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4 悪い人なら良かった

「魔窟とは、闇堕ちとは何ですか? 正しい情報を、包み隠さず教えて下さい」

ロイアルバは、隠しごとはするけれども嘘はつかない。そんな人だった。


「大丈夫だ、エフィナ。君を連れては行くが、実際に闇堕ちさせるのは君ではないからな」

ロイアルバが苦笑しながら、私室らしき部屋に案内する。


「さあ、エフィナも皇城にいる間は私の部屋で寛いでくれ」

満面の笑みでそう嬉しそうに言われ、私は顔を引き攣らせながら返事をした。

「えええ!? 絶対にイヤです!!」


馬鹿なの!? 誰が、家族を殺した男と同じ部屋にいたいと思うの!?


「すまない、エフィナ。君を一人で別室に置いておけば、弟にいいように取って食われる。それに、父上の気が変わったらあっさり殺されるのが目に見えている」

「……」

そんなところに私を連れてきたのは貴方ですが、という言葉は飲み込んであげた。

命を奪われては、復讐も出来ない。


その時、開いた扉の廊下から、「兄上」とガイアルンの声が掛かった。

私は思わずロイアルバの背中に隠れ、びくびくしながら廊下にいるガイアルンを見る。



亡き公国からこの皇城まで、3カ月間かかった。

悔しいけれど、ロイアルバはずっと、確かに私に対しては紳士だった。

脳筋で筋肉ダルマだけど、何かを無理矢理させることはなく、私の希望は出来る限り応えてくれた。

侍女もいないのに何一つ不自由ない道程だったのは、間違いなくロイアルバが厚遇してくれたからだ。


残念ながら、家族を殺したこの男は『良い人間』に分類されることを私は知ってしまっていた。

公国だけでなく、この国に来て何処へ行っても、常に民から歓迎された。

ロイアルバと一緒に帰国した騎士達も、彼に全幅の信頼を置いていた。

ロイアルバは、私の家族と違って民から愛されていた。


「私はそんなこと致しません、兄上」

「何を言う。お前の趣味を私が知らないとでも思っているのか、ガイアルン」

「……」

兄弟が睨み合っているところ、私は空気を読まずにロイアルバの服を引っ張った。


「わざと話をずらしましたよね? 魔窟と闇堕ちと魔石の説明をお願い致します」

「……いや、その……」

オロオロとしだす筋肉ダルマに、やや溜飲が下がる。


「私が答えてあげようか」

「ガイアルン!」

「よろしくお願い致します」

「因みにこの話は国家機密ですので、漏らしたら首が飛びますよ」

「構いません」

知らない方が、知ろうとしなかったことが、罪だと学んだばかりだ。


私の即答に、ガイアルンはにっこり笑った。

嘘っぽい笑顔に、話半分で聞こうと心の隅で決める。


「魔窟というのは、悪夢が潜んでいる場所です」

「……悪夢、ですか?」

「真っ暗な闇だと言われています。昔はずっと、不可侵の領域でした。そして今から百年程前、調査に出た者達がいましたが……たった数分で、彼らは自我を忘れて帰還しました」

「自我を……忘れる?」

「はい。まぁ、狂っていた、ということですね」


えぇ、怖。そこに私は放置されるということだろうか?


でも、だから闇堕ちと呼ばれるのだと想像がつく。


「ああ、心配はいりません。死んだ者はいませんし、闇堕ちして狂うのも……短くて半年、長いと……」

「ずっとだろう」

ロイアルバのムスッとした声に、ガイアルンはクスクス笑う。

「まぁ、そんな人達もたまにいます」


たまにじゃなさそうですけど。


「そこに行くと、何が起きるのですか?」

「何も。半年で自我を取り戻した者が言うには、ずっと悪夢を見ていた、と話していました。そして、人間が悪夢を見ている期間……先程話していた魔窟に、魔石が現れるのです。理由は不明ですが、因果関係だけは明らかになっています」


