922 間話 ファスロ・ピコ 23
「私も5歳の頃には、自分自身でも異常だと認識していた。
早くから文字を覚え、物置部屋で手に入れた初等部の教科書を自室に持ち帰り、食後には読みふけり、2年後には中等部の教科書に目を通し始める。
当然、入学した初等部の授業は免除され、中等部のクラスへの転入になった。
気を良くした両親は、教科書の持ち主で有る父の弟を家庭教師に付ける。
私が一人でも学べた秘密は、この教科書にあった。
余白に細かい字で、様々な事が書かれていた。
後で知った事だが、叔父はノートを使わず中等部までは、教科書だけで済ませたそうだ。
確かに、それならば教科書一冊あればいい。
考え方を分かりやすく図で示し、更には自分の身の回りでの出来事、クラスメイトへの悪口や、前日の夕食の感想が書かれていて飽きなかった。
他人の日記を盗み読みする様な気分で楽しかったよ。
勿論、物置にあったヘルム叔父の教科書を隠し持っていた事は、最後まで秘密にしていた
私にとって祖父や父にあたる、父と兄達への不満が書かれていた。
そして、
『塩を炎に落とすと黄色く燃えた。でも、台所を塩だらけにして怒られた』
という様なちょっとした豆知識(?)が楽しく自分でも試してみた。
高学年になると、他国で発見された遺跡の情報や、宇宙開発で発見されたコロニー艦のニュースが書かれていた。
時系列が身近に感じられる、この書き込みこそが私の知識の元となった。
気になる少女達に点数をつけている。
でも一番好きな女の子が、圧倒的なのが面白い。
これが、勉強を飽きさせない。
試験の際に行き詰まっても、この余白の記述を思い出して問題を解く事ができた。
両親は、ヘルム叔父の様に医者になって欲しいと思っていた様だが、宇宙で植物、食物を育て、空気と水を循環させ旅を続ける。
小さなファルトンを作る。
物作りが好きな私が、これに心躍らない訳が無い。
貴族であった父に強請り、ヘルム叔父と二人でニューロのスペースポート(宇宙空港)やスペース・ドッグのモデルルームで宿泊体験をさせてもらった。
宇宙食は、ハイクラスの食事だったがね。
土産を買って帰ったが、両親には不評だった。
ロイ達が残していっただろう?」
「えぇ、あれは貴方が渡されたのですか?」
「あぁ、そうだ。
我が家は、ニューロ教徒では無いがルベルの上級貴族だ。
何度も勧誘を受けたよ。
『コロニー艦に興味がある』
と言ったら、わざわざ建造中の映像や写真、設計図を出してくれた。
『写真に撮って良いか?』と聴くと、
『旧式艦だから構わない』と許可された。
自宅に帰って、ニューロの問題点を列挙した。
そして、キノコの形をしたコロニー艦の絵を描いた。
でも誰も相手にしてくれなかったよ。
中等部の同級生は、
『天才と言われているが、所詮は子供だな』
と、呆れていた。
大き過ぎたんだ。
宇宙空間といえど、回転させると生じる遠心力と、張力による歪には耐えられない。
ニューロのコロニー艦の4倍の直径、体積にすれば10倍以上。
所詮、子供の考え。
だが叔父 ヘルムだけは理解してくれた。
疑似重力の重要性に気付いてくれた。
「ボーライトが大量に入手出来れば可能だ』
と言われたよ。
【ボーライト】コイツが、私を変えていった」
「ボーライトって?」
研究室に篭ってばかりのロリアには、ボーライトすら馴染みがない。
ファスロは、ロリアに説明する。
「あまり世間には、知られていない金属だ。
ファルトンでは、産出しないからな。先日も巨大な球体を見ただろう?」
ファスロの言葉でやっと思い出した。
「もしかして、ボーズ・・・」
「あぁ、そうだ。ファルトンでは産出はしないが、インゴットならルベルでも見つけた奴がいる」
ハイエルが実物を出して見せた。
2本の電極がある親指ほどの箱。
両橋に電極が付いている。
「バッテリー型のボーズですか?」
「あぁ。ルベル工科専門学校生達が産み出した個体電池。
そのプロトタイプだよ」
「ルベルが独占的に放出した、黒い充電型ボーズ・・・」
「ルベルの地下、そして宇宙に様々な宇宙船と機器を残して消えた謎の文明。
だが、ファルトン人は残されていたオリジナルボーズが有れば、それで良かった。
そこから得られる電力を使って、日々の生活は豊かになった。
だが、工科専門学校の彼等は、新たな固体電池の外殻をボーズと同じ物にすると寿命が向上する事を発見したんだよ。
理論電気容量に限りなく近く放出しても劣化しにくい。
従来型のバッテリー式エァーカーが、空中で燃え上がり火の玉となって落ちてくる事は無くなった」
「そんな事が、あったんですか?」
操縦はしないが、ファーザが操縦するエァーカーに良く乗っていたロリアが青褪める。
「あれは、純正のボーズだからジェット噴流で進んでいたろう?
