンが立ち塞がる。



「エフィナ公女。自分の家族を殺した男に嫁ぐ地獄より、私のもとに来るつもりはないか?妾のひとりにしてやろう」

「ガイアルン……!」

私を後ろからぎゅっと抱き締め、ロイアルバが弟を威嚇する。


「お断りいたします」

「えっ?」

即答すれば、ガイアルンよりもロイアルバが呆けた顔をして私の顔を覗き込むものだから、私は端正だけれども暑苦しいその顔をぐぐっと掌で押した。


びくともしないが、想定内ですとも。



私がガイアルンの相手をすれば、ロイアルバに一矢報いることが出来ることはわかっていた。

しかし、グシャナト公国で両親に育てられていた時のように、もう自分を殺して自らを取引材料とすることはやめた。


私は家族を殺したロイアルバの隣で、一生恨み節を唱えながら、ロイアルバを好きになってしまったという地獄の中を生きていくのだ。


「エフィナ!」

後ろからロイアルバにめいっぱい抱き締められ、私は圧死の恐怖に慄く。

しかし意外にも、そんな私を助けてくれたのはリンダンロフの次期皇帝であった。


「兄上、大事な嫁があなたに潰されそうですよ」

「おっとすまない、エフィナ。大丈夫か?」

「かろうじて。しかしこれから、私の許可なく私に触れないでいただけませんか?」

「心から嫌だが、善処しよう」


身体を覆っていた筋肉と熱が離れて少し寂しく感じる私は、まだ悪夢を見ている最中なのかもしれない。


「さあエフィナ、グシャナトに戻ろう」

「はい」

私たちは翌日、長い列を組んでグシャナト公国へと出立した。


ロイアルバを慕う騎士たちは多く、グシャナト公国の建て直しという名目に便乗して何十人かの部下がついてくることになったらしい。

その更に下の何百人かの部下たちもついてくることになったそうで、大行進だ。



行きに通った草原や切り通しや森を抜け、痩せ細った大地へと辿り着く。

ロイアルバは領地視察と言って、その土地に住む貧しい者たちに話を聞いて回った。


どうやらその地は十年程前に大干ばつが襲って以来作物が採れなくなったらしいのだが、地形的に大規模な水路の工事を行えば水を引ける地形であることがわかった。


「何度も上の方たちに相談したのですが、水がなくても育つ作物に切り替えろというご指示しか頂けず……」

「ふむ」

ロイアルバの隣で話を聞いていた私は、首を垂れる。


公国民たちが大変な目に遭っていたにも関わらず、私は毎日美味しいものを食べて、美しい物で着飾られ、贅沢な生活を当たり前に享受していたのだ。


元公国の民の話を聞いて回っては、部下たちに色々指示をしながら、行きよりもずっと時間を掛けて、私たちは元グシャナト公国の城に戻った。


煌びやかだった城は派手な装飾が取り払われ、すっかり落ち着いた色味の物へと手が入れられている。

私たち二人が城に到着すると、臣下たちは皆並んで歓迎してくれた。

家臣たちは顔に疲れを見せてはいるものの、以前のように怯えた様子はなく、皆生き生きとして見えた。


「エフィナ公……エフィナ様、よくぞご無事で。長旅お疲れでしょう、お部屋を準備しております」

「ロイアルバ様、エフィナ様をお守りいただき、ありがとうございました」

私付きだった侍女たちは目に涙を浮かべ、私の手を取り、再会を喜んでくれた。


「ロイアルバ様、ご指示通りに城の物を処分して国庫に入れ、公共事業を進めさせていただきました。落ち着いた頃に、報告書へ目を通していただると助かります」

「わかった。エフィナ、私は少し彼らと話があるから、先に部屋へ行って休んでくれ」

「はい」


ロイアルバに指示された侍女たちは、私を以前とは違う部屋のほうへと案内する。

家族が殺されていた謁見の間は建物ごと取り壊されて、鍵のついた温室に変わっていた。

それを見て、私は足を止める。


「……ひとつだけ聞いてもいいかしら」

「はい、何でしょうか?」

「両親と兄の亡骸は、どこにあるの?」


私が尋ねると、侍女たちは顔を見合わせる。

国を堕落させ、他国に攻め落とされた君主の躯の所在なんて、誰も知らないのかもしれない。

もしくは城の門にその遺体が晒され、公民たちから石を投げつけられて、鳥が死肉を啄んだかもしれない。

よくてどこかの森にでもぽいと投げ捨てられ、大地の栄養になったのかもしれない。

それでも、聞かずにいられなかった。

私は家族と、その死とまだ向き合っていないから。


「お疲れでなければ、ご案内いたしますが」

私の母と同い年くらいの侍女長は微笑みながらそう進言し、私は驚きに目を少し開く。

「お願いしたいわ」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」


案内された場所は、百年続いたグシャナト公国の君主が代々眠る地下の墓所だった。

華美でもなくみすぼらしくもなく事務的に、新しく綺麗な棺が三つ並んでいる。

「少し、ひとりにして」

「はい、エフィナ様」

侍女長は墓所へと続く階段を上り、私を一人にしてくれた。



いったいそこで、どれだけ長い時間泣いていただろうか。

三人の王族としての誇りだけは踏み躙らないでいてくれたロイアルバに感謝の気持ちがやっと芽生えた頃に涙は枯れて、私は最後に一回洟を啜るとその場で立ち上がった。


階段を上るともう日は沈みかけていて、そこには侍女たちのみならず、護衛騎士までが待機している。

「待たせてしまったわね。案内ありがとう、部屋に行くわ」

「かしこまりました」


新しく案内された私の部屋はロイアルバの部屋と続きになっているようだったが、部屋の扉を開けた侍女長がぴたりとその場で立ち止まり、何事かと首を傾げる。

てっきりいつも通りロイアルバが両手を広げて待機をしているのかと思って侍女長の後ろから部屋を覗き込んだが、そこにいたのはロイアルバではなく、グシャナト公国の由緒ある貴族令嬢のひとりだった。