それはとても恐ろしいことに思えた。

魔石は便利だ。

この国の生活に、なくてはならない物になっている。

けれども魔石を手に入れるには、人間をそこに投げ込む必要があるということ。

闇堕ちさせる人間が必要なのだ。

私を犯罪者ではないと言ったロイアルバの言葉を鑑みると、まずは手っ取り早く犯罪者を魔窟に捧げていたのだろう。


「そして……これは比較的最近わかったことなのですが、悪夢を見た者は皆、何故か、この国の王族の血を引いた者の言葉に逆らえなくなります」

「……」

なるほど、だか皇帝は息子を殺しかねない私を魔窟に捧げて、ロイアルバの命を狙うことのないよう命じておきたいのだろう。


何故、命令に逆らえないなどということがわかったのかは聞かないでおこう。

愉快な話とは思えない。


私がぶるりと震えたのを満足そうに確認したガイアルンは、「では、よい悪夢を」と嫌味を言って去って行った。


残された私に、ロイアルバは言う。

「恐ろしい話を聞かせて悪かった、エフィナ」

「……」

「万が一、エフィナが魔窟に捧げられた後、ガイアルンのヤツに裸になれと、いやそれ以上のことを命令されたらと考えるだけで私は……!!」


うおおおお!! と頭を掻き毟るロイアルバに、私は淡々と着替えたいから出て行って、と告げた。

ロイアルバがギクシャクとした動きで廊下に出たので、私はそのまま扉に鍵を掛けて、全ての戸締まりをして、広いベッドで熟睡したのだった。




***




朝目覚めると、筋肉に抱き締められて眠っていた。

扉の鍵は仕事をしなかったらしい。


そろ、と重たい腕を持ち上げ、その下をくぐり抜けるようにしてベッドから抜け出す。


キョロキョロと部屋の中を見渡せば、ベッドに程近いテーブルの上に、短剣が無造作に置かれていた。

王族は命を狙われることが多々あるため寝所に短剣を忍び込ませることは普通だが、あまりにも目立つその短剣に眉を顰める。


ロイアルバが寝ている今なら、全体重を掛ければ何とか致命傷を負わせることが出来るだろうか。


ロイアルバが亡くなってもガイアルンがいるから、この国の民もそこまで困らないだろう。


国民に愛されている皇太子を殺すのは偲びないが、私はそのロイアルバに家族を殺されているのだ。

こんな状況を作ったロイアルバ本人を是非責めて下さいと思いながら、私は忍び足で寝ているロイアルバの方へと近付き、短剣を鞘から抜いた。


ずしりと感じたのは、これから奪う命の重たさか……と思った時、いきなり伸びてきた大きな手が私の手首をグッと掴んでそのままベッドの方へと引き寄せ、くるりと仰向けに押し倒される。


「きゃあ!」

「……エフィナ……おはよう……」


ロイアルバは寝惚けているのか、薄目を開けて私の顔を確認すると、ふにゃ、と幼子のように笑った。

そしてそのまま、意外と端正な顔を近付けてくる。


「あ、危ないです! 剣が、剣が……!!」

自分の手にした短剣の切っ先がどちらを向いているのかもわからず、私は叫んだ。

「……ああ、本当だ。エフィナには危ないぞ」

するりと私の手から短剣を抜くと、ロイアルバはポイとベッドの横にそれを投げ捨て、私をぎゅう、と抱きしめる。



そして、数分後。

「……すまない……寝惚けていたようだ……」

重たくて分厚い筋肉から逃れようともがくのを諦めた私が遠い目をして虚無に陥っていると、ロイアルバがガバっと起き上がるなり、顔を真っ赤にして私から距離をとった。


ひとまず、圧死は免れた。

私はじろりとロイアルバを睨みつける。


そして早々に悟った。

私がロイアルバを刺し殺すのは難しい。

寝ていた時ですら、私の殺気に反応したようだから。


毒に対しての耐性もありそうだし、殺す以外で何か復讐を果たそう、と私は予定変更せざるを得なくなった。




***




魔窟はロイアルバの国の最北端の地にあり、皇城から普通は馬で駆けて二週間の道程らしい。

ロイアルバは装備を整えてから、精鋭部隊だけで構成された騎士達と共に皇城を出発した。


「エフィナ、寒くはないか?」

「……大丈夫、です」

馬はお尻が痛くなるから嫌だと私が言えば、ロイアルバは一ヶ月の道程になるにも拘わらず、直ぐに馬車に変更してくれた。

そして、どうやら本気で私を気に入っているらしいと気付いた私は、到着するまでにはロイアルバを骨抜きにする算段だったが、逆にロイアルバに絆されつつあることに気付いて恐れをなしていた。


悪い人ではない。

悪い人ではないのがわかるから、私は苦しかった。


ただ、復讐しなければ、という気持ちだけが私の心の奥底に、重石のように沈んでいる。

家族の無念を晴らせるのは自分だけだ、と思いながらも、晴らした時、自分はどうなるのだろうかと相反する気持ちに心が張り裂けそうだった。


そして、魔窟に到着したその日、私はとうとう爆発した。

私の代わりにロイアルバが身を投げるつもりだとを聞いたから。


闇堕ちした人を知っていて、その目で見て、自分の意志で飛び込むつもりのロイアルバはやはり楽天的だとしか思えなかった。

「他の奴には頼めないから、自分がやるしかない。まぁ、私がどうにかなってもガイアルンがいるし」

豪快に笑い飛ばすロイアルバはもっと信じられなかった。

「因みに、一応私は大丈夫な筈だ……と、何となく予感しているんだ」

「予感って何ですか!」

「私の勘だ」

どこまで馬鹿なの、この人は!!


私は、ロイアルバの胸板を握り拳で何度も思いきり叩く。

「何故、貴方なのです! 何故貴方が私の家族を殺したのですか! そうでなければ……っっ」


愛せたかもしれないのに。

心の叫びは、口にすることは出来なかった。


「他の誰かであれば、まだ……」

私はロイアルバと、添い遂げる覚悟が出来たかもしれないのに。


ロイアルバが、オロオロしながら私の手首を優しく掴む。

そして、私の手が赤くなってないか、痛めていないかを確認してほっとした表情を浮かべる。


木の板を叩くくらいに痛かった。

木の板を叩いたことはないけれども、多分。


「誰だって、人殺しにはなりたくないだろう?」

ロイアルバは苦笑しながら答えた。


「そしてエフィナ、家族を殺された君は、殺した奴のことを死ぬまで忘れないだろうし、憎しみでずっとそいつのことを考えるだろう?」

「……ええ」

考えておりますとも。

貴方のことを、貴方への効果的な復讐を、ずっと。


「エフィナが他の奴のことをずっと考えて忘れられないなんて、それが愛じゃなくても嫌だ」

「……馬鹿なんですの?」

ロイアルバは真面目な顔をしてこくりと頷く。


「……悪かった。あの時にはもう、公国の国力が落ちすぎていて、今にも他国から侵略される寸前だったんだ。色々提案したのだが、全て門前払いされて、君はエバガンテの好色なジジイに売られる寸前だったし」

「……え?」


好色なジジイに売られる寸前とは、どういう意味なのだろう?


エバガンテの嫁ぎ先とは、まさか祖父と同年代の現国王のことだったのだろうか。

いや、まさか。

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