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3 蚊帳の外

「何を考えている!バカモノ!!」

リンダンロフ帝国の皇帝はそう言ってロイアルバを恫喝し、隣にいた私はその威圧感に肩を震わせる。


リンダンロフ帝国はグシャナト公国と元々一つの国だったので、ほぼ同じ言語を使う。だから、他国の私にも、何を話しているのかは筒抜けだった。


「何か問題がありますか?」

隣で跪くロイアルバは変わらず飄々と答え、震えた私の肩を抱く。

ぺち、とその手を軽く叩いてみたが、離してくれない。

口を開きたくても、今は無理だ。

流石にそれくらいの空気は読めた。


「何も、公女を正妻にする必要はないであろう。この国の大貴族の娘の方が、よっぽどお前の為になる!」

皇帝が唾を飛ばしながらそう言うのに、私は当事者ながら驚いた。


……正妻? 妾ではなく??


「お言葉ですが、父上。元公国の土地は、いつなんどき他国に狙われるかわかりません。我が国の正当性を訴える為にも、公女を妻にしておくのは悪手ではないと思います」

「お前、寝首をかかれても良いというのか?」

皇帝が呆れたように言い、ロイアルバは横で跪く私を見る。

「かかないでくれるか?」


いや、復讐を誓った私に聞かないで欲しい。


けれども、馬鹿正直にイヤですと答えて牢屋に連れて行かれるのも嫌だ。

妻でいた方が、何かと油断も隙も弱点も見つけやすいだろう。

とはいえ、はいわかりましたとも言えない。


「……」

結果私は、黙秘した。


はぁ、と皇帝は額に掌を置いて、先程とは違う、落ち着いたトーンでロイアルバに語りかける。


「……わかっているのか? 今のところ皇位継承権はお前が一番だが、ガイアルンを推す貴族も多い。お前は今まで全ての縁談を断ってきたが、誰を正妻にするかで後ろ盾の大きさが変わってくる。そんなところに公女を選ぶだなんて……その女は一利あっても百害になりかねん」

「そうですか。私には一利あれば十分です。それにずっと前から、ガイアルンの方が皇帝に向いていると言っているではありませんか」

「ロイアルバ!」

全く説得に応じようとしない態度に再び皇帝は声を荒げ、ロイアルバは肩を竦める。


成る程、第一王子であるロイアルバは権力に無頓着で、かつ第二王子である弟ガイアルンに皇位を譲りたいようだ。

対して皇帝は、ロイアルバを気に入っているのだろう。


「なんにせよ、自分の行いの尻拭いくらい、自分で致します」

さぁ行こう、と立ち上がったロイアルバは私の腕をぐいと引っ張り上げた。


「きゃ……っ」

あまりの力強さに、私は彼の胸に飛び込んでしまう。

逞しい胸板に顔がぶつかり鼻が潰れ、地味に痛い。

そして今、短剣を持っていないことが、口惜しい。

折角懐に潜り込めたのに、どうすることも出来なかった。


「まだ軽すぎるな、エフィナ……出されたご飯はきちんと食べているのか?」

「……」

筋肉ダルマに言われ、私は半目する。

少なくとも、あのガリガリに痩せた公国の民に比べたら、十分過ぎる程食べている。


そう思って、私の胸が痛んだ。

知らなかったではすまされない程、城下町から離れれば離れる程に酷い有り様だった、公国。

物乞いをする民達の姿が忘れられず、目に焼き付いている。



「兄上、お帰りなさいませ。……父上、そんなに声を荒げてどうなさいました?」

私達がそんなやりとりをしているそこに、一人の優男が登場した。

脳筋のロイアルバと違って、知的な印象の第二王子だ。


「おや、その女が元公女ですか? 成る程、確かに……女性には全く興味を示さなかった兄上が娶ると言い出すだけのことは、ありますね」


優れた容姿をしているとは思うが、蛇みたいな目つきでジロジロと値踏みするように見られ、皇帝とは別の意味で身体に震えが走た。

……何故だか、気持ち悪い。


私の怯えに気付いたのか、単に私を弟に見せたくなかったのか、ロイアルバがスッと私を隠すように前に出た。


見上げる程大き過ぎる背中を見ながら、眉を顰める。

何故、この私に背中を向けられるのだろう。

背中から刺されるとは思わないのだろうか。


髪飾りを抜こうとして、やめた。

髪飾りの櫛の長さでは、私の力でこの筋肉に突き刺すことは到底不可能であるように思えたからだ。


狙うなら、首か。

……首、なら、いける? 本当に? やたら太いけれども……!!


