923 間話 ファスロ・ピコ 24
「少々、話し疲れた。
学生時代の話を、優等生のタイプ1に代わって貰おう。
彼には謝りたい事と、伝えたい事があるそうだ。
心配するな。将軍は出で来ない」
ハイエルは、椅子の中で目を閉じた。
「あ!あの、それは、どう言う意味ですか!」
ロリアの問い掛けに応える事無く、目を開いたハイエルの表情が一変した。
ブーツのつま先をストッパーに引っ掛けて立ち上がり、身仕舞いを正し笑いかけて来る。
「やぁ、2人とも暫く振りだね。
早く、君達に謝りたかったのに、中々代わってくれなくてヤキモキしていたよ。
君達の部屋は、特別室だから安全だと思っていたのに、盗聴器が仕掛けられていたとは申し訳ない」
そう言うと、ハイエルが頭を下げる。
体型が、少しふくよかになり髪も白くなる。
さっき迄、少し猫背だったのが背筋が伸びている。
間違い無い。
オリジナルのハイエル。
タイプ1 理性的な優しいハイエルが現れた。
ハイエルの笑顔に釣られて、ファスロもロリアも破顔した。
「いえ、私達も注意すべきでした。
でも誰が盗聴器を仕掛け、それを破壊して置いたのでしょう?
私は盗聴器を壊しただけで、回収していなかった点に疑問を持っています」
「ファスロ君・・・・成程、君はそこに疑念を持つか・・・・
これは、先に話しておくべきだね」
そう言うとハイエルは、冷蔵庫から飲み口が付いたジュースを出してきた。
これには弁が付いていて、吸うのをやめたら無重力でも溢れない。
「遠慮しないでくれ。変な物は入っていない」
二人が、それぞれに気に入っている味の物を取ると、残りをハイエルは元に戻した。
一口飲んでみると、爽快感がある。
ロリアも、この葡萄の様な果物の味がするジュースが好きだ。
ハイエルも、一口飲み込むと話を始めた。
「移民団には、怪しい連中が紛れ込んでいてね。
特に、この移民団には多く紛れ込んでいる。
選抜はしているんだが、どうしてもそう言った人物が含まれる。
最終の移民団と言う事で諜報活動を続けていた連中も、その見返りという事で家族で乗り込んでいるんだよ。
中には、コールドスリープで敵対する者が少ない事を利用して、乗っ取りを起こしかねない連中もいる。
そこで、ガルズの覚醒プログラムだ。
特に、それぞれの艦の操艦操作を預かるメンバーや、武器を携帯している保安部隊、それにワービルに縁故が有る者については、次元航行訓練でのコールドスリープからの覚醒プログラムで思考を調べて対策は打ってある。
ガルズ君は優秀だよ。
私の中の学者の意見を聞いて、覚醒段階にある被験者の思考パターンから敵対者を抜き出してCSを継続させているからね。
彼等を、今後どうするかは将軍と学者次第だ。
違法な行為、洗脳とも言えるだろうが移民団の安全の為だ。
目を瞑る事にしているよ」
「やはり洗脳のシステムが、CSCには組み込まれているのですか?」
ロリアがファスロの腕に縋る。
ロイが言っていた通りだ。
「心配しなくて良い。
君らには何もしない。
私の身体に、メスを入れれるのは君らだけだからね」
「それでは、診察をしましょうか?」
「ありがとう。気を遣ってくれて。
だが、先に話をしておこう。
私より将軍の状態の方が気になるだろう。
少しの間なら話をしてもいいそうだ。
診察は、受けたく無いそうだがね」
「解りました」
「さて、話を戻そう。
特に安全を確保したい人物や団体に付いては、CSCの所在を隠している。
ロイが率いる、あの宗教団体もカイエルと私が準備した事だ。
彼等を探しているのは売人組織。
特にアレンを探しているから気をつけてくれ。
だが、彼等が居たからこそ、私の考えたコロニー艦が建造できたのも事実だ。
コロニー艦が完成して、こうして移民団が旅立てた今、奴等を粛清したいのだが巧妙に姿を隠している。
コロニー艦側にいると思うのだが、流石にガルズのシステムをコロニー艦の全てのCSCに使う訳にはいかない。
それに、将軍と学者がまだ奴等の利用を考えている」
ハイエルが、もう一口ジュースを口にした。
「私には、最低でもナトル迄は皆を連れて行く義務が有る。
責任が有る。
ベルザとの約束だ」
その目は、ロリアに注がれていた。
この人格がオリジナル。
タイプ1。
ファスロとロリアが、最初に会ったハイエル。
だが、将軍となって人前には出なくなった優しいハイエル。
色々と聞きたいこともあったが、当のハイエル自身が壁の時計を見て
「実は、そう時間は取れないんだ。
将軍としての仕事が待っている。
昔話を続けよう。
だが、まずは先程の盗聴器を巡っての追加情報だ。
盗聴器はワービルを出身とするスパイの物の様だが、破壊したのはナトルに向っている王権復興派の手先だろう」
「王権復興派?」
「ルベルは、その昔、王制国家だった。
この事は知っているよね?
