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第十八話


『異界への行き方を知っているか?』


 率直な質問に安城は首を横に振った、その表情が何処か余裕げに見えてしまうのは気のせいだろうか、彼はよく利くその聴覚を頼りに聞き取ったメザメの声へと答え始める。

 するとちょうどその時、いよいよと安城のファンがその場に歩み寄って来て、彼へとサインをねだる所だった。これ幸いとサインの要求に応えようとする安城のその視線はさも「もういいだろう、忙しいんだ」と言いたげで、そんな不適な笑みを携えながら彼は「帰る方法は無い」とだけ手短に答えるのだった。


 羨望と魅惑の眼差しが忙しなく交錯し始めたこの場をしばしと見守り、何となくツユ達が蚊帳の外へと弾き出されようとしていたその時――チリン。とフーリが顔の前でシライちゃんを鳴らしていた。


「ふっぐゥ……!」


 その身より魂が抜け出しそうになった安城は苦悶の声を上げていた。だが流石に役者と言うべきか、額に幾本もの青筋を走らせながらも、目前のファンへは苦痛を悟らせまいと爽やかなスマイルで応じている。


「廻様、今何かおっしゃいましたか? フグ?」


「い、……いや何も。急激にフグ刺しが食べたくなっただけさ」


 顔面蒼白で冷や汗をダラダラと垂らしたまま、安城は代わる代わるとファンの応対をしながら微笑み続けた。だがツユとフーリのその耳元……おそらくは安城のその耳にさえも


『鳴らせ……鳴らせ……鳴らせ』と冷酷な指示を出し続けるメザメの声が聞こえていた。


「それじゃあ廻様、ありがとうございました! 未来永劫応援しています!」


「果たしてボクに未来があるのだろうか……」


 思わず聞き返して来たファンを誤魔化す様に安城が手を振っていると、程なく彼の元へと押し寄せていた人波は下がっていった。やがて汗を垂らした男が一人、顔を真っ赤にしながらフーリの方へと振り返って来た。まぶたがピクピクと痙攣しているのがわかる。ファンの前ではその苦痛を微塵も見せない辺り、流石は役者とも思えたが、もう微かの余裕も無さそうな表情を刻み付けていた。


「ボクが自力であの場所に帰れないのは……ほ、本当だ。あの亜空間には()()()()()、しか……入り込む事は出来ない」


 確かにその点に関しては栗彦の『異界のおみくじ』にもあった。あの場所へは、向こうから招かれた、うだつのあがらない夢追い人しか彷徨いこむ事は出来ないと。安城は元々そこから来たのだが、一度異界を出てしまえばその例に漏れず、二度とは侵入を果たせないという事のようである。


 それでも――チリン。とフーリが楽しげに土鈴を鳴らすと、安城は体をくの字に曲げ、いよいよその目を血走らせて、観念したように白状した。


「一つ……! 一つだけある、異界への入り口を見つけ出せる方法が!」


 先程、孫悟空を使役する三蔵法師の話を引き合いに出したが、肝心要の三蔵法師役はやはり言うまでもなく、メザメ(この男)のようだ――。


『鳴らせ』


「いヤァっだからなんでぇッ! やめて、答えるから!!」


 まさしく魂の抜け出たように疲弊し切った安城は、ベンチにくず折れていきながら舌をだらりと突き出して、手のひらでその醜い表情を覆い隠した。その様を眺めているとツユはなんとなく自分で依頼した事とは言え罪悪感を感じた。しかし想像以上に冷徹なフーリとメザメは依然平静としたままだった。……と言うか、楽しんでいる感まである。


「“()()()”……それがあればおそらく異界への道が視える筈だ!」


 感嘆した声でメザメは安城の言葉を繰り返す。


『雲外鏡。古い鏡が化けた付喪神。その鏡を通して見れば、あらゆる怪奇の正体を見定められるという』


「そう……その雲外鏡だよ、鳥山石燕の『百器徒然袋』にも描かれてる。有名な話だろ! なぁ、もういいだろう?!」


『雲外鏡は何処にある?』


「いまは巡り巡って京都の『伏見稲荷大社』だよ、ボク達狐の総本宮だ!」


『『伏見稲荷大社』だと? あの様な魔境に……ふぅむ、あの広大な稲荷山の周辺を独自に捜索するのは些か骨が折れそうだ』


「まさか協力しろって言うんじゃ無いだろうな!? 雲外鏡を盗み出すのにボクが協力なんてしたら、他の狐達に示しが――」


 フーリがシライちゃんを構えたのを見上げて安城は勢い良く言い放っていた。


「わかった! わかったよう、今ここで消されるよりマシだっ!!」


 強引に首を縦に振らされた安城は、ずいぶん取り乱した様相の彼を案じて走り寄って来たマネージャーの林田に、涙ぐんだ瞳を向けて言った。


「ごめん林田、しばらくオフにして貰ってもいい?」


 芸能人が急遽仕事に穴を開けるという事がどういう事なのか位ツユにもわかった。下手をすれば彼はこのまま干されてしまうかも知れない。……されど、今この場で本当に干からびた抜け殻にされる訳にはもっといかないのだ。


「ち、ちくしょぉお、ボクがキミらに何をしたって言うんだ」


『ははァ……』


「ひっひひひ」


 四つん這いにくずおれた彼を嗤うメザメとフーリ。訳がわからないで目を見合わせている安城お付きの林田と巌。

 怪異に人権が適応されないからと、悪魔の様な所業で詰める。その姿にもはや正義なんて欠片も無かった。

 やはりメザメという男はかなり怖い人物なのかも知れないと……もしかしたらこの人達の方こそ()()()()()()()なのではないかと、ツユは漠然と考えて空寒くなるのであった。


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