座った状態ならまだしも、立っていられるとやはり無理な気がして、私は遠い目になる。



「丁度良かったガイアルン、お前からも父上に何とか言ってくれ」

「どうせまた、兄上が父上に無理を通そうとしたのでしょう?」

「いや、今回はそんな無理な話じゃないぞ。……多分」


多分なのか。

私は兄弟の会話を耳に入れながら、ロイアルバの背中に引っ付いた。


敵を知るために、ペタペタとその筋肉を触る。

そして、あ、これは短剣でも無理かも、ということを確認して内心頭を抱えた。


致命傷を与えるまでこの筋肉を刃が通る気がしない。

復讐するまでに、私が腕力を鍛えなければならないかもしれず、その道程を考えて気が遠くなる。

私の殺意を感じたのか、前を向いたままロイアルバがピク、と反応して振り向いた。


「こんな公の場で、撫で回さないでくれ」

何故か顔を赤くし、もじもじとしながら請われる。

どうやら私の殺意を感じた訳ではないらしい。


「いいか、公女。私の弟のガイアルンには近付かないように。私のような紳士ではなく女癖が悪いから、君なんて秒で孕ませられるからな」

えぇ……怖い。


私が感じた先程の恐怖は間違えていなかったのだと思い、私は何度も頷く。


「何を仰っているのですか、兄上」

ガイアルンは、こめかみに青筋を浮き立たせつつも、うっすらとした笑顔を崩すことなく私達の方へ近寄ってくる。


「公女には近付くな、ガイアルン」

「きゃ……!」

ロイアルバに高く抱きかかえ上げられ、片腕に座らされる。その高さと安定感に、私は驚いた。

子供ではないのですけど。


子供ではないのですけどっ!!



「元、公女ですよ、兄上。今は単なる平民……いや、敗国民です」

「そんなことはどうでもいい。私が彼女から家族を奪ったのだから、私が彼女の家族になる」


……馬鹿ですかこの脳筋。

真面目に宣言しているらしいロイアルバに、私とガイアルン……その場にいる者達は開いた口が塞がらない。


しかし、次の瞬間、広間に響くような大笑いをしたのは玉座に座っていた皇帝その人だった。


「あっはっは!!それは面白い理屈だな、ロイアルバ。では、私からひとつだけ条件を出そう」

「条件とは何ですか? 父上」

「その娘を、魔窟(まくつ)に捧げろ。闇堕ちさせるんだ」


それを聞いて、ロイアルバは顔色を変えた。

「正気ですか、父上。公女……エフィナは犯罪者でも何でもありません。私の妻です」

妻だと言い切られたが、私がそれに同意したことは一度もない。


「ははは、そう怒るな。しかし勿論、正気だ。その娘が私の息子を殺さないという確証が欲しいだけだ。当然の親心だろう?」

殺気立つロイアルバに、全く会話の意味がわからない私は、ただ話に耳を傾けるしか出来ない。

魔窟とはなんだろう?


