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第五十四話


「落選していました」


 栗彦の瞳が丸く見開かれ放心した。

 しばし、いま耳にした選考結果を口元に反芻(はんすう)する様にしている。

 程無くして立ち上がっていった栗彦は、天上の曇天を見上げてカラッと笑った。


「ああ駄目か。駄目だったか」


 そう言った(ばつ)の声は何処か清々しくもあって、けれど静かに流れる熱い雫は目頭から鼻筋を伝って、少し顎に留まってから落ちた。


「そうか。そうか……っ」


 目尻に兄特有のシワを刻込みながら。栗彦は微笑む。

 どう言葉をかければ良いのか一同は目を通わせたが、当の本人が笑ってしまう程に開き直っているのだから、言葉も無い。しかし彼の口から漏れ出したその声には一抹の切なさとやるせなさも同居している様に感じられた。


「私には叶えられなかった。アナタに形を与えてやれなかった……!」


 伝う雫は止め処もなく。されど溌剌とした笑い声はいつまでも響いた。まるで女性の様な仕草を見せて、栗彦は口元を手で覆って泣いていた。


 ――ツユは一人果敢に前に出て、栗彦の肩を抱く。


「いいえ違います。これはきっと兄の、如雨陸(ゆきさめりく)の物語なんです」


「……っ」


「兄自身の叶えるべき、逃げ出すべきでない尊い夢。神様はズルをしようとした兄に怒って願いを突き返した。それだけの事なんです」


「……ツユ」


「それでもありがとうございます。兄の事をこんなにも思ってくれて、兄の為にこんなにも尽くしてくれて……魃さん」


 栗彦はツユに頭を預けた。そうして彼女の頭を撫でようかとも思ったけれど、それはやめておいた。記憶の中にある妹の存在。だがやはり彼女は、(ばつ)の妹では無いのだ。


 明けていく紫色の闇に、体の末端から光が漏れ出して天へと還っていく。

 この場で消えゆくだけの自らを察し、ツユから離れた栗彦は、少し輝きを帯びた視線で自らの胸に語り掛ける。


「今思ったのだけれど栗彦。キミは無形などではなかったのかもしれない」


 ――魃は、言った。


「この夢は、やはりキミ自身のものなのだ」


 ――私はきっとキミの。キミという、()()であり()()の魂に魅せられたのだ。


 魃は語り出す。 栗彦()への、止め処もない思いの全てを。

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