200年以上前にファルトンの将来が無い事を知り、王家とその一派はニューロ教に改宗した。
飛び地としてルベルを貢物に差し出すとまで言ったが、貴族を始めとする反対運動が起こり、結局は王家と一部貴族の追放で幕引きされた。
その後、ルベルは合議制の民主国家になる。
と言っても、ワービルとの戦争のせいで軍主導にはなってしまったがね。
王族の子孫の一部はルベルに居残った。
カイエルが率いるナトルの移民団には、主だった王族や貴族がいるが、この移民団にも居る。
この移民団には、ニューロが旅立った後に見つかったボーライトのインゴット。
そして、その接合技術が隠されているからな。
外宇宙に出る前に、何らかの情報が欲しいのさ。
何ならコロニー艦を手に入れたい。
外宇宙に出るまでにコロニー艦を制圧して、ニューロへと進路を変えさせたい。
それ程にボーライトの秘密を知りたがっている連中が居るんだよ。
せめて接合剤の製法を掴んだら、何らかの方法でニューロやワービル辺りに逃げる算段をしていそうだ。
事実、この移民団をステルス性能が高い無人機が追って来ている。
多数の無人探査機を、ワービルが手に入れた事は知らせてくれた人がいた」
「母ですね?」
「お義母さん?」
「ファスロ。ギルレイ家は表向き外務大臣職を代々務めた一族。
でも、裏を返せば情報局のトップよ。
ファザーが、最後の実働部隊のリーダーよ」
「なるほどな。でも、手に入れたとは?」
「ワービルには、そこまでの技術力、工業力は無い。
だが、彼等のスペース・ドッグで相当数のステルス無人機が積み込まれた。
この移民団にもステルス無人機は積み込んでいるが、向こうより性能は上だ。
供与した相手は解って無いが、ニューロかナトルに向っている移民団の誰かかも知れない」
「カイエル様?」
「カイエルとは限らない。
ナトルには、他国の実力者も多くいる。
この移民団よりも早く入植成功率が高い惑星に辿り着きたいからね。
ナトルがニューロ以上に入植成功率が高いんだ。
ボヤボヤしていたら、他国に新たな移民団を出されて、建国を宣言されかねないからな。
そんな脅しに乗って、多くの中堅国が若いカイエルに力を貸した。
カイエルにもボーライトの秘密は明かして無い。
ボーズの数も、私が隠していたからナトルの3倍は有る。
パウエル達は、この移民団が狙われている事を知っているから、目を光らせる為に終身的な任務に就いた。
彼と心を一つにした者達は、その時が来るまでCSCで眠っている。
誰かは明かせないがな。
パウエルが、そのトップなのは一味も外宇宙に出るまでが勝負と思って居るからな」
「外宇宙に出たら、次元航行を繰り返してニューロとは、どんどん離れますからね」
「ナトルには、どんどん近づくわ」
何れにしろ時間は無い。
次元航行の試験航行迄40日余りに迫っていた。




