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第五十三話


 髑髏(しゃれこうべ)を一つ強烈な光で薙ぎ払って、栗彦は地に片膝を着いた。そうして地に着いた自らの両の手元を見下ろすと、薄い白の残光が漏れ出して、どうにも止まらない事を悟る。この光がこそ、忌まわしき自らを形成していた生命力であったものだ。力を使い過ぎた彼は既に、今際を踏んでいる。


「さて……」


 妖しき菖蒲(あやめ)を右目に光らせ、メザメは(ばつ)の頭上で呪符を握っていた。

 吐息荒ぶった栗彦はその光景を見上げ、小鼻にシワを刻み込みながら嘆き始めた。


「私はまだ、栗彦に()を与えてやれていないのだ」


 呪符を構えて印を切り、その口元で真言(しんごん)を言い終えようとする――すんでの所でメザメは術を止めていた。

 そして足元でブツクサと繰り返す栗彦の脳天を見下ろしていく。


「栗彦の()を、叶えてやらなければならない。でないと彼は何者にもなれないままだ」


「夢……か」


 ――妖眼が覗く……栗彦の中、奥深くに眠る()()()のその思考。


 ぐるぐる。ぐるぐると、彼の深部へと潜り込んでいくみたいに……。


 ――――


『俺は()()だ。うだつも上がらない、どうしようもない男だ。だから神様に願ったんだ。このまま何者にもなれずにいるくらいなら、誰かに代わってこの夢を叶えて欲しいと』


 ツユの兄――如雨陸(ゆきさめりく)はそう、メザメに訴え掛けていた。


『もういいんだ。邪魔をしないでくれ。俺のこの生涯は、神様にあげたんだ。神様が俺の代わりに、この夢を叶えてくれるんだから』


 小鼻を膨らませて力説する彼を前にし、顎先を何度か撫でたメザメは、純粋なる疑問を一つ彼へと問い掛けていた。


「その夢は、お前の夢ではなかったのか」


『……え』


「お前の夢は文壇に上がる事だ。その夢に固執する理由は、失踪した父にまた振り向いて貰う為。そしてもう一つは、文学を愛した母への手向けだったのではなかったか?」


『それは……』


「その夢を、他人に任せて何が得られるというのか」


 言葉に窮したリクの心を見つめていると、震える声があった。


「……()()


 言ったのは、魃であった。そこに落ちた面差しを変えて、深淵を覗き込んでいるみたいな呆然とした目に僅かな光を灯らせながら、そう否定したのだ。

 光が漏れ出すのをやめて、周囲が闇に包み込まれて来た。ツユもまた真剣な面持ちで魃の言葉を聞いている。


「栗彦に形を与えるまでが私の使命だ。私は栗彦の生涯に少しの箔を付けるだけに過ぎない」


 地に堕ちた神は恥も外聞も無く、メザメに懇願するかの様な瞳を上げていった。

 ――もう少し、あと少しだけでいいから、彼の為に尽くさせてくれと。

 まるでそう言っているみたいに。


「私はもうじきに消え去る。だがその前に、何としても栗彦に形を与えてやりたい。あと少し、あと少しで結果が出る。その瞬間を見届けたい。そうすればきっと、栗彦は私がいなくなったとしても……」


 ――その事なんですけど。


 口を挟んだのはツユだった。彼女の背中に向かってヨレヨレと集まって来た安城とフーリを加え、メザメと栗彦、その場に居た全員が控えめに挙手をしたツユの方へと振り返る。


「今日は二月十七日。栗彦が最終選考まで駒を残していた『集元社文学賞』の結果が先程発表されました」


 張り詰めた糸の様な緊迫がその場を支配する。


(さん)の名で投稿したアナタの作品は――」


 目を見張った栗彦が、生唾を飲み込んだ喉の音がツユの耳にまで聞こえた。異界に現世の電波が届かない事から、選考結果の確認が遅れたのだろう。もしくは久遠の時を生きた神にとって、時間という概念は軽薄なものなのだろうか。

 痛い程の緊張が伝わって来る栗彦の震える肩を正面に見据えながら、ツユは――兄に告げた。

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