「ついでに、魔石の採掘量を増やしたいんだ。息子の安全も、魔石の量も確保出来るのだから、一石二鳥だろう? それとも……その娘が殺されるまで、お前が守り続けるつもりか?」

皇帝の発言にロイアルバは、眉間に深い皺を刻みながらはぁ、とため息を吐いた。

ロイアルバの様子から、厄介な話だったことを理解する。


……それにしても、抱え上げられたままだ。

いい加減、早く下ろしてくれないのだろうか。


軽く髪を引っ張る私を難なく抱いたまま、ロイアルバは皇帝に進言する。


「私は反対です。魔石は人間には生み出せず、自然の鉱物でもない。魔窟頼みならば、得体の知れない力がかかわっているのです。魔窟は閉鎖すべきです。……どんなに不便になろうと」

「大丈夫ですよ、兄上。魔石の解析はもうすぐ終わりそうです。直ぐに私達の手で、人口的に産出出来るようになりますから」

「……そう、上手くいけばいいけどな」

「その娘を本妻にしたければ、命令に従え」

私の抵抗を上手く躱しながら、ロイアルバは皇帝に言った。


「……わかりました。ただし、その代わりに……私はエフィナと共に公国を治めてもよろしいでしょうか」

今度は、皇帝が眉を顰める番だった。

「……それは、公国に首都を移すという話か?」

「いいえ、そのままの意味です」

「兄上……」

「エフィナを魔窟に落として闇堕ちさせろというのですから、それくらいは譲歩して下さらないと」


皇帝は額に指をかけた。

「……それは、お前の我儘がすぎないか?」

私もそう思います。


私を闇堕ちさせる? 代わりに、ロイアルバが皇帝に出した条件はいくつだろう?

……ただ、その条件が通るくらいの話なのかもしれないけれど。


自分に関わる話なのに、何もわからなくて、そんな自分に腹が立つ。


何故、こうも私は全てに無関心でいられたのだろう?

他人の話を鵜呑みにして、自分で考えることもなく、疑問を抱えることもなく。


今にして思えばきっと、家族のことだって、予兆はいくらでもあったのだ。

年に一回使者として公国に訪れていたロイアルバが、数年前から来なくなったことも。

皇城に務める者達の離職が多く、その質が下がっていったことも。

家臣達がいつも困った顔をしていたことも。


見ていたのに、見えていなかった。



「それなら、交渉決裂ですね。皇城にいればエフィナが危険なのなら、今すぐエフィナと一緒に公国に戻ります。公国なら、エフィナを守りやすいですし」 

ロイアルバが私を抱えたまま、くるりと皇帝に背を向ける。


「兄上……」

苦虫を噛み潰したようなガイアルンと対照的に、皇帝はにやりと面白そうに笑った。


「わかった、許可しよう。元公女は、魔窟に捧げて闇堕ちさせ、魔石の採掘量を増やす。代わりにロイアルバと元公女の結婚を認め、公国を治めることを、この名にかけて誓おう」

「約束ですよ、父上」

「ああ。……お前が誰かを妻にしたいと言い出す日が来るとは思わなかったな」

「ありがとうございます。父上はご存知ないようですが、私は昔からエフィナに何度も求婚していましたので、他の全ての女性が眼中になかっただけです」


ロイアルバの返事に、皇帝だけでなく私も目を丸くする。

求婚? いつ?? 一度もそんな話は聞いたことがないのだけれど??


「では、今夜は宴か」

皇帝がにやりと笑うのに対して、ロイアルバはつれなく断った。

「さっさと休みたいので、宴はまた今度。では、失礼致します」

そう言いながら、ロイアルバは私を抱えたままスタスタと玉座の間を後にした。



「エフィナが疲れているだろうから、休ませたい。おい、私の部屋に食事を運んでくれ。果物は多めで、肉より魚だ」

「はっ」


そんなやりとりを聞きながら、やはり、ロイアルバと皇帝は親子だなと思った。

多分皇帝は元々この結婚には反対などしておらず、むしろロイアルバが結婚に前向きになったことを歓迎している。

恐らく一番の目的は、魔石の採掘量といったところ。

ロイアルバに皇位を継がせたいようだが、あの感じから、いざその時になれば、何だかんだでロイアルバに押し付けるか、弟を推しても良いと考えているのだろう。

皇帝は、弟とは魔石の件では意見が合っているのだろうし。


皇帝は皇帝で条件を通し、息子は息子で要望を通している。


ともかく私は、髪を引っ張ることは諦めて口を開いた。

そうだ、この人にはこの方が早かった、と思い出す。

「……今すぐ下ろして下さい、不愉快です」


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