921 間話 ファスロ・ピコ 22
「血液や尿検査は、出来ないのか?」
「用意しておいた。随分とあちらこちらの居住地で、住民の事を気にかけてくれているんだな。助かるよ」
学者の細い身体になったハイエルは、診察台の枕の下からファイルを取り出した。
数枚のレシートとメモリーカード。
そして、偽名の医官のネームプレート。
写真は今のハイエルの顔だった。
「レントゲンデータとその他のデータだ。
タイプ1と3の尿と採血の検査結果が・・・・これだ。
最新鋭の機器に、私が慣れていなくて済まない。
未だに感圧式のプリンターだ。
医官の中にも、こいつの方が信頼できると言うやつも多くてな。
昨夜、居住区の診療施設で分析した。
男性医官の当直日で、私が深夜の担当をしたんだ。
診療施設に問題があれば言ってくれ。
私が改善申請を出しておく。
先日、見て来たばかりだろう?
ルベルでの採血、採尿は苦労するし、知られたくないんでね。
将軍は、排尿、排便は体調を知られる事を警戒して個室に籠もって済ませてしまう。
彼は、こう言った検査を拒否をする。
だから、エコーとレントゲン位しか撮れない。
さっきほどの様に、騙し討ちするしかない。
尿検査をタイプ2から、タイプ3に切り替えて尿検査を受けさせてみたが、やっぱり変わらないだろう?」
「だから、尿の検査データが3つなのか?
自分自身で採血をするとか・・・・良く出来るな。
どこで、学んだんだ?
その前に医官でもないだろうに・・・・何でも有りだな。
・・・・・だが、将軍の状態が一番深刻なのだが?」
ロリアがハイエルから渡されたレシートの数値を確認し、タブレットに数値を打ち込む。
メモリーを差し込んでTー1、Tー2と表示されたフォルダーを開いて、ロリアが厳しい表情でファスロに見せた。
「ロリアも、そんな深刻な顔を患者の前でするんじゃない。
ベルザも、出来るだけタイプ2での食事時間を減らさせていたよ。
キツイ酒を好んだし、煙草も吸った。
辛い油濃い料理を好む。
怒りっぽいし、周りを傷つけた。
そんな私を・・・・ハイエル将軍を孤立させなかったのは、ベルザがいてくれていたからだ」
「今の学者の状態で、左葉肝臓の摘出をした場合どうなるんだ?
摘出するなら、今だが・・・・・」
「他の臓器や右葉に転移したら危ないのは解っている。
だが、将軍は手術を拒む。
こうして意識がある時は、私で医療行為を受ける事はできるが、麻酔をかけての手術となると恐らく将軍が身体を支配するだろう。
覚醒時も間違いなく将軍だ。
彼には睡眠と起床に際してのトラウマがあるんだ。
一旦眠ってしまうと、起きる際には将軍が先に出てくる。
安全の為に将軍としてコールドスリープ(CS)に入り、将軍として覚醒する様にガルズにCSプログラムを作らせたんだ」
「覚醒して、自分が手術を受けて、ベッドに入っていたら暴れるわね・・・」
ロリアは、将軍状態のハイエルの短気な姿をロイの映像で見た。
「そのまま、一般のCSCに入れてやるのはどうだ?」
思いつきでファスロは言ってみた。
「アレンもジェシカも、外傷だからそうも出来たけど、流石に肝臓摘出手術後に、そのままCSには移行できないわよ」
「私も同じ意見だ。死にたくは無い」
それから、もう一度同じ診察をロリアにやらせてみる。
「お食事は?」
「今は、人をそばに置かずに、この部屋で済ませて居る。
食事の内容は、ここに記録しておいた」
「食事は・・・・成程。時にはタイプ1、2としても食べて居るわけか・・・・」
「あの・・・・先程、下着を脱ぎましたよね?」
「あはは、あれは確実にこの姿でいるとわかって居る時の下着だ。
ルベル艦橋に出る時には将軍だ。
歳の割にはゴツいからだからな。
軍の頃から愛用して居る伸縮性が高い下着や衣服を身につけて居る。
ベルザが女性用の下着の素材から作らせた。
在庫はある。
新品があるからファスロも試してみるか?」
「気持ちだけ受け取るよ」
「嗜好品は?」
「将軍状態の時だけ、酒を飲みたがる。
前はブランデー好きで肝臓を悪くしたのは、そのせいかもしれないな。
今は、ワインを少し嗜む程度だ。
宇宙に出たら、すぐに酔うようになった。
ブランデーケーキでも酔っただろう?
タバコも吸わなくなって助かっているよ。
指先に染み付いた臭いが、いやだったからな」
「抗がん剤は?」
「ベルザが用意した処方箋に従って服用して居る。
私の見解でも、これが一番まともだろう」
「確認させてください」
ベルザが、抗癌剤と言われた錠剤を受け取った。
精神安定剤や何の薬か解らない錠剤もある。
「記録はあるの?」
「レントゲンのデータの中に、ベルザが主治医に出させた処方箋が保存されている」
「済まない。がん治療には疎くてな。時間をくれ」
いくつか質問をして診察を終えた。
「後は、私たちに考えさせて」
「あぁ、私もそれを聞いて決めるよ」
流れる沈黙の時間。
レントゲンの映像とエコーの映像を見直しながら、ファスロが遂に口に出してしまう。
「しかし、どうなっている?
多重人格者については色々調べた。
行動や嗜好まで変わる例もロイとコンナからも聴いた。
女性の中には、人格が変わるとホルモンの分泌量が変わることも実例がある。
だけど一つの身体が、どうしたらこうまで体型が変わる!
しかも、内臓の疾患状態まで!血液検査の値まで違っている。
あり得ないだろう!
全くの別人だぞ!」
「貴方本当に、ハイエル・・・・様? それ以前に人なの?」
「あはは、ハイエル様か。まぁそれで良い。
人間だとは思っている。
それでは、改めて話しておこうか。
ロイやベルザにも話していない事もあるかも知れない。
誰にも、話していない私の体験を!」
思わずファスロにロリアがしがみつく。
目の前にいるのは、間違い無く学者であるタイプ3だ。
だが、その表情には、先ほど垣間見た皇帝を目指す男の姿が重なって見えた。




