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第四十四話


   【捌】


 それからメザメが向かったのは、先日ツユ達が異界へと到った六道之辻(ろくどうのつじ)――古来より現世と冥界の境界線だと語られる、狭間の地であった。しかし雲外鏡(うんがいきょう)を失った今、招かれざる者立ち入れぬ筈の異界へとどうやって到ろうと言うのだろうか。


 相も変わらず晴天の、人影少ない松原通の細道を行く。

 あの日あの時、異界から命からがら抜け出してすぐツユは気を失った。道端に倒れた所を通り掛かった人に救われたのだろう。本当にありがたく、そして申し訳なくも思うのだが、ツユは再びにこの地を訪れている。


 切れ長の瞳がツユを一瞥してから前を向いていった。どうしてツユの心の不安を、彼はピタリと察するのだろうか。

 ……わからない。天より降り注ぐ日光を鬱陶しそうに手のひらで遮りながら、ある種異様とも思える和装の男は坂道を上っていく。


「メザメさん、私って一体どれくらい眠ってたんですか?」


 ふと思い至り尋ねてみると、「丸一日だ」と言われて驚いた。


「え、つまり今日は二月十七日って事ですか!」


 何事なのか、ツユは慌てた様子でスマートフォンを取り出して電源を入れた。残り僅かなバッテリーを残して画面が点灯する。


「あ……」


 この時ばかりはメザメもツユの心情がわからないでいた。複雑で様々な感情が入り混じっている事だけはかろうじてわかるのだが、彼女がいまその画面の先に何を見て口元を覆い、瞳を目一杯に見開いているのかが理解出来ない。


 ――どうした? とメザメが聞こうとすると、二人の間を風が過ぎ去っていった。


 “かまいたち”でも居たのだろうか? メザメの手の甲が微かに切れていた。ハンカチで傷口を抑え、その後にツユへと視線を戻すと、その頃にはもう彼女は何やら意を決した様な表情に変わっているので、タイミングを見失った気がしてメザメは黙った。別にそれが何であろうと彼には関係の無い事だった。


「怪奇というのが常識通りにいく筈も無い……」


「え?」


 足取りを早くし始めたツユへと、メザメは聞かれるよりも先に求められる回答を提示した。別にそれは彼女の心情を慮ったのでは無く、一つ一つ疑問を投げ掛けられてから白々しく答えるのが馬鹿らしくなっただけだった。


「そう教えたな、ジョウロくん」


 ――まぎれもなくそれは、ツユが気を揉んでいた異界への到り方について言及をしているのだろう。

 頷いたツユに振り返る事もしないでメザメは続けていく。止血を終えて、微かに血を拭ったハンカチを懐へと仕舞い込みながら淡々と。


「この地には龍脈が、非常に強い大地の気が働いている。だからこの地には様々な伝承が残されるし、()()()()()()()()()()()()()()


 その風体も相まって、何だかかなりスピリチュアルな事を口走り始めているというのに、メザメの言葉には得も言えない信憑性が纏われているのが不思議だった。

 下駄をアスファルトに鳴らせて彼はさらにと問い掛ける様にした。


「ジョウロくん。『異界のおみくじ』という話を、どうして狐達が世に吹聴して回っていたかがわかるか?」


「たしか次にてるてる坊主になる生贄をその地に招く、撒き餌の様なものだって前にメザメさんが言っていました」


「そうだ。しかしもう一つある。これは怪奇の世界で至極当然として理解される大原則に基づく理屈となる」

 ――それは。と、メザメは語る。


「怪奇とは、その存在を、伝承を、人に見聞される事で存在し得る。人に強く信じられる程にその影は色濃くなる。怪奇がそもそも人の想像より生まれた産物であるのだから当然だ。つまり『異界のおみくじ』の吹聴とは、彼らの織り成す怪奇の実在を、より現実的にする為の行いである」


 怪奇怪異なんてものはそんなものだ。どれほどの大妖怪であろうと、その存在を人に忘れ去られれば力無い。


 ――つまり、僕が何を言いたいのかわかるか? 


 興奮気味にメザメは振り返る。瞳をやや血走らせ、片方の口角を上げながら、怯えたツユの眼前で言う。


「つまり、()()()()()()()()()()()。それが怪奇だ」

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