「ここはエフィナ様の部屋ですと何度も申し上げたはずですよ」

侍女長が注意すると、ソファーに身体を埋めていた彼女は「その女は、罪人の娘ですわ。ロイアルバ様に選ばれるのは、このグシャナトを導いていくのは、この私なのです」と言いながら用意されたお茶に口をつける。


なるほど、どうやらグシャナト公国でも私を排斥したい家臣はいるようだ。

確かに国民に一新するというイメージをつけるには最適だろうし、私を城に残すよりも罪人にしてしまったほうが都合の良い貴族がいることも当然だろう。

特に、ロイアルバに味方した、若い娘を持つ貴族は。


「あなたのことを、ロイアルバは知っているの?」

「勿論よ。お父様からも今、きちんとした説明がされていると思うわ」

「そう。どうか、あなたもあなたの父親も、血を見ないことを祈っているわ」

私はそう言い放って踵を返し、侍女に「ロイアルバが戻るまで少し休みたいから、申し訳ないけれどほかの部屋を準備してくれないかしら」とお願いをする。


ずっと一緒だったロイアルバと離れたのは本当に久しぶりで、長旅で疲れていたから、一刻も早く横になりたかった。

しかしタイミング悪く、そこにロイアルバが登場した。

長い廊下を、護衛もつけずに真っ直ぐこちらへ向かってくる。

その巨躯に視線を走らせると、身に着けていた筈のマントが消えて、靴の爪先には血を拭った痕が残っていた。


「エフィナどうした、そんなところに立って。……顔がむくんでいるな。泣いたのか?」

ロイアルバはそっと私の頬に手を置き、分厚い掌で優しく撫でる。

返り血を浴びたことを隠そうとしたらしいが、石鹸の香りとわずかな血の匂いが鼻を掠めた。


「いえ、これは」

「ロイアルバ様! よくお戻りになられました!」


どん、と私を押しのけて、先程の令嬢がロイアルバの前に躍り出る。

ロイアルバは咄嗟に左手を伸ばして私の腕を掴んでくれて、私は令嬢がこの場で斬られないように、必死で倒れ込むのを堪えた。


「……誰だ、お前は」

背筋がぞっとするほどの低い声が上から振って来て、思わず身を固くする。


基本的にロイアルバはどんな時でも笑顔だが、めったに怒らないが怒ると怖いことは彼の部下たちから散々聞かされていた。


「彼女は」

「父から聞いていませんか? 私がロイアルバ様の正式な婚約者であり、将来の伴侶です」

令嬢をフォローしようと口を開いたが、本人によって遮られてしまう。


せっかく人が守ろうとしているのに、ロイアルバの地雷を踏みまくる令嬢。

その父親が生きているといいな、と思いながら思わず遠い目になる。

私が言うのもなんだが、ロイアルバは私を害する者を許さない。

私は侍女たちと一緒に、ロイアルバから少し離れた。



「ああ、エフィナの処遇がどうのと、先程ばかげた書類を見せた者がお前の父親か?」

「え?」

「書類を切ろうとして、誤ってお前の父親の左手も斬ってしまったが……利き手じゃなくて良かったな」

「な、なにを……、そんな、野蛮な、きゃあ!」


ロイアルバはその令嬢の美しい髪をぐっと握るとそのまま引き倒し、ザン、と剣をはらって令嬢の髪の長さを変えた。

「きゃああああ!」

「おっと、すまない。身の程を弁えない敗戦国の女が私のなすことに口を挟もうとするから、余計なことを考えないように頭を斬ろうとしたが手が滑って髪を切ってしまった」

「ロイアルバ様、そろそろその辺で」

ざんばらに髪を短くされた令嬢が真っ青になり腰を抜かしたところで、私はそっとロイアルバの腕に触れる。


「この女に泣かされたんじゃないのか?」

「それは違います」

「そうか、ならここまでにしよう」

ロイアルバは女の存在を忘れたかのようにニコニコと笑顔を浮かべ、私を子供のように抱き上げた。

「疲れただろう、早く部屋で休むといい。エフィナの好みで纏めるように指示しておいたのだが、気になるところはないか?」

呆然とする令嬢を置いて、私に宛がわれたらしい部屋の中に入り、パタンと扉を閉める。

「……ロイアルバ」

「ん?」


令嬢が占拠していたふかふかのソファーにそっと私を座らせると、ロイアルバは優しい笑みを浮かべて首を傾げる。


「私の家族を……歴代君主の、先祖の墓所に埋葬していただき、ありがとうございました」

私がゆっくりと頭を下げると、ロイアルバはその上から私の身体を抱き締めた。

「……ああ」


私が泣いていた理由に、ロイアルバは気づいたらしい。

どんなに悪行を重ねていたとしても、死者に鞭打つようなことは、しないでいてくれた。

それはきっと、ロイアルバがそういう心根の優しい人だからというわけでなくて、ただ私のためだけにそうしてくれたのだと、わかってしまう。

枯れたはずの涙がまた滲み出て、ロイアルバの肩を濡らした。

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