故障はあり得ないよ」
「あぁ、ドローンでも良く飛行中にバッテリーの温度が上がって、制御不良で墜落したし、中には本当に燃え上がって海上に落ちたプロペラ式エアーカーもあったよ」
「充電型ボーズはルベルが、独占しましたよね?」
「それはそうさ、大国の連中は我先にファルトンから離れている。
大学の教授、研究者は未だ夢の中か、コロニー艦に残り無重力下での研究に没頭しているかだ。
それに、ボーライトのインゴットが見つかったのは、ニューロを筆頭とする大国のトップが去ってからだ。
ワービルによるルベル侵攻の狙いも、実はボーライトに有る。
国境に近い位置で、インゴットと加工に必要な植物は入手出来たからな。
固体電池式のボーズが出たのは50年程前。
ボーライトのインゴットを工科高等専門学校の学生が見つけて、固体電池を包んだばかりだったんだ。
ヘルム叔父は、他の学部だけでは無く他の学校にも顔を出していてボーライトのことを知った。
白い金属でアルミの様に軽く、それこそ粘土の様に薄く伸びる金属。
酸素を絶って熱加工をすると黒色化。
非常に硬くチタンを越える硬い金属に変性する。
それを、発明した固体電池に使った。
私は小惑星帯での探査訓練の最中に、惹かれる様にボーライトを満載した先史人が残した輸送コンテナを見つけてボーライトを秘匿した。
全ては、私の理想を叶える為に進めていた計画だ。
ベルザが病を隠して、私の為に大国から資材とスペース・ドッグを譲り受けたのはその為だ」
「では、母がレリアの設立と同時に貴方の元に付いたのは!」
「あぁ、私がボーライトを見つけたからだ。
異教徒である事を理由に、ニューロから追い出された優秀な人材は、スペース・ドッグで組み上げを開始したコロニー艦に心躍らせた。
そして、ボーライトの加工を命令した。
『コイツに俺が見つけたボーライトを貼り付けろ!』
張り合わせ部分に付ける薬剤を渡した。
『取り扱いに気をつけろ! 蒸気を吸えば麻薬効果で薬物中毒になる』
と言い聞かせた」
「それでは、バッフィム達が追っていた連中は!』
「そうだ。
工科高等専門学校の学生が見つけたのは、加工したボーライトの接合に使う麻薬成分からの接合剤だ。
だが、問題もあった。
蒸気として吸い続けると中毒になり、合成用の薬物を横流ししている奴がいた。
だが、合成の元となる植物の採取栽培を、余人に任せる訳にはいかない。
それに、国民の不安を抑えるのにもある程度必要だ。
私の、バカ息子達と愚弟の二人は、それを建前にして売人に繋がっている。
彼奴等の言い分だと、私も懐柔された事になっている。
入手困難な品を手に入れる事が出来るんだ。
使わない手は無い。
そこは、将軍が上手くやっている。
弟の手引きで売人達が、この艦の中にいる。
この艦の何処かに、奴等が隠した薬物やタバコに酒。
入植時には、手に入らない商品が隠されている。
バッフィム達に探させたいが、相手が何をするか解らない。
部下の二人を、あんな目にされたんだ復讐の機会を与えなくては」
「だから、あんな怪しげな宗教団体を装って顔を隠しているんですか?」
「仕方無いだろう?
彼等の元上司が顔写真や身体的特徴、本名まで流しているんだ」
「それで、あそこまで入室規制をかけた訳ですか?」
「他にも入室規制がかかっている団体が有る。
汚れた保安局の連中も、性別、顔が解らないようにコード番号で管理されていて、怪しげな医局員が嗅ぎ回った形跡がある。
ロイ老師が率いる一団の元へも手を伸ばして来るだろう」
余り、良い話ではなかった。




